重なる月

志生帆 海

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12章

『月のため息』(丈・洋編 5)

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「おーい?  寒いから、早く開けろよ」

 洋がバスルームに駆け込んでドアを閉めたのを確認してから、玄関をゆっくりと開けた。すると袈裟姿の流兄さんが手に小鍋を持ち白い息を吐きながら立っていた。
 
「すみません、どうぞ中へ」
「丈、あけましておめでとう。あれ? 洋くんは」
「……シャワーを浴びてますよ」
「ふぅん」

 ズカズカと遠慮なく入ってくる流兄さんの様子に苦笑してしまう。全くこの人は昔から大胆だよな。

「もしかして、また邪魔したか」
「……いえ、そういう訳では」

 流兄さんは乱れたソファを一瞥し、そのままキッチンへ向かい、持ってきた小鍋を火にかけた。

「あのさ……昨日は翠兄さんの診察をしてくれてありがとうな」
「やっぱり熱が出ましたか」
「まぁな。翠は相変わらず、すぐに熱を出す。だが午前中はどうしても自分がと言い張ってな」
「……そういう強情な所、洋と似ていますよね」
「そうそう、お前もあんまり無理させなんなよ。洋くんとお前の体力じゃ、全然違うこと認識しているのだろう?」
「えぇ分かってますよ。だいたい流兄さんこそ、翠兄さんに風邪をひかせた張本人じゃありませんか」
「ははっ! 言ったな」

 新年早々兄弟で何という会話だと思いつつ、私と洋の一般的ではない生き方を応援してくれる存在がありがたいと思った。流兄さんと、まさかここまでフランクに話せる日が来るとは、月影寺に戻るまで思いもしなかったので感慨深い。

 こんな関係も悪くない。

 だから私も応援する。たとえ禁忌と言われようが、翠兄さんと流兄さんの秘密は墓場まで持っていく覚悟だ。

「おっ珍しいな。お前が抹茶を点てようとしていたのか」
「あぁ……洋の希望で流兄さんにクリスマスにもらった抹茶を」
「おーあれか! じゃあ俺が点ててやるよ」
「残念ですが、ここには茶せんがないんですよ」
「なるほど。じゃあ取って来るか。だが、あれは何だ?」
「え? 」

 流兄さんの視線を辿り、ギクリとした。

「あー、電動を使うなんて、お前たちは邪道だなーだが、まぁいいか」

 つかつかと流兄さんがリビングのソファの方へと向かって、しゃがみ込んで手に取ったのは……まずいっ! さっきのあれか!

「流兄さん! そっ、それはっ」

「わぁぁ――っ! それは駄目ですっ!」

 そこに私が奪い取るよりも早く水しぶきをあげながら洋が飛び込んで来て、流兄さんの手から例のブツを奪いとった。

「えっ洋くん? その恰好!」

 洋は真っ裸だった。
 
 いや正確には腰にタオルを巻いて来たらしいが、見事に私達の前でひらひらとそれは落ちてしまった。なっ何てことだ!

「わっ! わわっ」

 洋は真っ赤な顔で、股間を手で押さえて蹲った。

「おいおい、新年早々……洋くん~、こっこれは……」
「ち、違うんですっ! こ、これはっ」

 洋は再び涙目だ。流石に可哀そうなことをしたと反省した。私は洋の美しい裸体は誰にも見せたくないので、そっとバスローブをかけてやる。

「洋、大丈夫か」
「丈……」
「くくっ、洋くんは普段は落ち着いているのに、たまに妙に子供っぽいよな。ところでだな。しかし、茶せんはやっぱり電動はよくないぞ。洋くんには後でみっちり茶道のお稽古だな。じゃ俺はいくよ。甘酒飲んで温まってから母屋においで。今日は外で立ちっぱなしだから冷えるぞ」

「分かりました……はぁ……もう涼のせいで散々だ」

 洋は小さな声でブツブツと文句を言っている。
 矛先はどうやら涼くんに向かっているらしい。

 洋がこんなにも喜怒哀楽を見せるのは、珍しい。
 私はいいものを見たと上機嫌になっていく。

 怒っていても、笑っていても洋は洋。

 すべてを受け止めてやるのが私の役目だ。

****

 月影寺・客間にて……

「はっ……ハクション!」
「なんだ? 涼、風邪でもひいたのか」

 俺達はクリスマスの後一旦家に戻ったが、再び正月はこの寺の世話になっていた。涼はモデルとして面が割れているので、ふたりで客間に籠って手伝いもせずのんびりとした元旦を迎えていた。

「いや、悪寒が……あー、やっぱり洋兄さん怒ってるよなぁ」
「何のことだ?」
「あれだよあれ……事務所のクリパで当選したあれを、洋兄さんに冗談であげたんだけど……すぐに怒ってくると思ったら無反応で、かえって……それが怖い」
「え? あれを洋にあげたのか。ウハーっ! それ丈さんに怒られないか。涼はバカだな」
「わー言わないで。僕も後悔してるんだから、洋兄さんからのクリスマスプレゼントを見た時にさ……」
「あぁ洋のは洒落ていたよな。俺達ひとりひとりをイメージしたオーデコロンだなんて」
「ううう。それなのに僕あんなふざけたもの渡しちゃって、まずいよな。まずい、まずい、どうしよう。安志さん!」

 涼が真剣に震えながら抱きついて来た。

 へぇ、いつも堂々として明るい涼でも、こんな風に不安がることがあるんだ。

 涼は、どうやら洋に怒られるのが一番怖いらしい。
 幼い涼も可愛いなーと口元は緩んでしまうよ。
 
 小さい子供を抱っこするように、優しく抱きしめてやれば、太陽を浴びたレモンやオレンジの柑橘系の香りが鼻腔を掠めた。爽やかな涼らしい香りで、深呼吸したくなるな。

「洋は怒ると怖いけどさ、まぁ恥をかかない限り怒らないだろ。なかったことにしてくれるよ。きっと……」

「そっそうかな。はぁ……安志さんにそう言ってもらえると元気でる。ありがとう!」

 俺のことを伺うように下から見つめる涼の視線は、甘くて可愛すぎて困る。あのクリスマスのサンタの衣装の涼もすごくかわいかったが、こんな風に俺に甘えてくる涼も最高だ。

 新年早々幸せだなと、ついニヤついてしまう。
 俺に寄りかかる涼の重みは、幸せの重みなんだよな。

 

 


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