重なる月

志生帆 海

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12章

聖夜を迎えよう2

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「兄さん、起きていますか」
「うん。おはよう、流」
「さぁ、着替えましょう」

 まだ冬の朝日が昇る前に、流が僕の部屋にいつものようにやってくる。

 寺の朝は早い。僕はいつも五時には起きて、こうやって流と共に作務衣に着替える。それからまずは仏様にご飯とお茶をお供えし、その後は朝のお勤めとして、ふたりで月影寺の本殿内を隈なく掃除する。

 僕は本殿と母屋を結ぶ長い渡り廊下を磨き上げるのが好きだ。黒ずんだ木の床板を丁寧に拭き上げていくと、胸が一杯になる。

 ここには僕がこの寺で生きた歴史が刻まれている。僕たちはこの廊下を渡り、行き来した。ここまで来るには長い時間がかかった。時に心を通わせ相手を想い、通った道のりを想う。

 それから墓地内をお経を唱えながら見回る。京都から移した夕凪と信二郎の墓。そして流水さんと湖翠さんの眠る墓……夕顔さん、洋くんのご両親の墓。どれも縁が深い大切な人達。

 この人たちがいなかったら、今の僕たちもいないといっても過言ではない。

 ここは僕が住職として率先して守るが、月影寺の皆で守りたい場所でもある。

 僕が墓地に行っている間に、流が素早く朝食の支度をしてくれる。母屋の台所では、白米の炊きあがる甘い香り、味噌汁の湯気が冷えた躰を暖かく迎えてくれる。

「さぁ兄さん、朝食にしましょう」
「流、いつもありがとう」

 欠かさない礼の言葉に、流は嬉しそうに目を細めて応じてくれる。

 僕は最近頻繁に、彼の名を呼ぶ。

 呼ぶことによって、流と繋がっていることを感じるから。

 克哉との事件は……もう僕の中では過去の事となり、急激な勢いで消えて行っている。そんな風に考えられるよう僕の心の尊厳を守ってくれたのは、流、お前だよ。お前がいてくれたから、警察や弁護士への応対も冷静に出来たんだ。以前の僕だったら……きっと逃げ出していた。

 ずっと傍にいてくれ、僕もいるから。
 もう離さないよ。
 流は僕のもので、僕も流のもの。

 それでお互い、いいだろう?

 束縛とは違う連帯感。なんだろう……流に抱かれるようになって、身体の内部にお前の一部を受け止めることによって、僕はとてもおおらかでゆったりとした気持ちを持てるようになってきた。 

「ふっ……兄さんはまだ眠そうだな」
「そういう流は朝から元気だ」

 そういえば、流は昔は早起きなんて苦手で、朝のお勤めなんてしたことなかったのに、僕が離婚して家に戻った時には別人のようになっていたことを思い出す。

 いつもなら朝食時は多くは語らず心で触れ合う時間だが、今日は珍しく流が話しかけて来た。

「兄さん、もうすぐクリスマスだな」
「そうだね。今年は二十四日が月曜日だし、少し余裕があるかもしれないな」

 寺は大晦日から正月明けまでは非常に忙しいが、クリスマスは法要なども入らず意外と暇なのだ。今年は平日だということもあり、どうやら束の間の休日が訪れるようだ。

「今年は、薙も一緒だし、久しぶりに皆でクリスマスパーティーでもしませんか」
「そうか……そうだな。久しぶりに昔みたいにやってもいいね。薙と過ごすクリスマスは久しぶりだ。流とも、もう。ずっとしてなかったな」
「やった! 兄さん、俺がいろいろ計画をしてもいいですか」
「うんいいよ。流に任せる。さぁそろそろ薙を起こさないと」
「分かった。その前に兄さんの着替えだ」
「うん」

 袈裟に着替える時間も、僕にとっては楽しみになっている。

 作務衣を流によって剥かれ一旦肌着姿になったところで、流は僕をぎゅっと一度抱きしめてくれる。こうやって一瞬でも肌が触れ合うのが好きだ。とても落ち着くよ。

「流……好きだよ」

 だから僕は小声で、そっと礼をする。











あとがき(不要な方はスルーです)

****

こんにちは。しいほうみです。時期はずれですが、クリスマスに向けて穏やかで甘い話を掲載していきます。特に事件も起こらないまったりとした内容になります。どうぞ、ゆるやかにお楽しみください♡
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