重なる月

志生帆 海

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12章

聖夜を迎えよう19

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「父さん……おやすみなさい」
「うん、薙、お休み」
「あのさ……今日、すごく楽しかったよ。父さんも良かったな」
「ありがとう」

 彩乃さんの一時帰国とあの事件がきっかけになったのか、中学生の息子が少し照れくさそうな口調で僕と日常の挨拶をしてくれるようになった。朝から晩まで普通の親子のように接してくれる。そんな当たり前のことが信じられない程、嬉しい。

 僕は知らなかった。こんなにも息子が愛おしく頼もしい存在だということを。 

「薙にもサンタクロースがきっと来るよ」
「ふふっ、そうだといいな。父さんにも……きっと来るよ」
「おいおい、父さんはもういい大人だよ」
「そんなの関係ないよ。頑張った人にはいい事があるって、教えてくれたのは父さんだった」

 そんなことを僕は幼い薙に伝えたのだろうか。でもきっといい事が……そんな明るい未来を望んでいたのは、いつだって僕の方だった。

 とにかく今日はクリスマスパーティーを開催し、和やかに皆と過ごすことが出来て、本当に良かった。僕のことを心配してくれた人に、元気にやっている姿を見せたかった。父と母が隠居しこの寺を任されたのが僕だ。この寺を存続させていく……その責務だけは全うしたい。どんなことがあっても僕が守りたいものの一つだから。

 とても満ち足りた気分だったのに、ひとりになった途端に脱力してしまった。ふと薙の部屋を出て廊下の窓から寒そうな冬空を見上げると、オリオン座が輝いていた。瞬く星は冬なのでとてもよく見えた。吸い込まれそうな程に。

(良かった……君が幸せでいてくれて)

 どこからか聞こえるのは、天上からの声なのか。

 あ……もしかして……あなたは湖翠さんですか。

 あなたが成し遂げられなかった域に、僕は踏み入れることになりました。僕はこの躰に実の弟を受け入れていきます。この先もずっと……そのつもりです。

 その覚悟を伝えたかった。

(そうか……ごめんな……僕の想いが浄化されなかったせいで、子孫の君たちに負担を……)
(いや、それは違います。流を愛する気持ちは、この僕のものです! あなたたちの想いとはまた別なんです)
(……そうだね。それがいい。君は今とても幸せそうだから)

 星との対話。そんな時間を過ごしいると流がやってきた。

「翠、おつかれさん。もう薙は寝た?」
「うん」
「じゃあもういいよな」

 ぐいっと心強く手首を掴まれる。

「流っどこへ?」
「二人きりになれる所へさ」
「……それは茶室?」

 聞かなくとも本当は行先は分かっていた。僕と流がふたりきりで気兼ねなく過ごせる場所は、そこしかないのだから。

 茶室に着くと何故かもう布団が敷かれていた。そして茶室の床の間には、見覚えのあるものが飾られていた。

「あっ……」

 あれは幼い頃、流と一緒に作った松の木のツリーだ。

「あー、コホン、これはじいさんの松の枝じゃないから安心しろ」
「お前は……全く……」

 泣けてくる。泣けてくるよ。

 僕のために、いつだって僕のことを最優先に考え行動してくれる流のことを想えば……僕は流に何をあげられるのか。してもらうだけで何も返せていないのではと不安になるが、この幼き日の思い出のツリーは、僕の心を大きく揺さぶった。

「流……このツリー嬉しいよ。あの日……僕の枕元に置いてくれたのも流だった」
「翠……あの頃はごめんな。俺は恥ずかしいよ。暴れる感情に突っ走り、翠を苦しめているの知っていても、優しくできなかった」
「いいんだ……でも今その分、それ以上に……今のお前は僕に優しくしてくれている」
「もう我慢できない。疲れているところ悪いが抱いてもいいか」
「うん……流……僕は皆に元気な姿をちゃんと見せられたか」
「もちろんだ。翠はよく頑張った」

 流が僕のことを褒めてくれる。
 心地良い。僕はずっとこんな場所が欲しかったのだ。

「僕も流に抱かれたいし、流を抱きしめたいよ」
「翠、嬉しいことを。今宵は酷くしそうだ。セーブ出来ない。まったく翠はいつも無理ばかりして、俺の前では素でいろ。もっと甘えろよ」

 自然な流れだった。

 茶室は冷暖房がなく、とても寒かったが、流が温めてくれる。

   いつの間にか、雨の匂いが。

 雨はやがて雪に変わる……そんな歌があったような。

 雪すらも溶かす熱い想いが、この世にはある。

 それを僕は知っている。

 雪の中でも……寒くてもいい。

 僕を抱いて温めて欲しい。

 僕たちだけの初めてのクリスマスを今、迎えるのだから。

 メリークリスマス、流!


                「聖夜を迎えよう」了










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