重なる月

志生帆 海

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13章

解き放て 3

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 ソウルに旅立つ洋を北鎌倉の駅まで送り、ひとり帰宅すると、山門の前に流兄さんが立っていた。

 真冬だというのに相変わらず濃紺の作務衣姿だけだ。漆黒の長めの髪を後ろで無造作に束ね、階段に積もる枯葉を掃いていたのだろう、足元には土埃が立ち込めていた。

「流兄さん、お疲れ様です」
「お帰り、洋くんは行っちまったのか」
「ええ」
「お前……暫く寂しくなるな」
「……寂しくなんてないです」

 私はやはり兄には簡単には素直になれないようで、つい要らぬ意地を張ってしまう。そんな気持ちは全部見透かされているようで、フフンっと鼻で笑われてしまった。

「来いよ。ひとりじゃ寒いだろう。昼飯を一緒に食おうぜ。寒いから鍋焼きうどんを作ってやる」
「ありがとうございます」

 本当は空港まで見送るつもりだったが、頑なに大丈夫だと断られて、少しがっかりした。私は洋の保護者でもないのに、つい親のように過剰な心配をしてしまう。洋は『もう俺は三十前のいい大人だよ?』と明るく笑うが……どうしても、私の中では、いつまでも危うくて……怖いのだ。

 だが……何かあったら、安志くんからもらったあの防犯グッズもあるから大丈夫だと信じたい。洋が一人でソウルに行くと言うので、彼に更に必要そうなグッズを見繕ってもらって、洋に持たせてやった。

 洋は、「俺……女じゃないのに、なんか大袈裟だな」と苦笑していたが、私の気持ちを汲んで、ちゃんと持って行ってくれた。

「ほら、しっかりしろ! 元気だせよっ! 一か月なんてあっという間さ」
「……流兄さんはいいですね。ずっと翠兄さんと一緒にいられて」
「おいおい八つ当たりか。お前、結構可愛いとこあんのな」

 ガシっと肩を組まれて、苦笑してしまった。
 私にもこの位、積極的な面があれば、もっと楽に生きれたのか。

****

「丈、お帰り」
「翠兄さんただいま。っと、お邪魔します」

 翠兄さんは、今日は寺の仕事が入っていないのか、珍しく洋装をしていた。温かそうな霜降りグレーのタートルニットに、黒いパンツ姿。随分洒落た格好だな。まぁどうせ流兄さんの趣味だろうが。

 実の兄同士が深い関係にあることを知ったわけだが、私と洋と同様に深い縁を繋いできた二人に口出すことは何もなかった。むしろ離婚して戻ってきた時の翠兄さんの精神状態を考えれば、こうなって良かったとさえ思える。あの頃の翠兄さんはボロボロだった……私も精神科の医者を紹介したりと大変だったのを今でもよく覚えている。

 結局枯れ果てた心を癒したのは、流兄さんの献身的な世話だった。

 それにしても改めて凄いと思う。今、目の前で、年を取るのを忘れたかのような美貌で優しく微笑む翠兄さんの姿に、弟であることを忘れて見惚れてしまうな。

 洋といい翠兄さんといい、男は……男に抱かれ愛されると、こんなにも艶めいて来るものなのか。またしても先ほど見送ったばかりの洋のことを思い浮かべ、急に不安になった。

 洋……まずは空港まで無事に行け。その後の飛行機でも何も起こるな。席の隣は女性の方がいいな。ん……でも女性もまずいか。洋みたいな王子さまタイプは人気があるだろう。じゃあ年配の女性? 年配の男性? 駄目だ! あぁなんで私が隣にいないのかと、またもや自己嫌悪してしまう。

「丈、どうした? 百面相しているね。さぁ早く入るといい。一体何を遠慮している? そうだ。今日から洋くんが帰国するまで僕たちと一緒に食事をしたらいいよ」

 まずいな。翠兄さん特有のあのスマイルが発生してしまった。その発言は……流兄さんにかなり恨まれそうだが。

「え! 毎日?」

 台所に立っていた流兄さんのギョッとした声が響く……目が笑っていない。

「そうだよ。なぁ流、いいだろう? 丈が可愛そうだ」
「……はは……参ったな。兄さんの頼みは断れない」
「よかったな。丈」
「はぁ……何かすいません」
「いや、当然だよ。それから離れでひとりが寂しかったら、母屋で眠るといい」
「いや……流石にそれは」

 すっかり兄気どりの翠兄さんが、少し可愛く思えた。

「あっ、そう言えば、丈に手紙が来ていたよ。住所が分からなかったみたいで、転送されてきたようで……」

 翠兄さんは立ち上がって電話の横の状差しから、白い封筒を取り出した。

「誰からですか」
「さぁ……女性からみたいだけど」
「え?」

 わざわざ実家に手紙を送ってくるような人間……しかも女性なんていたかと怪訝に思いながら、それを受け取った。

 差出人は……
 
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