重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
1,044 / 1,657
13章

安志&涼編 『僕の決意』6

しおりを挟む
 月影寺――新年の宴会。

 寺の厳粛な雰囲気とはかけ離れた、賑やかな宴になっていた。
 
 明るい母と穏やかな父が久しぶりに熱海の別荘から戻って来たこともあり、随分盛り上がっている。翠兄さんも新しい年を迎えたことによって、昨年の辛い出来事を払拭しようと明るい微笑みを絶やさなかった。流兄さんは晩酌に余念がない。薙は中学生らしく途中で酒の宴会に飽きてしまったようで、柱にもたれてスマホゲームに耽っていた。

 洋は……

 私の肩にもたれ頬を染め、とろんとした目をしているので、苦笑してしまった。

 やれやれ洋は酒を飲むとすぐにこうなる。本当に危なっかしい奴だ。まだまだ外では危険すぎて飲むことを許可出来ないな。

「丈、洋くん随分と眠そうだね。姿勢が辛そうだ」

 翠兄さんが心配そうに洋くんを見つめる。そんな風に優しく穏やかな視線を向けてくれることが嬉しい。

 洋は今まで男たちから性的な目で見られてしまうことが多かったので、こんな風に優しい視線を浴びるのはきっと心地良いのだろう。
 
 私の家族は皆、洋を優しく包んでくれる。
 私は、洋に家族を作ってあげることが出来た。

 それは私がしてあげたかったことの一つだ。洋が安心して酒に酔える空間を作ってやることが出来たのだ。だから今日、洋が酒を注がれる度に飲むことを止めなかったし、楽しそうに酔っていく様子を温かく見守った。

 今……私の肩にもたれてほろ酔い気分になっている洋を見つめると、自然と目を細めてしまう。

「そのようですね」
「そろそろ横になりたいのかも」
「じゃあ私も一緒に離れに戻りますよ」
「いや駄目だ!逃げるなよ。今日は丈とまだまだ飲むぞ」

 突然、流兄さんが話に割り込んで来た。

「流、またそんな無理を言って」

 翠兄さんが流兄さんを窘める。

「いやいや、せっかく久しぶりに丈と迎える正月だ。一体何年ぶりだろうな。お前は大学に入った途端、盆も正月も帰ってこなかったしな……今日はもう少し付き合え」
「でも洋が……」
「洋くんか……あっそうだ! 涼くんたちが泊るはずだった客間に布団が敷いてある。あいつらは今日は帰ってこないんだろ。とりあえずそこに寝かしておいて、丈が離れに戻る時に連れて帰ればいい。洋くんだって一人で離れで眠るのは寂しいだろうし」
「はぁ……」

 確かに私も、久しぶりに兄たちとゆっくり酒を飲みたい気分でもあった。

「じゃあそうします。洋、立てるか」
「う……ん?」
「少し横になるといい。離れに戻る特に起こしてやるから」
「丈は……まだここにいるのか」
「あぁもう少し兄さんたちと飲んでいてもいいか」
「ん……いいよ。丈……よかったな」

 洋も満足そうに微笑んでいた。

 千鳥足の洋を、涼くんたちが泊る予定だった部屋に連れて行った。

 涼くんは急な仕事で今日は戻らないと聞いていたし、安志くんも新年は実家で過ごすそうだから、この部屋は明日まで使わない。

「洋はここで少し寝ていろ」
「うん、すごく眠かったから嬉しいよ。丈が帰る時になったら絶対に起こしてくれよ」

 洋は嬉しそうに、もぞもぞと布団に潜っていった。

「ふっ……」

 こういう仕草はまるであどけない子供のようだ。こんな可憐で無防備な姿を見せて、まったくこれが私じゃなかったら、あっという間に襲われるぞと突っ込みたくなる。

 綺麗な額にかかる長めの前髪にそっと触れて、そこにちゅっとキスを落とした。

「洋、おやすみ」
「う……ん……あとでな」

 相変わらず眼を閉じていても、美しく整った顔だ。

 どんな抱いても、いつでも初めてのように私を迎え入れる躰も……年を重ねるにつれ深みを増す内面からの美しさも、何もかも愛おしい。愛おしすぎて、ここに閉じ込めておきたくなってしまうほどだ。
 
 それにしても、もう寝息を立てて……これならすぐに夢の世界に辿り着きそうだ。

 よい夢を見て欲しい。

 もう君を脅かす人はいないのだから。

 一人で寝かすのは少し心配だが、月影寺内だから大丈夫だろう。

 私は電気を消し、襖を静かに閉め、兄たちのもとへ戻った。




しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

番?呪いの別名でしょうか?私には不要ですわ

紅子
恋愛
私は充分に幸せだったの。私はあなたの幸せをずっと祈っていたのに、あなたは幸せではなかったというの?もしそうだとしても、あなたと私の縁は、あのとき終わっているのよ。あなたのエゴにいつまで私を縛り付けるつもりですか? 何の因果か私は10歳~のときを何度も何度も繰り返す。いつ終わるとも知れない死に戻りの中で、あなたへの想いは消えてなくなった。あなたとの出会いは最早恐怖でしかない。終わらない生に疲れ果てた私を救ってくれたのは、あの時、私を救ってくれたあの人だった。 12話完結済み。毎日00:00に更新予定です。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

僕は君になりたかった

15
BL
僕はあの人が好きな君に、なりたかった。 一応完結済み。 根暗な子がもだもだしてるだけです。

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

林檎を並べても、

ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。 二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。 ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。 彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

処理中です...