重なる月

志生帆 海

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13章

安志&涼編 『僕の決意』11

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「へぇ~ここが日本のRyoの家か!」

 Billyと共にタクシーで、自宅へ戻って来た。急に僕の家に泊まるなんて言い出したので、パーティー会場を出てくる時は大変だった。

 康太というBillyの友人も流石に驚いていたし、社長さんも大事な取引先の息子さんを預かっているので心配なのだろう。根掘り葉掘り、僕の素性まで聞かれて大変だった。
 
 父がN.Y.で国際弁護士をしていることなどBillyの口から細かく説明してもらい、ようやく信頼を得て許してもらえたのだ。

 それにしてもBillyって、箱入り息子なんだなと苦笑してしまった。

「入っていいよ。あっ、待って。靴はそこで脱いで」
「おー! これがあこがれの日本式か。康太の家はアメリカと変わらない作りだったから物足りなくてさ。恩に着るよ。しかしえらく狭いな」
「そう? こんなもんだよ。日本で学生が独り暮らしする空間なんて」

 僕の今のマンションは、六畳一間のワンルームだ。

 事務所の撮影が深夜になることが多くなったので、最初に借りた自由が丘のマンションから引っ越して、今は恵比寿に住んでいる。その分部屋は狭くなったが事務所から歩いて帰ることが出来るのが気に入っている。それに僕の方が安志さんのマンションに行く方が多いから、広さはあまり問題ではなかった。

 あっでも……流石に今日は妙に狭く感じるな。

 目の前に立っている大男、190cmもありハイスクール時代にはアメフト部の主将まで務めた体格のいいBillyを見上げて、思わず……ふうっ……と息を吐いてしまった。

「おい、Ryoなんで溜息?」
「だってさBillyが巨大過ぎて、この部屋が狭く見えるよ。息苦しいな。あーやっぱり連れてくるんじゃなかった」
「おいおい。そんなつれないこと言うなよ。あのバンガローと似たようなもんだろ」
「えっ……」

 突然、あの夏のキャンプのことを言われてビクッと身体が揺れてしまった。あれは僕の人生の中で一番の危機だった。思い出すのも嫌でいつも押さえつけて、心の奥に閉まっていることなのに。

「あっ……悪い。そんなつもりは」
「いや、いいんだ。それよりもう遅い。今日は早く寝よう」
「えー! せっかくRyoと喋ろうと思っていたのに」
「だって明日帰国するんだろ? とにかく寝る体制になろうよ。体調を整えた方がいいだろう」
「あっそうだな。じゃあシャワー借りていいか。さてとこの狭い部屋のどこにあるのか」
「くくっ、もう、いちいち狭い狭いって言いすぎだろう。ほら、こっちにちゃんとあるよ」

 気を取り直してシャワールームを案内すると、「えええ! これは狭すぎるだろ。いろんな所ぶつけそうだ」と目を丸くしていた。

「はいはい、そーですか。じゃあどうぞ。タオル、ここに置いとくね」
「おーサンキュー」

 騒がしいBillyがシャワールームに消えて、少しほっとした。

 それにしても成り行きで安志さん以外の男を自宅に泊めることになってしまったけれども、これで本当に良かったのかな。

 もちろんBillyはハイスクールの友人で、Billyの両親の顔だって知っているし……危ない目にあったこともない。それにBillyには今現在もちゃんとLisaという彼女がいる。サマーキャンプでも、いつもふたりでキスしてイチャツイテいたしな。

 だから何も問題ないはずだが……、この状況を素直に安志さんに報告できないでいた。

 参ったな……どうしよう。

 ベッドにもたれて天を仰ぎ、それから意を決してスマホを取り出すが、安志さんからの連絡はやっぱり入ってなかった。

 返事なしか。僕の方はメールしたんだけどなぁ。

 きっと実家が楽しくて、僕に連絡する暇がないのだろう。そう思うとメールを僕の方からもう一度打つ気にはなれなかった。

 もしかして僕は妬いているのかな。正月だから仕方がないことだし、季節の節目に、自分の家族を大事にする安志さんのことが好きなのに……どうして?

 僕は欲張りになってしまったのか。安志さんはいつだって僕だけを見ていてくれたのに今日は寂しいよ。でも……こんな考え、おこがましいよな。僕はいつの間に安志さんから求められるのが当たり前になり、安心しきっていたのかもしれない。

 せめて洋兄さんの傍で今日一日を過ごせたのなら、こんな気持ちにならなかった。

 幾重もの悲しみを乗り越えた洋兄さんの幸せは、地に足がついていて素敵だから。僕も早くそうなりたい。でもそこまでの道のりが遠すぎて、最近少し辛いんだ。安志さんへの距離は、僕のモデルとしての知名度が上がれば上がる程、遠くなっていくような気がして。

「おい、Ryoどうしたんだよ? 泣いてるぞ……」
「え?」
 
 嘘……いつの間に涙なんて……。

 Billyがシャワーを浴びている間……そんなことばかりグルグルと考えて、ベッドの上で膝を抱いてると、突然声をかけられた。

「何でもないよ。もうあがったのか」
「あぁ、それよりRyo、どうした? センチメンタルな気分?」

 風呂上りでまだ金髪が濡れていて、無造作に肩にタオルをかけたBillyが僕の横に座って、肩を抱いてくれた。励ましてくれているのか。

「あれ、なんで泣いたんだろ? お、おかしいな」

 手の甲で目元をゴシゴシと乱暴に拭うと、確かに涙で濡れていた。

「ホームシックか。それとも……」

 Billyが心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。

「違うって、そっ……それより顔近い!」

 泣き顔を見られたことも、距離が妙に近いことも恥ずかしくなって、Billyの肩をグイっと押しのけようと手を伸ばした。その拍子に目尻に溜まっていた涙がぽろっと頬を伝ってしまった。

「Ryo泣くなよ。そんな顔すんな!」

 突然、Billyがその僕の手首をギュッときつく掴んで、そのまま顔をもっと近づけてきた。至近距離で……息がかかる距離で目が合って、激しく動揺した。

「えっ! Billy!stop!Wait a moment!」
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