重なる月

志生帆 海

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12章

『月のため息』(丈・洋編 6)

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 丈に促され慌ててシャワールームに駆け込んだ。それから鏡に映る自分の姿を見て、呆れてしまった。

 上半身は真っ白でモコモコなセーターを着ているのに、下半身は剥き出しだ。挙句の果てに丈が中に出したものが内股を伝い降りて来た。

「うっ……」

 この感覚は苦手だ。もうとっくに忘れたはずの葬ったはずの何かが過るから……いけない、何か思い出しそうになった記憶を必死に押し込めた。

 それより早くシャワーを浴びないと!

 慌ててセーターを脱ぎ捨て、熱いお湯を頭から浴びた。朝からストーブの効いた温かい部屋で激しく動いたせいで、地肌も汗ばんでいたので気持ちいい。

 ところが「早く開けろよー」という声と共に、流さんが部屋の中に入ってきた気配がして、一気に焦ってしまった。

 ちょっと冷静にならないと……ソファの上は大丈夫だったか。もう丈の奴、あんな場所で性急に最後まで求めてきて、いや欲しくなったのは俺だったのか。あぁもう分からない。

 それよりさっきから何か重大なことをことを俺は忘れているような。

 そう言えば……あれはどこに置いた?
 あの涼がくれた茶せんのまがいモノの行方は……

 あっ!
 あの時、丈が床に放り投げたんじゃ?
 それはまずいだろう。

 とっ……とにかく拾って隠さないと!

 腰にタオルを巻いて、そっとバスルームの扉からリビングを覗くと……流さんがそれをまさにしゃがんで拾い上げたところだった。

 あれは……おっ俺ので……先端が濡れて……あぁぁぁ!

 その後はもう我を忘れて取り返しに走った!
 途中でひらりと腰のタオルがはだけ落ちたのも構わずに!

 しばらく脱力して座り込んでしまった。

 真っ裸で股間を押さえ、バスローブを肩からかけられるというよく分からない姿を流さんに晒すことになってしまった。

 流さんは帰り際に、「くくくっ……洋くん、自分をもっと大切にしろよ~手抜きグッズを見られるの恥ずかしがって、綺麗な躰を安売りするなんてさ。はははっ」と豪快に笑いながら帰っていった。

 これが本当は何だか知っているのに、素知らぬふりを?それとも……これを本物の電動茶せんだと思っているのか。

 うぅぅ……どっちにしろ恥をかかされた!

「洋、悪かったな。兄さんは昔からあんな感じで、思い立ったら止まらない人だから。遠慮を知らないしな、さぁもう機嫌を治せ。甘酒を飲むか」
「……俺、涼の所に行ってくる」
「待て、ちゃんと乾かしてからだ」

 確かに髪の毛からはまだ雫がポタポタと落ちていた。

 丈に手をひかれ、もう一度シャワールームに連れて行かれ、大きなバスタオルで躰を拭いてもらった。それから「保湿も大事だぞ。洋は肌が薄いから」と、クリームを塗られた。なんだかまたこのまま食べられそうで、苦笑してしまう。

「丈は……マメだよな」
「そうか。恋人にはいつまでも美しくいてもらいたいからな」
「うーん、約束は出来ないぞ。俺だって……いつまでも若くない」
「大丈夫だ。翠兄さんのように美しく洋は年を重ねるだろう」

 確かに翠さんの美しさは実年齢とかけ離れているよな。いや……あの年齢だからこその色気なのか。とにかく俺にはないものを持っている。あんなことがあっても気高いままの翠さんの、それでいて流さんにだけは気を許す幸せそうな表情を思い出して……思わず笑みが零れた。

 昨日も具合が悪くて辛そうだったのに、流さんを見ては頑張れているようだった。ふたりは本当にお似合いだ。

「翠さんは確かにすごいよ。でもそう上手くいくかな?」
「ははっ、機嫌治ったな。よかった」

 いいようにはぐらかされた気もするが、俺をどこまでも愛し、執着しすぎるほど愛してくれる丈には、つい身を任せてしまう。


****

「涼いる?」
「きっ来た!どどどどどどーしよ!」

 客間をノックする声は洋だった。いよいよ涼の案じていたことが現実になったのか。

「あ……安志さんは僕の味方だよな?」

 うーんもちろんそれはそうだが、洋の言い分も聞かないとな。とは言えず曖昧に微笑むと、涼は叱られた子供みたいに怯えた目をした。流石に可哀そうになって、その柔らかい髪を撫でてやった。

「よしよし。俺が守ってやるからな」
「う……約束だよ」

 ギュッと俺のセーターの裾を掴む手が可愛いな。

「涼、いるんだろう?……ちょっと話しがある」

 それにしても、いつになく低いトーンの洋の声。

 俺も怖えぇー!
 
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