重なる月

志生帆 海

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13章

安志&涼編 『僕の決意』6

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 月影寺――新年の宴会。

 寺の厳粛な雰囲気とはかけ離れた、賑やかな宴になっていた。
 
 明るい母と穏やかな父が久しぶりに熱海の別荘から戻って来たこともあり、随分盛り上がっている。翠兄さんも新しい年を迎えたことによって、昨年の辛い出来事を払拭しようと明るい微笑みを絶やさなかった。流兄さんは晩酌に余念がない。薙は中学生らしく途中で酒の宴会に飽きてしまったようで、柱にもたれてスマホゲームに耽っていた。

 洋は……

 私の肩にもたれ頬を染め、とろんとした目をしているので、苦笑してしまった。

 やれやれ洋は酒を飲むとすぐにこうなる。本当に危なっかしい奴だ。まだまだ外では危険すぎて飲むことを許可出来ないな。

「丈、洋くん随分と眠そうだね。姿勢が辛そうだ」

 翠兄さんが心配そうに洋くんを見つめる。そんな風に優しく穏やかな視線を向けてくれることが嬉しい。

 洋は今まで男たちから性的な目で見られてしまうことが多かったので、こんな風に優しい視線を浴びるのはきっと心地良いのだろう。
 
 私の家族は皆、洋を優しく包んでくれる。
 私は、洋に家族を作ってあげることが出来た。

 それは私がしてあげたかったことの一つだ。洋が安心して酒に酔える空間を作ってやることが出来たのだ。だから今日、洋が酒を注がれる度に飲むことを止めなかったし、楽しそうに酔っていく様子を温かく見守った。

 今……私の肩にもたれてほろ酔い気分になっている洋を見つめると、自然と目を細めてしまう。

「そのようですね」
「そろそろ横になりたいのかも」
「じゃあ私も一緒に離れに戻りますよ」
「いや駄目だ!逃げるなよ。今日は丈とまだまだ飲むぞ」

 突然、流兄さんが話に割り込んで来た。

「流、またそんな無理を言って」

 翠兄さんが流兄さんを窘める。

「いやいや、せっかく久しぶりに丈と迎える正月だ。一体何年ぶりだろうな。お前は大学に入った途端、盆も正月も帰ってこなかったしな……今日はもう少し付き合え」
「でも洋が……」
「洋くんか……あっそうだ! 涼くんたちが泊るはずだった客間に布団が敷いてある。あいつらは今日は帰ってこないんだろ。とりあえずそこに寝かしておいて、丈が離れに戻る時に連れて帰ればいい。洋くんだって一人で離れで眠るのは寂しいだろうし」
「はぁ……」

 確かに私も、久しぶりに兄たちとゆっくり酒を飲みたい気分でもあった。

「じゃあそうします。洋、立てるか」
「う……ん?」
「少し横になるといい。離れに戻る特に起こしてやるから」
「丈は……まだここにいるのか」
「あぁもう少し兄さんたちと飲んでいてもいいか」
「ん……いいよ。丈……よかったな」

 洋も満足そうに微笑んでいた。

 千鳥足の洋を、涼くんたちが泊る予定だった部屋に連れて行った。

 涼くんは急な仕事で今日は戻らないと聞いていたし、安志くんも新年は実家で過ごすそうだから、この部屋は明日まで使わない。

「洋はここで少し寝ていろ」
「うん、すごく眠かったから嬉しいよ。丈が帰る時になったら絶対に起こしてくれよ」

 洋は嬉しそうに、もぞもぞと布団に潜っていった。

「ふっ……」

 こういう仕草はまるであどけない子供のようだ。こんな可憐で無防備な姿を見せて、まったくこれが私じゃなかったら、あっという間に襲われるぞと突っ込みたくなる。

 綺麗な額にかかる長めの前髪にそっと触れて、そこにちゅっとキスを落とした。

「洋、おやすみ」
「う……ん……あとでな」

 相変わらず眼を閉じていても、美しく整った顔だ。

 どんな抱いても、いつでも初めてのように私を迎え入れる躰も……年を重ねるにつれ深みを増す内面からの美しさも、何もかも愛おしい。愛おしすぎて、ここに閉じ込めておきたくなってしまうほどだ。
 
 それにしても、もう寝息を立てて……これならすぐに夢の世界に辿り着きそうだ。

 よい夢を見て欲しい。

 もう君を脅かす人はいないのだから。

 一人で寝かすのは少し心配だが、月影寺内だから大丈夫だろう。

 私は電気を消し、襖を静かに閉め、兄たちのもとへ戻った。




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