重なる月

志生帆 海

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13章

安志&涼編 『僕の決意』16

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 涼の最寄り駅には、順調に到着した。

 腕時計を確認し、俺はニッと笑う。このまま走れば、あと五分で涼に会える。そう思うと気分も上々だ。

 まだ朝早いので新年二日目を迎える駅は人もまばらだったが、改札口の手前で大柄な外国人とすれ違った。スーツケースを軽々と押す金髪碧眼の若い青年だった。

 見事なブロンドヘアが朝日に輝いて妙に目立っていたので、俺もつい目で追ってしまった。涼の住む駅は恵比寿といって、外国人が歩いているのは珍しくもない土地柄なのに、何故だろう。

 コイツ……絶対に何かスポーツやってんな。おそらくアメフトとかそういう感じ。いい体格だ。西洋人と日本人との体格差をまざまざと見せつけら、勝手に悔しくなってしまう。

 触れ違いざまに、フフンと鼻で笑われたような気がして、対抗意識が湧いてしまった。

 というのも涼は去年まで、人生の大半の時間をN.Y.で過ごしていたわけで、こんな風に体格のいい男を見慣れていると思うからだ。きっとこんな奴がごまんと涼の傍にいたのでは…涼……綺麗だし、モテただろうな。あんな可愛い日本人がいたら、きっと男も女も放って置かないよな。

 くそぉ、俺も負けてらんない。もっと鍛えないと! 
 
 今年はジムにでも通うか。

 おっと、こんなことに気を取られている場合じゃない。早く涼のところに行こう!
 
 そう思って改札を抜けて走り出した。

 あれっ……あの後ろ姿って、もしかして涼?

 見間違えるはずがない。涼が駅とは逆方向に向かって歩いていた。つまり自分の家に戻る所らしい。なんでこんな朝早くに? と疑問が湧いたが、とりあえず追いついて呼び止めた。

「涼! 」
「わっ! えっ! びっくりした。なんで安志さんが」

 涼の方も振り返ったら俺がいたことにかなり驚いたようで、目を大きく見開いていた。

「それはこっちの台詞。今帰ってきたのか。昨日の仕事って一体……」

 そこまで話して、猛烈に心配になってしまった。

「ちょっと、こっちこい」
「え?」

 涼を人気のない路地に連れ込んで、両肩を掴んで、頭から足元まで隈なく確認した。怪我していないか……変わりないよな。
 
「なっ、何?」

 涼は狼狽して、顔を赤らめている。

「いや……その、今頃帰ってくるなんて、昨日何かあったのかと心配になって」
「違うよ。えっと……駅まで見送りに来ていたんだ。それで一旦家に戻って荷物を取って、北鎌倉にすぐに行こうと思っていた所。安志さんが迎えに来てくれるなんて驚いた。いつもは人目を気にしているのに」
「見送りって誰の?」
「あっ昨日、急な仕事でマネージャーに連れて行かれたのが、僕が広告モデルをしたあの時計会社の社長宅の内輪のパーティーで……」
「なっ、なんだって? 社長宅の内輪のパーティー? おい、それって大丈夫なのか。なんかこう涼の美貌は、いろんな意味で心配の種だよ! 」

 涼も俺の心配を察したようだった。

「違うって、そんないかがわしいのじゃないって。その、実は……僕のハイスクール時代のクラスメイトが僕のことずっと探していたらしく、そいつがわざわざ日本に来ていて……その仲介をしてくれたのがその社長の息子だった。本当にどこにどんな縁があるか分からないね」
「……何だ、そうなのか」

 いや待てよ。なんで男が男に会いに、わざわざ新年早々来日するんだよ。

「ちょっと待て? そいつは何で来たんだ? ってか、そいつを見送るのが、なんで涼の最寄り駅なんだよ」

 そこまで言って、さっきすれ違った金髪碧眼の青年のことを思い出した。
 も、もしかしてアイツか!!

「安志さんっ、おっ落ち着いてよ」
「あっ悪い、なんかひとりで興奮してた」

 なんかひとりで突っ走ったような。あぁ、かなり大人げない。

「ううん、心配してくれてありがとう。結論から言うと友達だよ。決して変な関係じゃない。大丈夫」

 涼はまるで自分自身に確認するかのように、そう断言した。もう一つ気になっていることを聞いてみた。恐る恐る……

「もしかして……昨夜……涼のマンションに泊まった?」
「……あっ、うん……」

 ガツンっと頭を打たれた気分だった。
 うわ……俺、今どんな顔してる?

「……そっか」
「あっあの……友達だからそういうことしてもいいと思ったんだ。安志さんだって大学の頃、男同士で雑魚寝とかしなかった? でも、気に障ったなら、ごめんなさい」

 しゅん……と涼が申し訳なさそうな顔をしたので、胸がズキっとした。

「うっ……」

 それは俺だって山ほどした。サークルの合宿とかで普通に雑魚寝したよな。俺、あの頃、かなり自暴自棄だったから、他にもいろいろ……ううう。

 涼が更に悲し気な表情を浮かべた。

 新年早々こんな顔をさせるために、迎えに来たんじゃない。だから猛烈に反省した。

 涼が何もなかったというのなら、それが真実だ。その過程がどうであれ、結果そう言い切れるのなら、それを信じたい。俺がしてきたことを棚にあげて、最低だな。俺って涼のこととなると本当に心が狭くなる。

「涼、悪かった。とりあえず出かける支度して来い。そうだ! まだ朝早いし、ちょっと寄り道してから北鎌倉に行かないか」

 もう気持ちを切り替えよう。大学生の涼と社会人の俺とでは、感覚が違うのが当たり前だ。何もかも思う通りにはいかないものだ。

「寄り道?」
「涼と同じ学生が奮闘している所を観戦しに行こう!」
「観戦? いいね! じゃあ安志さん、少し待っていて。準備してあるからすぐ戻るね」

 涼の気持ちもようやく晴れたようだ。いつもの涼らしい甘く爽やかなスマイルが漏れてほっとした。

「おお!」

 嬉しそうに走り出す涼の後ろ姿を見て、やっとほっとした。

 危なかった。

 なんかすれ違ってしまいそうで怖かった。

 全く……冷や冷やのスタートだ。


 
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