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13章
解き放て 17
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「帰国まで先はまだ長いんだ。おいっ、そんな顔すんなって。洋くんは大丈夫だよ。お前にゾッコンだろ?」
「……そうでしょうか…」
少し冗談めかして煽ると、途端に真っ青になった丈が可哀そうになって、ついフォローしちまったじゃないか。
俺も翠兄さんに似て来たのか……。寂しそうな弟のことを放っておけないなんてな。
いつも我関せずの丈だったのに、あんなに洋くんのことを気にしてるなんて。無愛想な弟も、ただのひとりの男だったんだと思うと、やっぱり不謹慎にもニヤニヤしてしまう。
「とにかく、洋くんには朝晩の連絡はしっかりしとけよ。女に寝取られないようにな!」
「ははっ……全くまたそんなことを。言われなくてもちゃんとしますよ」
丈も俺とこんな軽口を叩けると思ってなかったのか、今度は少しだけ愉快そうな表情になってくれた。
母屋に戻ると、翠が和室で座禅を組んで読経していた。
あぁ、やはり心地良い声だ。低くもなく高くもない翠の声にはいつも聴き惚れてしまう。俺はただいまも告げずに、そっと柱にもたれ目を閉じて聴くことにした。
読経中の翠は、煩悩を遮断し瞑想しているから、俺に気付いてくれない。それが憎たらしいというか、強がっているようにも見えて……可愛い。
眼を閉じれば長い睫毛が滑らかな肌に影を作り、左目尻にある小さな泣きほくろが色っぽい。短い襟足からうなじが見えるのも色気があって、あの首筋を舌で辿りたくなる。翠はいつも楚々とした印象なのに、こうやって見る者の心を奪う、清廉な色香を放つんだよな。
翠が読経に夢中なのをいい事に、あれこれと堪能させてもらった。
しかし十分以上待っても読経は終わらない。ううっ、俺は翠のように仏教系の大学を出ていないので、翠が結婚した後この寺を継ぐために、本山の研修所に入門し宗派の教えや歴史などを学ぶために数年間の修行をしたが、やっぱり読経は基本的に眠くなる体質らしい。
本当に生真面目な兄とは、正反対だよな。
なぁ翠、そろそろ気付けよ……俺はここにいる。
ちゃんと丈の面倒も見て来たぞ。だから褒美をくれよ。読経は朝も夕刻も夜も本堂でたっぷりしただろう? ここは寛ぐための和室だろう。
だから翠の前に屈んで、おもむろに唇をちゅっと合わせてやった。
途端に翠は眼をパッと見開き、驚いた表情で腰を抜かしそうになっていた。
「えっ……りゅっ、流、今……何をした? 」
頬を赤らめ、辺りをキョロキョロ見回す様子も可愛いもんだ。
「なっ、薙はどこ?」
「薙ならとっくに自分の部屋だろ」
「そっそうか……流、母屋では、あまり変なことはしないでくれ」
翠が恥ずかしそうにキュっと唇を噛みしめて、俯いてしまった。キス位でと思うが、どうやら今日は父親としての理性が翠を押し留めてしまったようだ。
俺だけの翠ではないと悟る寂しい瞬間だ。
このまま翠を押し倒し躰から先に奪いたくなる衝動に駆られるが、ここではダメだ。上の階に薙がいる。いくら薙が俺たちの関係を悟っていたとしても、まだ14歳の子供だ。俺達が自制しないとならない。
くそっ、じれったいな。
早くあの茶室の建て替え工事を完成させたい。翠のための茶室と俺のための工房が、渡り廊下で繋がっているのだ。翠からは俺が良く見渡せるように、俺からも翠が良く見えるようにと、大きな窓をお互いの部屋に設置した。
画像提供・honolulu様
桜の咲く頃になったら完成だ。とても待ち遠しい。
「流……怒ったのか。その……」
無言でむすっとしていると、今度は翠が小首を傾げて心配そうに覗き込んでくる。その仕草は俺にだけ見せてくれるものだ。だから節操無しの俺はもう一度だけ口づけが欲しくなってしまった。
翠が悪い、翠が甘やかすんだ……こうやって俺を。
「翠、もう一度だけ」
「えっ? あっ……んっ」
座っている翠の腰に手を回し抱き寄せ顎を掴んで固定して、淡い唇を存分に味わわせてもらった。
「あ……もう、流っ……、だ、駄目だろう」
感じそうになった躰を必死に押し留め、自制する翠。
昔から、この兄の一生懸命な姿が好きだ。
今も変わらない。
翠はいつだって翠のままだ。
あの時……あの野郎に、壊されなくてよかった。
そのことに密かに安堵し、深くもう一度だけと強請って、口づけた。
****
ソウルの夜──
優也さんにもらったマスターベーションの容器をそっと抜いてみると、何も纏わなくなった俺のものは、もう小さく萎んでいた。
いつもなら丈の器用な指が達したばかりの俺のものに絡まり、遊ばれるように弄られるのに、何もないのが寂しく感じてしまった。
はぁ……丈の指ってすごいんだなとしみじみと思いながら、周りがベトベトとしていたので、ティッシュでふき取った。
いつもなら丈が舐めたり拭いたりして綺麗にしてくれるのに、今日はひとり虚しく処理をしないといけなかった。
ふぅ、なんだかとても疲れた。
ひとりで勝手に興奮したことも手伝い、酔いのまわりが、どうやらMAXになったようだ。
そのまま重たく瞼が閉じていくのを感じた。
****
やがて夜が明け、朝日が昇ったらしく、カーテンから光線が射し込んできた。光と共に、俺のスマホが鳴った。
ん……っ、まだ眠いのに誰だよ。
あ……そうか……これは丈からの定期便だ。
早く出たい、丈と早く話したい。
「……そうでしょうか…」
少し冗談めかして煽ると、途端に真っ青になった丈が可哀そうになって、ついフォローしちまったじゃないか。
俺も翠兄さんに似て来たのか……。寂しそうな弟のことを放っておけないなんてな。
いつも我関せずの丈だったのに、あんなに洋くんのことを気にしてるなんて。無愛想な弟も、ただのひとりの男だったんだと思うと、やっぱり不謹慎にもニヤニヤしてしまう。
「とにかく、洋くんには朝晩の連絡はしっかりしとけよ。女に寝取られないようにな!」
「ははっ……全くまたそんなことを。言われなくてもちゃんとしますよ」
丈も俺とこんな軽口を叩けると思ってなかったのか、今度は少しだけ愉快そうな表情になってくれた。
母屋に戻ると、翠が和室で座禅を組んで読経していた。
あぁ、やはり心地良い声だ。低くもなく高くもない翠の声にはいつも聴き惚れてしまう。俺はただいまも告げずに、そっと柱にもたれ目を閉じて聴くことにした。
読経中の翠は、煩悩を遮断し瞑想しているから、俺に気付いてくれない。それが憎たらしいというか、強がっているようにも見えて……可愛い。
眼を閉じれば長い睫毛が滑らかな肌に影を作り、左目尻にある小さな泣きほくろが色っぽい。短い襟足からうなじが見えるのも色気があって、あの首筋を舌で辿りたくなる。翠はいつも楚々とした印象なのに、こうやって見る者の心を奪う、清廉な色香を放つんだよな。
翠が読経に夢中なのをいい事に、あれこれと堪能させてもらった。
しかし十分以上待っても読経は終わらない。ううっ、俺は翠のように仏教系の大学を出ていないので、翠が結婚した後この寺を継ぐために、本山の研修所に入門し宗派の教えや歴史などを学ぶために数年間の修行をしたが、やっぱり読経は基本的に眠くなる体質らしい。
本当に生真面目な兄とは、正反対だよな。
なぁ翠、そろそろ気付けよ……俺はここにいる。
ちゃんと丈の面倒も見て来たぞ。だから褒美をくれよ。読経は朝も夕刻も夜も本堂でたっぷりしただろう? ここは寛ぐための和室だろう。
だから翠の前に屈んで、おもむろに唇をちゅっと合わせてやった。
途端に翠は眼をパッと見開き、驚いた表情で腰を抜かしそうになっていた。
「えっ……りゅっ、流、今……何をした? 」
頬を赤らめ、辺りをキョロキョロ見回す様子も可愛いもんだ。
「なっ、薙はどこ?」
「薙ならとっくに自分の部屋だろ」
「そっそうか……流、母屋では、あまり変なことはしないでくれ」
翠が恥ずかしそうにキュっと唇を噛みしめて、俯いてしまった。キス位でと思うが、どうやら今日は父親としての理性が翠を押し留めてしまったようだ。
俺だけの翠ではないと悟る寂しい瞬間だ。
このまま翠を押し倒し躰から先に奪いたくなる衝動に駆られるが、ここではダメだ。上の階に薙がいる。いくら薙が俺たちの関係を悟っていたとしても、まだ14歳の子供だ。俺達が自制しないとならない。
くそっ、じれったいな。
早くあの茶室の建て替え工事を完成させたい。翠のための茶室と俺のための工房が、渡り廊下で繋がっているのだ。翠からは俺が良く見渡せるように、俺からも翠が良く見えるようにと、大きな窓をお互いの部屋に設置した。
画像提供・honolulu様
桜の咲く頃になったら完成だ。とても待ち遠しい。
「流……怒ったのか。その……」
無言でむすっとしていると、今度は翠が小首を傾げて心配そうに覗き込んでくる。その仕草は俺にだけ見せてくれるものだ。だから節操無しの俺はもう一度だけ口づけが欲しくなってしまった。
翠が悪い、翠が甘やかすんだ……こうやって俺を。
「翠、もう一度だけ」
「えっ? あっ……んっ」
座っている翠の腰に手を回し抱き寄せ顎を掴んで固定して、淡い唇を存分に味わわせてもらった。
「あ……もう、流っ……、だ、駄目だろう」
感じそうになった躰を必死に押し留め、自制する翠。
昔から、この兄の一生懸命な姿が好きだ。
今も変わらない。
翠はいつだって翠のままだ。
あの時……あの野郎に、壊されなくてよかった。
そのことに密かに安堵し、深くもう一度だけと強請って、口づけた。
****
ソウルの夜──
優也さんにもらったマスターベーションの容器をそっと抜いてみると、何も纏わなくなった俺のものは、もう小さく萎んでいた。
いつもなら丈の器用な指が達したばかりの俺のものに絡まり、遊ばれるように弄られるのに、何もないのが寂しく感じてしまった。
はぁ……丈の指ってすごいんだなとしみじみと思いながら、周りがベトベトとしていたので、ティッシュでふき取った。
いつもなら丈が舐めたり拭いたりして綺麗にしてくれるのに、今日はひとり虚しく処理をしないといけなかった。
ふぅ、なんだかとても疲れた。
ひとりで勝手に興奮したことも手伝い、酔いのまわりが、どうやらMAXになったようだ。
そのまま重たく瞼が閉じていくのを感じた。
****
やがて夜が明け、朝日が昇ったらしく、カーテンから光線が射し込んできた。光と共に、俺のスマホが鳴った。
ん……っ、まだ眠いのに誰だよ。
あ……そうか……これは丈からの定期便だ。
早く出たい、丈と早く話したい。
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