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13章
解き放て 21
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流が部屋の扉をパタンと静かに閉め、そのまま前に立ちはだかり、僕の指をグイッと掴んだ。
「あっ……」
指は流の唇でペロっと舐められ、そのまま口に含まれてしまった。熱い舌でチロチロと舐められ震えてしまう。こんな所で駄目だ。隣は薙の部屋なのだから……
「なっ、なんで……」
「怪我なんてして、心配かけんな!」
「え……怪我って、針で少し突き刺しただけだよ。流は心配症だな」
流の顔色が悪いような気がして、そっと頬を撫でてやった。
「怖いんだ。幸せすぎて……翠がいなくなったらと心配になる。俺を置いて遠くへ行ってしまいそうで」
流の話すそれは……遠い昔の僕たちの過去の話なのか。そのことを考えると途端に僕の魂が泣くように震える。
その不安……その寂しさを過去に味わったのは、僕の方だった。
……
流水、一体何所へ。
こんなに探しても、見つからないなんて。
お前は今、どこにいる?
なぁ……この世に、ちゃんといるよな?
僕と同じ空気を吸って、同じ太陽と月を見上げているよな?
あぁそれにしても、どうして痕跡を掴めないのか。
せめて……お前が生きているという報せだけでも欲しいのに。
何を支えに、僕はこの先生きて行けばいいのか分からない。
お前の所に行きたい。
いつになったら行けるのか。
行っていいのか。
今生でまた会えるのか。
何か……せめて何かひとつだけでも、僕に希望を。
……
いつの間にか零れ落ちる記憶の涙を、流が優しく吸い取ってくれた。
「悪い。翠のことを泣かすつもりじゃなかった。また……遠い昔のことを?」
「どんなに探してもいなかったのは、お前の方だ!」
つい流を責めるように厚い胸板を、握りしめた手でドンドンと叩いてしまった。
「翠……悪かった。帰りが遅くなった」
「心配した。お前は僕の傍にいないと駄目だ!」
僕は心の声を発していた。
珍しい流一人の外出を、広い心で受け入れたつもりなのに……全くこれでは……流がいないと何も出来ない人間のようではないか。恥ずかしいやら驚くやら。
「なんて可愛いことを! この部屋でなかったらこのまま押し倒して、今すぐ抱くのに」
そう言いながらも、流は僕の唇を吸いだした。
「あっ……流、ちょっと!」
僕の手を壁に押し付けて、熱心に唇を奪ってくる。
感じてはいけない……。
そう思うのに、流の生きている温もりに酔いしれていくのが、今の僕だ。
隣の薙の部屋で、コトリと物音がしたような気がした。
「やばいな……」
長い長い接吻の末、ようやく流が唇を離してくれた。
「くそっ、もう駄目だ。理性がぶっ飛びそうだ。翠……何か違う話で気分を変えてくれよ」
縋るような流の眼に、途端に兄としての使命感が生まれる。
「流、とりあえず居間に行こう。そうだ、少し酒でも飲むか」
「あぁ……そうしよう」
お互いギリギリで切り上げた。
これ以上は駄目だ……止まらなくなるのを知っているから。
****
「翠の酒がいい」
「いいね」
ふたりで京都で見つけてから気に入って取り寄せている『翠』という銘柄の日本酒を飲むことにした。
「翠、小腹が空かないか」
「そうだね。早い時間にパスタを食べただけだから」
「よし、俺が何か作ってやる」
そう言いながら冷蔵庫の材料を手際よく見定め、あっという間に、こんがりと焦げ目のついた味噌田楽を作ってくれた。それから蛸ときゅうりの酢の物などの小鉢も並べてくれた。
「美味しそうだな。そうか……なるほど、流の手も『ゴッドハンド』だ」
そう呟くと、流は顔を赤らめ……箸をぽろっと落とした。
「ゴッ……ゴッドハンドって?」
「ん、今日は、面白いことがあって……あの丈が『ゴッドハンド』と薙に褒められた途端、有頂天になって、随分上機嫌でね」
「何だって? あの丈が!」
「そうなんだ。何でも最近洋くんにも同じことを言われたらしくてね」
「やっぱりな。ははっ! それは俺も負けられないぞ」
「え? どういうこと?」
流の目が、突然……ギラリと獰猛に光った。
どうしたのだろう?
「翠、俺の手も『ゴッドハンド』だよな?」
「えっと……どういう意味か分からない……」
「分からない?」
どんな答えを流が求めているのか本気で分からなくて、小首を傾げ見上げると、流が低く唸った。
「ううう……せっかく収めた理性が飛ぶよ。翠、その顔は駄目だ」
「その顔って? 」
至っていつも通りのつもりなのに、僕は流の変なスイッチを押してしまったらしい。
「直接教えてやる! あぁ、そうだ……茶室はもう使えないんだった。くそっ!」
目の前で頭を抱えて悔しがる流の様子を、僕はポカンと見上げてしまった。
あとがき(不要な方はスルー)
****
志生帆 海です。いつも読んでくださってありがとうございます。『解き放て』が、いつの間にか20話を超えていました。ソウルの洋は何をしてるのでしょうか……。月影寺のCPの様々な想いを交差させながら進めています。翠は可愛い男性ですよね。毎日、細かな妄想話について来てくださる読者さまには感謝の気持ちでいっぱいです。
「あっ……」
指は流の唇でペロっと舐められ、そのまま口に含まれてしまった。熱い舌でチロチロと舐められ震えてしまう。こんな所で駄目だ。隣は薙の部屋なのだから……
「なっ、なんで……」
「怪我なんてして、心配かけんな!」
「え……怪我って、針で少し突き刺しただけだよ。流は心配症だな」
流の顔色が悪いような気がして、そっと頬を撫でてやった。
「怖いんだ。幸せすぎて……翠がいなくなったらと心配になる。俺を置いて遠くへ行ってしまいそうで」
流の話すそれは……遠い昔の僕たちの過去の話なのか。そのことを考えると途端に僕の魂が泣くように震える。
その不安……その寂しさを過去に味わったのは、僕の方だった。
……
流水、一体何所へ。
こんなに探しても、見つからないなんて。
お前は今、どこにいる?
なぁ……この世に、ちゃんといるよな?
僕と同じ空気を吸って、同じ太陽と月を見上げているよな?
あぁそれにしても、どうして痕跡を掴めないのか。
せめて……お前が生きているという報せだけでも欲しいのに。
何を支えに、僕はこの先生きて行けばいいのか分からない。
お前の所に行きたい。
いつになったら行けるのか。
行っていいのか。
今生でまた会えるのか。
何か……せめて何かひとつだけでも、僕に希望を。
……
いつの間にか零れ落ちる記憶の涙を、流が優しく吸い取ってくれた。
「悪い。翠のことを泣かすつもりじゃなかった。また……遠い昔のことを?」
「どんなに探してもいなかったのは、お前の方だ!」
つい流を責めるように厚い胸板を、握りしめた手でドンドンと叩いてしまった。
「翠……悪かった。帰りが遅くなった」
「心配した。お前は僕の傍にいないと駄目だ!」
僕は心の声を発していた。
珍しい流一人の外出を、広い心で受け入れたつもりなのに……全くこれでは……流がいないと何も出来ない人間のようではないか。恥ずかしいやら驚くやら。
「なんて可愛いことを! この部屋でなかったらこのまま押し倒して、今すぐ抱くのに」
そう言いながらも、流は僕の唇を吸いだした。
「あっ……流、ちょっと!」
僕の手を壁に押し付けて、熱心に唇を奪ってくる。
感じてはいけない……。
そう思うのに、流の生きている温もりに酔いしれていくのが、今の僕だ。
隣の薙の部屋で、コトリと物音がしたような気がした。
「やばいな……」
長い長い接吻の末、ようやく流が唇を離してくれた。
「くそっ、もう駄目だ。理性がぶっ飛びそうだ。翠……何か違う話で気分を変えてくれよ」
縋るような流の眼に、途端に兄としての使命感が生まれる。
「流、とりあえず居間に行こう。そうだ、少し酒でも飲むか」
「あぁ……そうしよう」
お互いギリギリで切り上げた。
これ以上は駄目だ……止まらなくなるのを知っているから。
****
「翠の酒がいい」
「いいね」
ふたりで京都で見つけてから気に入って取り寄せている『翠』という銘柄の日本酒を飲むことにした。
「翠、小腹が空かないか」
「そうだね。早い時間にパスタを食べただけだから」
「よし、俺が何か作ってやる」
そう言いながら冷蔵庫の材料を手際よく見定め、あっという間に、こんがりと焦げ目のついた味噌田楽を作ってくれた。それから蛸ときゅうりの酢の物などの小鉢も並べてくれた。
「美味しそうだな。そうか……なるほど、流の手も『ゴッドハンド』だ」
そう呟くと、流は顔を赤らめ……箸をぽろっと落とした。
「ゴッ……ゴッドハンドって?」
「ん、今日は、面白いことがあって……あの丈が『ゴッドハンド』と薙に褒められた途端、有頂天になって、随分上機嫌でね」
「何だって? あの丈が!」
「そうなんだ。何でも最近洋くんにも同じことを言われたらしくてね」
「やっぱりな。ははっ! それは俺も負けられないぞ」
「え? どういうこと?」
流の目が、突然……ギラリと獰猛に光った。
どうしたのだろう?
「翠、俺の手も『ゴッドハンド』だよな?」
「えっと……どういう意味か分からない……」
「分からない?」
どんな答えを流が求めているのか本気で分からなくて、小首を傾げ見上げると、流が低く唸った。
「ううう……せっかく収めた理性が飛ぶよ。翠、その顔は駄目だ」
「その顔って? 」
至っていつも通りのつもりなのに、僕は流の変なスイッチを押してしまったらしい。
「直接教えてやる! あぁ、そうだ……茶室はもう使えないんだった。くそっ!」
目の前で頭を抱えて悔しがる流の様子を、僕はポカンと見上げてしまった。
あとがき(不要な方はスルー)
****
志生帆 海です。いつも読んでくださってありがとうございます。『解き放て』が、いつの間にか20話を超えていました。ソウルの洋は何をしてるのでしょうか……。月影寺のCPの様々な想いを交差させながら進めています。翠は可愛い男性ですよね。毎日、細かな妄想話について来てくださる読者さまには感謝の気持ちでいっぱいです。
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