重なる月

志生帆 海

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13章

慈しみ深き愛 4

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 ここの所、ふとした拍子に頭が痛くなることが多かった。

 もう長年付きまとっていた問題が片付いて……僕を脅かすものは無くなったはずなのに、何故こんなに不安になるのか。

 雑念に付きまとわれ……読経が途中でつっかえて停まってしまった。

 本堂に静寂が戻ってくると同時に、こめかみの辺りがズキズキ痛み出したので、その場で蹲ってしまった。するとまるで僕の不調を察したかのように流が飛び込んで来た。

 心配なんてかけたくない。

 なのに僕の具合はすぐに見破られてしまうのだから、参ったな。

 長年染みついた揺れ動く心を隠し通す癖はどこへ行ったのか。もう僕は兄として取り繕うことが出来なくなってきている。流に対して素を見せすぎているよ。

「翠、大丈夫か」

 流の温かい手に触れれば、いくらか頭痛も和らぐのに、足元がふらついてしまう。支えられるように自室へ戻され、眠るように言われるので、素直に従った。

「流、ドアは開けておいてくれ」
「……分かっているよ」

 ここは月影寺の中で、いつもの僕の部屋。一番安全な場所のなのに……ごめんな、弱さを見せて。

「大丈夫だ、翠。俺が付いているしドアも開いている。ここには翠を脅かすものはない」
「ごめん、僕は……どうしてこんなになってしまったのかな。全く情けないよ」
「情けなくなんてない。頼ってもらえて嬉しい。さぁ……もう休め。少し寝たらよくなる」
「ありがとう」

 流がいるから怖くないと思ったのに……眠りに落ちた僕は、恐ろしい夢を見た。夢の中で目覚めた僕の世界が、真っ白になっているという悲劇。

 な・ん・で?
 これでは……僕の流が見えないじゃないか!
 どうしよう!

 焦って焦って闇雲に手を彷徨わせるが、流がいない。流の頬に触れ、手を握りたいにのに、どこにいるのか分からないよ。

 これは何だ? これは誰の夢……誰の現実だ?

 まさか! はっと飛び起き、自分の瞼に恐る恐る触れながら目をそっと開けた。

「見える……ちゃんと見える」

 夕暮れに染まる庭の色が届いて安堵した。手元にも橙色の夕陽が射し込んでいた。

「あっ父さん、起きたの」
「薙……」

 息子の顔が近くにあり、それもちゃんと見えてほっとした。愛しい人達が見えない世界には、二度と陥りたくない。

 そう思うと胸が塞がる。

「まだ顔色が悪いよ。今、流さんを呼んでくるね。さっきから随分心配して廊下をウロウロしていたからさ」

 屈託なく笑う薙の様子に少し心温まり、笑顔を作れた。

「……父さんさ、しんどい時は無理して笑うなよ」

 息子からも釘を刺されてしまい苦笑した。

「僕はそんな無理してないよ。もう……今は。おいで薙」

 無性に薙を抱きしめたくて両手を伸ばすと、彼は顔を赤くした。

「とっ……父さん! オレ、もうすぐ中三になるんだよ? 抱っこなんてされてたまるか! 」
「ごめんごめん。あーこんなことなら小さい薙をもっと抱っこしておけばよかったよ」
「ったく……何言ってんだか」

 薙が部屋から出て行く姿を見ていると、その視界の端が少し白く霞んでいるように見えて、慌てて目を擦った。大丈夫……今度はちゃんと見える。

「気のせいだ。しっかりしろ、翠……」


****

「丈、ただいま!」
「洋、お帰り」

 洋からの珍しいおねだりで、空港まで迎えに来ていた。いつも洋がひとりで海外に行く時は「迎えに来るなよ。北鎌倉までひとりで戻れるから!」と聞かなかったのに、どういう風の吹き回しか。

「実は空港まで迎えに来て欲しくて、丈の仕事が休みの日を狙って帰国したんだ」
「へぇ……洋にそんな気遣いができるとはな」
「うん、帰国したら真っ先に、すぐに丈に会いたかったから」

 助手席で少し頬を染めて微笑む洋の甘い笑みにつられ、私も微笑んだ。

「なぁ早速で悪いが、寄って欲しい場所があって」
「急だな。このまま寄るのか」
「実は……母の生家の住所を涼のお母さんに教えてもらったので、今日は車で前を通過するだけでいいから……、一刻も早く見たくて堪らないんだ」
「成程、そういうことなら行ってみよう」

 洋がソウルでMIKAさんの母親のルーツ探して手伝って、洋自身も自分のルーツを知りたくなったのは感じていたが、帰国早々行きたがるとは随分積極的になったものだ。

 出逢って間もない突っ張っていた頃の、引っ込み思案の洋が懐かしく感じるな。

「丈……なぁ駄目か」
「くくっ分かった。しかし……その頼み方に弱いのを知っていて……わざとだな」
「あっ翠さん風だった? 翠さんと流さんにも早く会いたいよ」
「あぁ、皆、洋がいないのを寂しがっていたぞ」

 洋は少し面映ゆい表情で頷いた。

「俺も……二人のお兄さんに会いたかった」

 
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