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13章
解き放て 6
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「Kai、そろそろじゃないのか」
「おっと、もうそんな時間か」
客室にする部屋の壁に夢中でペンキを塗っていると、優也がやって来て腕時計を見せながら、早く早くとジェスチャーで急かされた。
「よーしっ、姫を迎えに行ってくるか」
「またっ、そんな言い方をすると、洋くんが嫌がるよ。彼はしっかりとした男性なのに」
「それは分かっているけど、洋は、なんだか揶揄いたくなるんだよな。それに日本から丈さんがしつこいくらい連絡して来ているしな。心配なのは分かるがアイツ、過保護過ぎ!」
優也も苦笑していた。
「でもそれはしょうがないよ。今回は一カ月も離れることになるし、洋くんは本当に美しいから心配になるのも分かる。それに無理を言って呼び出したのは僕たちだろう? 何かあったら大変だ。さぁ空港に早く行ってあげて」
「分かった! じゃあキスしてからな」
「ちょっ! ペンキが付く」
俺の恋人の優也は相変わらず照れ屋で可愛いし、何事も一生懸命で真面目過ぎる程だ。脚立から飛び降りて優也の慎ましやかな唇をチュッと奪うと、頬を真っ赤に染めた。
「ごちそうさま。じゃっ、行ってくるよ」
「うん、気を付けてね」
優也は芯はしっかりしているのに、いつも控えめでしとやかな人だ。俺は優也と一緒に時を過ごせば過ごす程、もう絶対に手放せないと思う。本当に大好きだ。
幸いお互いの親の理解も得られ昨年の夏からソウルで幸せなスタートを切っていた。更に来月には、俺らは共同でホテルをオープンさせる。
俺の父が田舎に隠居するのを機に、実家の邸宅を引き継ぐことになり、広すぎる家は維持も大変だので、いっそここを改装してホテルにしてしまえば大好きな優也といられる時間も増えるという目論見もあった。
そんなわけで、とにかく急ピッチで進めているので、役所への手続きや改装作業と大忙しで、クリスマスも正月も返上で、ふたりで協力して頑張って来たわけさ。
実家には最初から客間として設備が整っている部屋が何部屋もあったので、大掛かりなリフォームは不要だった。逆にその分ちょっと俺達の手で手直しすればいい程度なので、ついこうやって、自らペンキ塗りをしてしまうんだよな。
ペンキの付いた服を着替えて、玄関で優也にバイバイっと手を振ると、彼は俺の襟元に背伸びしてマフラーを巻いてくれた。
「寒いから」
「うん、ありがとう」
優しい気遣い。優しい喋り方。本当に『優也』という名前の通り、優しい人だと思う。
****
空港で到着案内ボードを確認すると、ちょうど丈さんから聞いていた洋を乗せた飛行機が到着したようだ。入国審査を終えた洋が、まもなくこの到着ロビーにやってくるだろう。
去年の七夕以来だから、洋に会うのは久しぶりだ。
あいつ変わったかな? 丈さんに愛され、あの寺の皆に愛されまくって、きっと幸せで蕩けそうな表情してるんだろうな。
ソウルで初めて会った時は、酷く傷ついた萎れそうな花のような雰囲気だったのに、どんどん根を張り、しっかりして来て……俺は過去の縁で洋を守る役目を担っていたが、あの七夕の日にようやく荷を下ろすことが出来たんだよな。
ヨウ将軍の部屋……あそこに洋は泊ってもらおう。洋の部屋にふさわしい。
あの部屋だけはホテルの客室には出来ないぜ、永遠に。
それにしても遅いな。そろそろかと思い目を凝らすと、洋が出て来た。
相変わらず美人な男! だが前みたいに俯いていなくて明るい笑顔だ。
んっ? 笑顔は笑顔だけど……
あれ? おいっ……その笑顔を何処に向けている?
洋の笑顔の視線を辿れば、すぐ隣に偉くスタイルのいい若い女性がいた。
うん、美人だ。
って、えぇーっ!
洋がまさかの女連れ? 聞いてないぞ! それ!
****
日本。
藤原部長のお別れの会にて。
「丈っ……あなた丈じゃない! 嘘みたい。まさか……あなたに会えるなんて」
焼香を終えてテーブルに戻ると、日野暁香が目敏く私を見つけたようで、興奮した面持ちで近づいて来た。何度も寝たこともある女性と五年ぶりの再会というのは、少し気まずいものかと思ったが、彼女の方はあっけらかんとしていた。
まぁこういう後腐れない関係が好きだったのだが。しかし暁香に会っても、私の胸は、何も動かないものだな。本当にもう当たり前だが、洋一筋になったのだと実感した。
「まぁ~いやな男。シレっとしちゃって。これでも一応心配していたのよ。生きているかなって。以前ちらっとご実家が北鎌倉のお寺だと話していたのを思い出して、思い切って手紙を出してみてよかったわ。届いたのね。」
「あぁ、久しぶりだな。ありがとう。実家から転送してもらったよ」
「そうだったのね。今どこの住んでいるの? あの時会社を急にやめて心配したのよ。これでも」
「……悪かったな」
「相変わらずの秘密主義ね。まぁいいわ。今日は時間ある? せっかくなんだからこの後お酒くらいご馳走してよ。頑張って知らせたあげたんだから」
実家にいることも、どこに勤めているかも、自ら広めたくはなかった。
少し調べれば簡単に分かることだが、あえて言わなくてもいいと思った。
洋との月影寺の中での世界を邪魔されたくないから。
さてこの誘いに乗るべきか、否か……。
「おっと、もうそんな時間か」
客室にする部屋の壁に夢中でペンキを塗っていると、優也がやって来て腕時計を見せながら、早く早くとジェスチャーで急かされた。
「よーしっ、姫を迎えに行ってくるか」
「またっ、そんな言い方をすると、洋くんが嫌がるよ。彼はしっかりとした男性なのに」
「それは分かっているけど、洋は、なんだか揶揄いたくなるんだよな。それに日本から丈さんがしつこいくらい連絡して来ているしな。心配なのは分かるがアイツ、過保護過ぎ!」
優也も苦笑していた。
「でもそれはしょうがないよ。今回は一カ月も離れることになるし、洋くんは本当に美しいから心配になるのも分かる。それに無理を言って呼び出したのは僕たちだろう? 何かあったら大変だ。さぁ空港に早く行ってあげて」
「分かった! じゃあキスしてからな」
「ちょっ! ペンキが付く」
俺の恋人の優也は相変わらず照れ屋で可愛いし、何事も一生懸命で真面目過ぎる程だ。脚立から飛び降りて優也の慎ましやかな唇をチュッと奪うと、頬を真っ赤に染めた。
「ごちそうさま。じゃっ、行ってくるよ」
「うん、気を付けてね」
優也は芯はしっかりしているのに、いつも控えめでしとやかな人だ。俺は優也と一緒に時を過ごせば過ごす程、もう絶対に手放せないと思う。本当に大好きだ。
幸いお互いの親の理解も得られ昨年の夏からソウルで幸せなスタートを切っていた。更に来月には、俺らは共同でホテルをオープンさせる。
俺の父が田舎に隠居するのを機に、実家の邸宅を引き継ぐことになり、広すぎる家は維持も大変だので、いっそここを改装してホテルにしてしまえば大好きな優也といられる時間も増えるという目論見もあった。
そんなわけで、とにかく急ピッチで進めているので、役所への手続きや改装作業と大忙しで、クリスマスも正月も返上で、ふたりで協力して頑張って来たわけさ。
実家には最初から客間として設備が整っている部屋が何部屋もあったので、大掛かりなリフォームは不要だった。逆にその分ちょっと俺達の手で手直しすればいい程度なので、ついこうやって、自らペンキ塗りをしてしまうんだよな。
ペンキの付いた服を着替えて、玄関で優也にバイバイっと手を振ると、彼は俺の襟元に背伸びしてマフラーを巻いてくれた。
「寒いから」
「うん、ありがとう」
優しい気遣い。優しい喋り方。本当に『優也』という名前の通り、優しい人だと思う。
****
空港で到着案内ボードを確認すると、ちょうど丈さんから聞いていた洋を乗せた飛行機が到着したようだ。入国審査を終えた洋が、まもなくこの到着ロビーにやってくるだろう。
去年の七夕以来だから、洋に会うのは久しぶりだ。
あいつ変わったかな? 丈さんに愛され、あの寺の皆に愛されまくって、きっと幸せで蕩けそうな表情してるんだろうな。
ソウルで初めて会った時は、酷く傷ついた萎れそうな花のような雰囲気だったのに、どんどん根を張り、しっかりして来て……俺は過去の縁で洋を守る役目を担っていたが、あの七夕の日にようやく荷を下ろすことが出来たんだよな。
ヨウ将軍の部屋……あそこに洋は泊ってもらおう。洋の部屋にふさわしい。
あの部屋だけはホテルの客室には出来ないぜ、永遠に。
それにしても遅いな。そろそろかと思い目を凝らすと、洋が出て来た。
相変わらず美人な男! だが前みたいに俯いていなくて明るい笑顔だ。
んっ? 笑顔は笑顔だけど……
あれ? おいっ……その笑顔を何処に向けている?
洋の笑顔の視線を辿れば、すぐ隣に偉くスタイルのいい若い女性がいた。
うん、美人だ。
って、えぇーっ!
洋がまさかの女連れ? 聞いてないぞ! それ!
****
日本。
藤原部長のお別れの会にて。
「丈っ……あなた丈じゃない! 嘘みたい。まさか……あなたに会えるなんて」
焼香を終えてテーブルに戻ると、日野暁香が目敏く私を見つけたようで、興奮した面持ちで近づいて来た。何度も寝たこともある女性と五年ぶりの再会というのは、少し気まずいものかと思ったが、彼女の方はあっけらかんとしていた。
まぁこういう後腐れない関係が好きだったのだが。しかし暁香に会っても、私の胸は、何も動かないものだな。本当にもう当たり前だが、洋一筋になったのだと実感した。
「まぁ~いやな男。シレっとしちゃって。これでも一応心配していたのよ。生きているかなって。以前ちらっとご実家が北鎌倉のお寺だと話していたのを思い出して、思い切って手紙を出してみてよかったわ。届いたのね。」
「あぁ、久しぶりだな。ありがとう。実家から転送してもらったよ」
「そうだったのね。今どこの住んでいるの? あの時会社を急にやめて心配したのよ。これでも」
「……悪かったな」
「相変わらずの秘密主義ね。まぁいいわ。今日は時間ある? せっかくなんだからこの後お酒くらいご馳走してよ。頑張って知らせたあげたんだから」
実家にいることも、どこに勤めているかも、自ら広めたくはなかった。
少し調べれば簡単に分かることだが、あえて言わなくてもいいと思った。
洋との月影寺の中での世界を邪魔されたくないから。
さてこの誘いに乗るべきか、否か……。
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