重なる月

志生帆 海

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12章

聖夜を迎えよう16

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 学校が休みなのに朝早く目覚めてしまった。すぐに枕元のスマホをチェックすると、拓人から連絡が届いていた。お前も早起きだな。

「今日そっちに行く」

 相変わらずそっけない文面だなと思いつつ、照れ屋のアイツらしいと思う瞬間。

「待っているよ。達哉さんも来るよな?」
「一緒に行く」

 すぐに既読。返信が来るのもマメな拓人らしいや。

 さてと……今日はいよいよクリスマス・イブだ。

 何日か前に父さんがいきなり寺でクリスマスパーティーを開くなんて言い出すから、周りがどよめいた。っていうか、父さんさ……言い出すのは簡単だけど、準備は全部流さんに任せるつもりだろうと突っ込みたくなったよ。

 父さんって、もっと大人だと思っていたけど、よく考えたらまだ38歳なんだよな。年齢だけでも他所の父親よりずっと若くて驚かれるのに、あの見た目だから父親になんて見えなくて、困ってしまうことが多かった。

 この夏……北鎌倉で二年ぶりに対面した時、暫く会っていなかったから流石に老けただろうと思っていたのに、更に若返って妙に色っぽくなっているんだから驚いたよ。だから中学校への転校の挨拶とかそういう類のことは、全部避けまくった。
 
 でも今となっては、父さんの若々しさに磨きがかかった理由が分かったよ。

 恋してんだろ?
 父さんは流さんに。
 そして流さんは父さんにさ。
 こっちが恥ずかしくなるほど、お互いに惚れている。

 『相思相愛』って奴だよな。

 ふたりのこと考えていたら何だか暑くなってきたので、布団から出てトンっと爪先を床につけると冷たい冷気が駆け上ってきた。

「さっ寒っ! なんでここは、こんなに冷たいんだよ!」

 思わず文句が口から出てしまう。だって母と暮らした東京のマンションは日当たりも良く、冬でも晴れている日なら半袖で過ごせたんだよ。

「あ、もしかして雪でも降るのか。ホワイトクリスマスもいいけどな」

 パジャマの上に毛布をガバッと羽織って窓の外を覗くと、どんよりとした曇り空の下……竹林を動く人影があった。

 こんなに朝早くから、一体何してんだ?

 やがて茂みから長い木の枝を担いだ流さんが登場した。そしてすぐ後ろにはマフラーをぐるぐるに巻いた父さんの姿もあった。

 なんだよ、朝からデートかよ。 
 あーあ、あんな蕩けるような顔しちゃって。
 父さん、本当に幸せなんだな。

 確かにこの四カ月、いろんなことがあったもんな。

 俺がこの寺に来た日に、拓人の母親は亡くなっていた。そのことがきっかけで克哉という男が暴走し父さんが狙われた。そこからは先日の事件の記憶が嫌でも蘇ってしまう。まるでドラマのような衝撃の連続だった。
 
 でも、あのことがあったからオレと父さんはお互いに歩み寄れた。そう考えれば良かったと思える。そう捉えることが出来たから、俺も父さんも酷いトラウマにはならずに、暗いトンネルを抜け出せたのかもしれない。

 今回のことから……人との縁には何もかもさらけ出し明るみになった時に、駄目になる縁と、かえって絆が深まる縁の二種類あるということを知ったよ。
 
 俺達と克哉との縁は前者だ。もう完璧に途絶えた。もう交わることも話すこともないだろう。ここまでの縁だったと斬り捨てる縁だ。

 対照的に……オレと父さん。父さんと達哉さん、オレと拓人……この縁は一層深まった。何もかも全部吐き出しても、まだ繋がっていける。繋がっていたいと思える相手がいることに感謝しているよ。

 さぁオレも準備を手伝おう。
 オレだって、何か役に立ちたいよ。

 まだまだ子供だけれども、これからは今までのように何もかもおんぶにだっこではなく、今のオレに出来ることを見つけて行きたい。


****

「兄さん、これテーブルに運んで」
「うん」

 さっきからずっと……僕は流の手伝いをしている。

 流は本当に芸術的センスがあるよな。あっという間に寺の和室とは思えない程見事に、パーティー会場へとアレンジしてくれたのだから。

 この雰囲気は、まさに和モダンだろう。

 庭の枯れ枝は見事なツリーとなり部屋の中央に活けられていた。赤や金の組み紐や紅白の水引などを大胆に巡らせた僕たちならではのツリーを、流が脚立に上って作っている。


「うーん飾りが少し寂しいな。兄さんさ、鶴を折れるか」
「うん」

 僕は畳に座って、流に渡された紅白の折り紙で鶴を折ることにした。

 懐かしいな。もうずいぶん昔……幼い流に折り紙を教えてあげた。時を経て薙にも折ってあげたことを思い出すよ。

「父さん、オレも手伝おうか」
「あっ薙、もう起きたのか」
「ん、おはよ。それ貸して」

 起きて来た薙が僕の横に迷いなく座り、鶴を一緒に折ってくれるなんて。こんな風に息子と共同作業するのはいつぶりだろう。

「薙、上手だね」
「父さん仕込みだよ。父さんは鶴だけは上手に折れたんだよな」
「そっそうかな」

 そう言ってくれるのか。
 鶴を上手に折れるのは、沢山折ったからだ。

「そういえば、父さんと一緒に暮らしていた時、よく折っていたよな。あれはどうして?」
「……薙は『鶴は千年、亀は万年』という言葉は知っているか」
「うーんっと、聞いたことはあるよ」

「鶴は昔から長寿を象徴する吉祥の鳥として大切にされてきたんだ。それに夫婦仲が良くて一生を連れ添うことから夫婦鶴めおとづるともね。つまり仲が良いことの象徴の鳥としても尊い存在だったんだよ。それから鳴き声が共鳴して遠方まで届くことから、天上界に通じる鳥とも言われていて……とにかくそんな縁起がよい鶴を折ると、不思議と心が落ち着いたからかな」

「そうだったのか。じゃあこの鶴をツリーに飾るのは縁起が良いことだね」
「うんそうだ。皆が仲良く幸せに暮らせるようにと願いを込めよう」
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