重なる月

志生帆 海

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12章

互いに思う 6

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「翠、車の振動……辛くないか」
「……流、あまり変なこと聞かないでくれよ。もう大丈夫だから」
「ならいいが、あれ? なんで薙が……」

 ようやく見えて来た月影寺。その山門へ続く道に薙が立っていたので、途端に胸が高鳴った。もしかして僕を迎えにきてくれたのか。それは少し前までの冷えた関係では考えられないことだった。しかも薙は車から降りた僕に、ふわりと抱きついてくれた。

 信じられない……確かな薙の温もりを受け止めて、感無量だ。

「薙……」

 久しぶりに抱きしめる息子の身体。

 いつの間にこんなに背も高くなって……あんなに小さかったのに。薙は僕の血を受けた大事な息子だ。この世にひとりのかけがえのない存在だから、我が身を犠牲にしてでも、絶対に助けたかったのが本心だ。
 
 克哉の起こした事件は、若い拓人くんまでも巻き込み、薙にも深い傷を負わせる惨い内容だったが……僕が超えた山はどうやら想像以上に大きかったようだ。

 本当にあの時、克哉に犯されそうになったというのに、この精神が崩壊しなかったのは薙と流のお陰だ。もう耐えられないギリギリのところで頑張ることが出来た。そんな気持ちを込めて薙に告げてやる。
 
「薙が無事で良かった。薙がいてくれたから頑張れた」
「父さん……これからはオレが薙ぎ倒してやる。父さんにまた何かあったら許さない」

 そうか……お前はそんなことを言ってくれるのか。

 薙ぎ倒したかったのは僕の方なのに……まさか薙自身がその言葉を発するとは思いもよらなかった。でも薙らしい。薙は賢い判断が出来る子で、僕はいい息子を持った。

 そんな気持ちは、薙にもダイレクトに届いたらしい。

「父さんも流さんも好きだ。オレの大事な家族だ」

 僕と流との関係に、賢いお前はきっと勘付いてしまったのだろう。でも今はなにも聞かないでおこう。薙の何か吹っ切れた表情を見ていたら、心配しなくてもいいような気がした。

 「さぁ戻ろう。俺たちみんなの月影寺に」

 すべてを見守ってくれる流の声にも、励まされる。



****

 リビングで珈琲を飲んで一服していると、洋くんがやってきた。

「翠さん、具合どうですか」
「うん大丈夫だ。この通り元気だよ」
「よかった……実は精神的なダメージを心配していました」

 洋くんだからこそのストレートな物言いが心地よい。僕たちは何も隠さなくていい。何も恥じなくていい間柄だ。

「流がずっと傍にいてくれたから助かったよ。でもそれは丈のお陰でもあるんだ。感謝しているよ」
「丈に?」
「うん、僕を入院させ、流を残していってくれたから」
「あぁ、なるほど……」

 洋くんは納得したように、優しい微笑みを浮かべた。

「それは……よく効いたみたいですね」
「うん即効性があったかな。また明日から僕は平常通りにやっていくよ」
「よかった。なんだか安心しました。なんとなく翠さんは以前よりも強くなったように見えます」
「そうかな? だとしたら少し考えが変わったからかも」
「どんな風に?」
 
 洋くんがじっと僕をみつめてくる。

「僕はね……どうやら『耐える』の意味を履き違えていたようだよ。今まではじっと『耐え忍ぶ我慢』を美徳のように思っていた節がある。でも今は違うんだ。一歩一歩、希望が現実になるようにコツコツやっていくことが『耐える』の真の意味だと思っている」

 それは……上手くいくと信じて耐えたところにしか、花は咲かないという話と似ている。
 
 すぐに結果は出ないかもしれないが、じわじわと……そうなりたいと願う希望が現実の幸せへと変化していくことを知った。その変化の兆しが目に見えるようになるまで『耐える』ことが大切なんだ。

 薙との関係の修復。
 克哉との悪縁を切ること。
 流との深い関係に進むこと。

 全部、僕が長年耐えながら……そうなりたいと願っていた方向へ、すべて進むべき道が見えて来た。
 
「はぁ……翠さんはやっぱりカッコいいです。『耐える』ことの意味をそんな風に捉えるなんて、深いですね」

 いや……洋くんも同じだよ。
 君もそうやって生きて来たから……今の幸せを手に入れたはずだ。


****

 互いに思うことの大切さ。
 一方通行ではない想いの素晴らしさ。

 見えない気持ちを、お互い思いやりの心で読み取っていくことの素晴らしさ。

 僕はそれを身をもって知った。
 だから、もう……ひとりでは耐え忍ばない。

 この先の人生に於いて……冬の厳しさを耐えるようなことがきっとあるだろう。でもその先には春が来て花が咲き、秋になれば実を結ぶことが待っていることを知った。

 だから僕は生きていける。
 何があっても希望を持って。



「互いに思う」 了





あとがき(不要な方はスルーです)





****

志生帆 海です。こんばんは!
いつも読んでくださってありがとうございます♡

「互いに思う」というタイトルは蛍の光の歌詞からいただきました。蛍の光 2番の歌詞に「かたみに思うちよろずのやさきくとばかり歌うなり」とあります。「かたみに思う」は「互いに思う」、「ちよろず」は「たくさんの神々」、「さきく」は「幸せで」という意味だそうなので「無事でいて欲しいと願いながら歌う」という意味でしょうか。

大切な人を想い……その人の幸せや無事を願うって素敵ですよね。

私自身もここまで来るのに、本当に人間関係でいろいろありましたが……
でも耐えて……1000話を超えても、こうやって緩やかにお話を続けられていることに、自分でもほっとしています。

そろそろこの章もおしまいです。
季節が少しずれてしまいましたが、明日からは、今度は月影寺のメンバーの甘いクリスマスにしようかなって思っています。

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