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13章
解き放て 28
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到着ロビーに佇む洋の姿は、一際目立っていたので、雑踏の中でもすぐに見つけられた。だが洋は私に気が付かず、空港の大きな窓から空をぼんやりと見上げていた。
その横顔は少し見ない間に、ぐんと男らしさが増していた。
凛とした意志を持って生きている人の顔付きだ。どこか翠兄さんの横顔を彷彿する表情だった。これが、ここ数日ひとりで奮闘した結果なのだろうか。
そんな洋の横を沢山の女性が熱い視線を送りながら通り過ぎて行く。意外だと思った。今まで洋の容姿に熱い視線を送るのは女性よりも男性の方が多かったから。もちろん今日も男性からも熱い視線を浴びているのだが、洋はそういうことにはもう我関せず、自分の世界に没頭していた。
全く……危なっかしいのは変わらないな。
ただ儚げで守ってやりたくなる、庇護欲をそそる洋の潤んだ瞳は、今は意志を持ち強く輝き、男らしさを増していた。
それもそうか……洋も間もなく29日歳になるのだ。出逢った頃はまだ22歳だった洋は、この7年間で確かに成長した。
昨年日本に帰国してからの洋は、まるで自ら鳥かごに入るように他人とほとんど接触を持たずに過ごしてきた。まして女性と洋が話すシーンなど見たことがなかった。だから洋から電話でMIKAさんのことを聞かされる度に、純粋な人助けでやっていると頭で理解しても……冷静さを装っても……胃がキリキリと痛んでしまったのだ。
大人げないな、私も……
だから早く会いたいと思った。離れているのが、こんなに寂しく辛いものだとは知らなかった。まったく私は……自分が散々してきたことを置いて独りよがりな。
流兄さんには「お前ってさ、実は人一倍独占欲が強いよな」と呆れられたが、それは洋限定だ。洋だけは手放せない。そんな思いは洋と共に過ごした年月で、薄まるどころが強まっている。
洋とは絶対に離れてはならない。いや……二度と離れたくない人だ。
男らしく見えた洋だったが、私に気が付くと途端に安心しきった表情になった。これは……いつもの洋の表情だ。私だけに見せる少し甘えた声と仕草を、改めてしみじみと愛おしく感じる。
「丈、会いたかった」
洋からの心からの想いの籠った言葉で、少しのわだかまりなんて解けていく。仕事のやりくりがついて、早い段階でソウルに来ることが出来てよかった。
「私もだ。いろいろ心配したぞ」
「うん、だから会いたかった。俺さ……丈……不足だから」
珍しく誘うような言葉。
Kaiくんの運転する車の中、助手席には優也さんが座ったので、後部シートには私たちだけだ。
そっと目を盗んで、洋の方からキスをしてきた。唇が触れる程度のキスだが、とても温かかった。
再会のキス──
「洋……積極的だな」
「ごめん。つい気が高ぶって……」
恥ずかしそうに笑う、洋の笑顔がいじらしかった。
するとミラー越しにKai君と目があってしまった。
「おいおい洋、あんまりイチャイチャするなよ~ 気持ちが分かるが」
「あっ、ごめん」
「まぁ俺たちが夜な夜なあてつけたからな」
「おいっ、kaiは変なこと言うな! 」
そんな明るい会話に、洋にゴッドハンドと言われたことを思い出し、思わず口角が上がってしまった。
****
ソウル市内にある故宮博物館の駐車場に車を停めて、四人で歩き出した。
ここを訪れるのは二度目になる。最初は丈と、次はKaiとやってきた。この国の歴代の王が眠る故宮。ずらりと並ぶ王の墓を一つ一つを丁寧に見ながら石畳の道を歩み、目的の場所へ何事もなく辿り着いた。
王の墓の傍に、王を護ったと言われる名将の墓がある。この人物こそが俺の前世のヨウ将軍だ。異国の文字が彫られた石碑を手でなぞってみるとドクンっとまた血が騒いだ。
やはり懐かしさが募るな。それにしても気になることがある。王様とヨウ将軍の墓がここにあるのなら、ジョウはどこに眠るのか。Kaiの先祖のカイはどこに眠るのか。
すべての物事が解決した今だからこその、知りたい欲求が出てきてしまった。そう言いながら触れた異国の文字に、ふと違和感を覚えた。
「そうか……王様を生涯護ったのは、ヨウ将軍だけじゃないんだな。ここに、こんな文字あったなんて……Kai、ここにはなんて書いてある?」
「あれ? こんな文字彫ってあったか」
「なかった? よく覚えてないけど、ずっとあったような気がするよ」
Kaiがじっと古代の文字を見つめて、声を震わせた。
「こ、ここには……ジョウとカイと書いてある! ヨウ将軍を生涯支えた人物だと!」
俺は深く頷いて眼を閉じた。すると遠くから、ヨウ将軍がやってきたような雷鳴が聞こえた。
「あぁ、俺には見えるよ……遠い遥か彼方の世界で俺を支えてくれてジョウとカイ……そして成長した王様の顔は優也さんによく似ている。俺達四人は、今日ここで一旦解き放たれ、出発するんだ」
雷鳴は一瞬で、逆さ虹も出なかった。
つまり、もう何も起こらなかった。
もう特別な何かが起こらなくても、俺たちは生きていけるのだ。
この先の人生…… お互いを尊重しあい、信頼と愛情を持って関わっていく。
もう過去の束縛はない。
俺の人生は、俺だけのものだ。
丈もKaiも優也さんも、皆、それぞれの人生を手に入れた。
自分だけの人生に、今……俺自身を解き放つ!
俺達の過去からの束縛を一旦解き放ち、そしてまた繋がっていこう。
この世で繋がっていこう。
『解き放て』了
以下あとがき(不必要な方はスルーで……どうか各自でご対応ください)
****
こんにちは!志生帆 海です。
四人が揃って、過去からの邂逅もようやく終わって、新しい世界が開けていくようです。ようやく『解き放て』の段を書き終えました。気が付けば28話にもなっていました。いつも読んでくださってありがとうございます。スターやペコメ、スタンプ励みになっています。
今日の話を書き終え『重なる月』の連載も、なんとなく終わりが見えて来たようです。
※ このような、作者のあとがきが不必要だというご意見がありました。(定期的にあるのですが……)私は今日のような段の終わりや、どうしても内容をフォローしたい時など……あとがきを書いています。これが私の創作リズム&スタイルなので、自分が書きたい時にはこれからも書いていきますね。なのでご不必要な方は飛ばすなり、読まれるのをおやめになるという対応でお願いできたらと思います。
何だか偉そうなことを書いて申し訳ありません……私も楽しみながら趣味で書いているので、どうかご理解ください。補足。こちらには作者コメントを記入する欄が下の方にあるのですが、どうも個人的に使い難く……見にくいので、直接本文の後に書かせていただいております。
その横顔は少し見ない間に、ぐんと男らしさが増していた。
凛とした意志を持って生きている人の顔付きだ。どこか翠兄さんの横顔を彷彿する表情だった。これが、ここ数日ひとりで奮闘した結果なのだろうか。
そんな洋の横を沢山の女性が熱い視線を送りながら通り過ぎて行く。意外だと思った。今まで洋の容姿に熱い視線を送るのは女性よりも男性の方が多かったから。もちろん今日も男性からも熱い視線を浴びているのだが、洋はそういうことにはもう我関せず、自分の世界に没頭していた。
全く……危なっかしいのは変わらないな。
ただ儚げで守ってやりたくなる、庇護欲をそそる洋の潤んだ瞳は、今は意志を持ち強く輝き、男らしさを増していた。
それもそうか……洋も間もなく29日歳になるのだ。出逢った頃はまだ22歳だった洋は、この7年間で確かに成長した。
昨年日本に帰国してからの洋は、まるで自ら鳥かごに入るように他人とほとんど接触を持たずに過ごしてきた。まして女性と洋が話すシーンなど見たことがなかった。だから洋から電話でMIKAさんのことを聞かされる度に、純粋な人助けでやっていると頭で理解しても……冷静さを装っても……胃がキリキリと痛んでしまったのだ。
大人げないな、私も……
だから早く会いたいと思った。離れているのが、こんなに寂しく辛いものだとは知らなかった。まったく私は……自分が散々してきたことを置いて独りよがりな。
流兄さんには「お前ってさ、実は人一倍独占欲が強いよな」と呆れられたが、それは洋限定だ。洋だけは手放せない。そんな思いは洋と共に過ごした年月で、薄まるどころが強まっている。
洋とは絶対に離れてはならない。いや……二度と離れたくない人だ。
男らしく見えた洋だったが、私に気が付くと途端に安心しきった表情になった。これは……いつもの洋の表情だ。私だけに見せる少し甘えた声と仕草を、改めてしみじみと愛おしく感じる。
「丈、会いたかった」
洋からの心からの想いの籠った言葉で、少しのわだかまりなんて解けていく。仕事のやりくりがついて、早い段階でソウルに来ることが出来てよかった。
「私もだ。いろいろ心配したぞ」
「うん、だから会いたかった。俺さ……丈……不足だから」
珍しく誘うような言葉。
Kaiくんの運転する車の中、助手席には優也さんが座ったので、後部シートには私たちだけだ。
そっと目を盗んで、洋の方からキスをしてきた。唇が触れる程度のキスだが、とても温かかった。
再会のキス──
「洋……積極的だな」
「ごめん。つい気が高ぶって……」
恥ずかしそうに笑う、洋の笑顔がいじらしかった。
するとミラー越しにKai君と目があってしまった。
「おいおい洋、あんまりイチャイチャするなよ~ 気持ちが分かるが」
「あっ、ごめん」
「まぁ俺たちが夜な夜なあてつけたからな」
「おいっ、kaiは変なこと言うな! 」
そんな明るい会話に、洋にゴッドハンドと言われたことを思い出し、思わず口角が上がってしまった。
****
ソウル市内にある故宮博物館の駐車場に車を停めて、四人で歩き出した。
ここを訪れるのは二度目になる。最初は丈と、次はKaiとやってきた。この国の歴代の王が眠る故宮。ずらりと並ぶ王の墓を一つ一つを丁寧に見ながら石畳の道を歩み、目的の場所へ何事もなく辿り着いた。
王の墓の傍に、王を護ったと言われる名将の墓がある。この人物こそが俺の前世のヨウ将軍だ。異国の文字が彫られた石碑を手でなぞってみるとドクンっとまた血が騒いだ。
やはり懐かしさが募るな。それにしても気になることがある。王様とヨウ将軍の墓がここにあるのなら、ジョウはどこに眠るのか。Kaiの先祖のカイはどこに眠るのか。
すべての物事が解決した今だからこその、知りたい欲求が出てきてしまった。そう言いながら触れた異国の文字に、ふと違和感を覚えた。
「そうか……王様を生涯護ったのは、ヨウ将軍だけじゃないんだな。ここに、こんな文字あったなんて……Kai、ここにはなんて書いてある?」
「あれ? こんな文字彫ってあったか」
「なかった? よく覚えてないけど、ずっとあったような気がするよ」
Kaiがじっと古代の文字を見つめて、声を震わせた。
「こ、ここには……ジョウとカイと書いてある! ヨウ将軍を生涯支えた人物だと!」
俺は深く頷いて眼を閉じた。すると遠くから、ヨウ将軍がやってきたような雷鳴が聞こえた。
「あぁ、俺には見えるよ……遠い遥か彼方の世界で俺を支えてくれてジョウとカイ……そして成長した王様の顔は優也さんによく似ている。俺達四人は、今日ここで一旦解き放たれ、出発するんだ」
雷鳴は一瞬で、逆さ虹も出なかった。
つまり、もう何も起こらなかった。
もう特別な何かが起こらなくても、俺たちは生きていけるのだ。
この先の人生…… お互いを尊重しあい、信頼と愛情を持って関わっていく。
もう過去の束縛はない。
俺の人生は、俺だけのものだ。
丈もKaiも優也さんも、皆、それぞれの人生を手に入れた。
自分だけの人生に、今……俺自身を解き放つ!
俺達の過去からの束縛を一旦解き放ち、そしてまた繋がっていこう。
この世で繋がっていこう。
『解き放て』了
以下あとがき(不必要な方はスルーで……どうか各自でご対応ください)
****
こんにちは!志生帆 海です。
四人が揃って、過去からの邂逅もようやく終わって、新しい世界が開けていくようです。ようやく『解き放て』の段を書き終えました。気が付けば28話にもなっていました。いつも読んでくださってありがとうございます。スターやペコメ、スタンプ励みになっています。
今日の話を書き終え『重なる月』の連載も、なんとなく終わりが見えて来たようです。
※ このような、作者のあとがきが不必要だというご意見がありました。(定期的にあるのですが……)私は今日のような段の終わりや、どうしても内容をフォローしたい時など……あとがきを書いています。これが私の創作リズム&スタイルなので、自分が書きたい時にはこれからも書いていきますね。なのでご不必要な方は飛ばすなり、読まれるのをおやめになるという対応でお願いできたらと思います。
何だか偉そうなことを書いて申し訳ありません……私も楽しみながら趣味で書いているので、どうかご理解ください。補足。こちらには作者コメントを記入する欄が下の方にあるのですが、どうも個人的に使い難く……見にくいので、直接本文の後に書かせていただいております。
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