重なる月

志生帆 海

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12章

聖夜を迎えよう3

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「じゃあ、父さん行ってきます」
「薙、気を付けて」

 アイコンタクトだ。

 オレと父さんは、相変わらず……そう多くは語らないが、前とは確実に違っていた。

 以前のオレはなるべく父さんと目を合わさなかった。父さんがオレを心配そうに見つめる視線が鬱陶しくも不快に思うことがあり、つい逸らしてしまっていた。

 父さんの気持ちが重たかったし、オレの心に受け入れる余裕と空間がなかった。だが、あの事件をきっかけに、オレと父さんの関係は新しい道へと流れ出した。

「目は心の窓」とも言うんだな。

 今ではこうやって朝見送ってくれる父さんとしっかりと目を合わせることが、一種の愛情表現のようだ。もちろんまだ全部言葉には出せていないし、恥ずかしい気持ちもある。でもアイコンタクトを取ることによって、オレの素直な気持ちが伝わるし、父さんがオレを想う気持ちもちゃんと理解できるようになった。

 さぁ、間もなく中学校も終業式だ。

 今年の冬休みは、初めて月影寺で過ごす長期の休みとなる。夏休みの終わりにこの寺にやってきて、本当にいろいろあったな。休みに入ったらオレも月影寺の手伝いもしてみたいし、また拓人とも遊びたい。

 渋谷とかではなくてここ……地元鎌倉でさ。

 そんなことを考えながら通学路を歩いていると、いつもの曲がり角に拓人の姿を見つけた。

 アイツ……いっつもオレより先に来てるよな。
 寒いのに、ずっと待てるんだよな、まったく。

「おはよう」
「おはよう、薙」

 あの事件はオレたちの間に影を落としたかどうか。自分でも正直分からない。でもあれからもオレは拓人のことを怖いと思ったことはない。今でも深い部分で信じられる奴だと思ってる。

 でも……オレのことを好きと言っていたあの時の発言だけは少し別だ。オレにはまだ恋だの愛だの……父さん達や洋さん達が抱くものが掴めないから。認めることが出来ても、オレ自身には置き換えられないというのが、本音なんだ。

 だけど……失いたくない存在。

 拓人の位置づけは今の所はこうだ。

 拓人の方も……あの時は本当に切羽詰まっていたのだろう。今は何もなかったように、親友として接してくれている。
 
 拓人は自分のしたことを恥じて、警察にも自分からなんでも話した。真実を、ありのままの事実を……保護観察処分に近い扱いで、達哉さんが後見人となり見守ることになった。もう克哉との縁を切っていく方向だそうだ。それがいいと思う。

 オレも、あのまま母さんと東京に住んでいたらこんな目に遭わなかった思うと、ちょっとだけやりきれない。そして拓人のお母さんが生きていたら……また違った結末になっていたのだろうか。

 何もかも……もう過ぎたことで、書き換えられない過去だ。

「あーなんかさ、オレたちまだ14歳なのに一気に老け込んだみたいだな」

 思わず口に出してしまうと、拓人は明るく笑った。

「そうだな。俺も薙も……ずいぶん重いものを背負い込んでいたよな。でも俺は今は結構身軽だよ」
「そっか、うん、よかったな。なぁ拓人、冬休みに一緒に遊ばないか」
「薙……いいのか」

 拓人の吹っ切れた微笑みにつられて、思わず誘ってしまった。拓人はいくらか驚いた表情を浮かべていた。
 
「あっ、でも遊ぶ場所は渋谷とかじゃなくてさ、か……」

 どうやら拓人も同じことを考えていたようで、大きく頷いた。
 
「場所は鎌倉だろ? 俺たちさ、もっと地元で遊ぼうぜ」
「うんそうだ! 地元だ! オレたちの地元は、ここだもんな」
「薙、地元で遊ぶの、約束な。俺は達哉さんに心配かけたくないし、薙もお父さんに心配かけたくないだろう」
「うん、その通りだ」

 オレたちはまだ幼い。

 父さんたちに比べたら人生経験も少ない。

 だから……オレたちの背丈にあったことを、これからはしていこう。
 
 背伸びなんてしなくていい。

 いつか大人になるのだから。

「そういえば達哉さんが、クリスマスは暇だって言ってたな」
「へぇ、そういうもんなのか。寺っていつが休みなのか分かりにいくいよな。普通の会社員じゃないから……オレも帰ったら父さんに聞いてみるよ」
 
 そうだ、間もなくクリスマスもやってくる。

 男だらけのクリスマス? それはそれで楽しそうだな。
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