重なる月

志生帆 海

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13章

解き放て 7

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 洋が女連れでやってくるなんて聞いてなかったので、何故だか軽くショックを受けた。でも気を取り直してブンブンと手を振って合図した。

「洋! こっちこっち! 」

 すぐに俺に気が付いて、ニコっと微笑み返してくれた。

 あぁ笑顔が明るくなったな。ソウルに居た時よりもぐっと明るい雰囲気になった。

 洋はその女性をエスコートするように、並んで近づいて来た。
 
 へぇ……ずっと丈さんの横に立つ洋ばかり見て来たから、これは見慣れない光景だ。でもこうやって女性の横に立つ洋を見ると、なんだ、洋もちゃんと男なんだなと妙に感心してしまった。

 洋だって背は170cm以上あるし、身体だって細身だが、なよなよした所なんてなくて、引き締まった男の躰だ。顔は恐ろしく美人なんだけど、女性の美人とはまたちょっと違って、男ならではの妙な色香を持っているのだ。 

 相変わらず人目を惹く美貌は健在で、すれ違う人がつい立ち止まって振り向いてしまうほどだ。

 それにしたって、隣に並ぶ女性だってスレンダーでかなりの美人なのに、洋の顔にやっぱり見惚れてしまうんだから、俺も大概な人間だと自嘲してしまう。

「Kai、久しぶり! 空港までありがとう」
「洋、久しぶりだな、えっと……こちらの女性は?」

 気になって気になって、しょうがない。早く教えろよと急かしてしまう。

「あっ飛行機で隣になった方で……えっと、あっそういえば名前……」

 おいおい名前も知らない女性と、そんないい雰囲気で歩くなよー。
 丈さんが知ったら嫉妬で爆発しそうだぜ。もう冷や冷やするな。

「あっ紺野美香《こんのみか》です。私もあなたのお名前聞いてなかったわ」
「あっそうですね。俺は張矢洋《はりやよう》です」

 なんだなんだ? 一体どういう経緯で洋は今女性と並んで立っているのか、さっぱり見えないぞ。

「洋、どういうことだ?」
「あっ、それは……この女性が探している場所があって、Kaiなら詳しいだろうと思って……相談に乗ってあげたくて」
「なんだ。話してみろよ。あっ俺は洋の友人のKaiです。韓国人ですが、日本語完璧でしょ?」
「ええ、すごく流暢ですね」
「まぁ先生が良かったから。っと立ち話も何ですから、そこのカフェに入りませんか」

 少し込み入った話になりそうなので、思い切ってカフェで事情を聞くことにした。

 それは女性が駆け落ちで日本にやって来た母親の故郷を探しているという少し複雑な内容だった。どうやら洋の生い立ちと被る部分もあるようだった。だからなのか洋が珍しく積極的になっているのは。

「タルトンネか……」
「何か分かりますか」
「んーそうだな。タルトンネっていうのはね、タルが月でトンネが町という意味だから、直訳すれば『月の街』だけど、俺達の韓国人の間では『月を望む町』という意味の方が強いかな」
「へぇ……『月を望む町』か……Kai、それはなぜ?」
「あぁつまりだな、地方から都市に移り住む過程で、経済的に貧しく平地に住めなかった人が多く暮らす貧民街、スラム街ともいえる場所なんだ。つまり貧しく狭い家の中で肩寄せ合って暮らした生活を美化して『月を望む町』と呼んだわけさ」

 ふたりは納得した表情を浮かべていた。

「そうなんですね。で、場所はどこなんですか。私……母親のルーツを知りたくて」

 女性が身を乗り出して聞いてくる。

「うーんそれなんだけど、実は特定の場所があるってわけじゃなくて、丘の斜面という劣悪な場所に家々が建てられていることから、働くためにふもとに下りて戻ってくるのにも苦労するような場所のことを概してそう呼んだんだ。だからいろんな場所に『タルトンネ』と呼ばれる地名があって、でも再開発が進んで最近は消滅しつつあるかな。あっでも、今でもちゃんと残っているのはソウルで二か所あるよ」
「まぁ……なんだか想像より複雑なのね」

 女性は意気消沈してしまった。俺も洋も、女性の扱いに慣れていないので焦ってしまった。えっとこういう時は話題を変えるべきなのか。

「えっと……君はハーフなんだね。韓国と日本の……」
「ええ、そうよ。でも日本で生まれ日本で育って、韓国語が全く出来ないのが悔しい」
「……お母さんは使わなかった?」
「お父さんに止められていたみたいで……私が最期に母に教えてもらった唯一の言葉が『タルトンネ』よ」

 なんか切ない話だな。洋も隣で悲し気な表情を浮かべた。半分は韓国の血を持つ女性か。俺も日本人の恋人を持つ身なので、他人事でもなく何か役に立ちたいと思った。

「あのさ、もしよかったら、俺は間もなくこういうプチホテルをOpenさせるのだけど、MIKAさんにソウル滞在中、お客さまのモニターとして手伝ってもらえないかな? その代わり手伝うよ。君のお母さんのルーツを探すの。現存するタルトンネのあたりはあまり旅行客がい近寄るような場所じゃないから……君ひとりで行かせるのは心配だし」
「え? いいのですか」

 プチホテルのパンフレットを見せながら提案すると、ぱっと明るい表情になった。つられて洋も。

「Kai、いいのか。俺も手伝うよ」
「んーでも洋をあんまりこき使うと、アイツに怒られそうだ」

 これ以上、洋とこの女性を二人きりにさせるのはまずいだろう。丈さんよ、俺が間に入れば、安心だろ。これ高くつくぞ~っと心の中で呟いた。

「あの、本当にありがとうございます! じゃあ早速明日の朝、プチホテルに伺います」
「了解! MIKAさんが滞在するホテルからなら、タクシーで、すぐだよ」

 そんなわけで一件落着とはいかないが、話は落ち着いた。MIKAさんは予約しているホテルに直行するそうで、空港のタクシー乗り場で別れた。

「さてと……洋、俺達も行くぞ。車で来てる」
「あぁ」
「……にしても驚いた。お前も男だったんだな」
「何言ってるんだ? 俺は男だよ?」

 洋が不思議そうに言う。

 そうだよな。俺……何言ってんだ。本当にその通りだよな。俺は男を抱く方だから、つい忘れてしまう。優也さんも洋も、男に抱かれる方ではあるが、ちゃんとした男だってこと。

 正直……受け入れてくれる方なりに、いろいろ思うことはあると思う。

 そうだ……せっかく洋が来てくれたのだから、優也さんと洋でゆっくり話せる時間を持ってもらおうと運転しながら、思いついた。

「洋、来てくれてありがとうな。いろんな意味で嬉しいよ」
「俺もまたソウルに来られて嬉しいよ。ここは大事な俺のルーツでもあるしな」


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