重なる月

志生帆 海

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12章

互いに思う 5

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「丈、そろそろ出る時間か」
「あぁ、行ってくるよ」

 薙くんはリビングにいたので、丈は彼の目を盗むように首を傾け、俺の唇に軽いキスをした。

「おいっ、薙くんが……」
「大丈夫、テレビに夢中だ。いつも通りが一番いいだろう」
「まったく丈は……」

 確かに……俺もいつも通りがいい。そう思ったので、俺の方からも丈の肩に手をまわし唇を重ねた。

「丈、いってらっしゃい。気を付けて」
「あぁ」
「そうだ、丈が乗っていく車は、流さんが使うんだろう?」
「あぁ、そのなるだろう」
「じゃあ俺が丈を迎えに行ってやるよ」
「へぇ……珍しいな」
「俺だって運転くらい出来る」
「そうだったな。じゃあ楽しみにしているよ」

 そんな会話で見送った後、PCをつけて溜まった翻訳の仕事をしていると、電話が鳴った。

「はい。あっ、流さん、そうなんですね。良かった! 分かりました」
 
 電話を切ると、すぐにソファに座っている薙くんと目が合った。

「誰から? 父さん?」
「えっと流さんからで、もう翠さん、退院できるそうだよ。よかったな。今から車で帰ってくるって」
「よしっ」
「えっ! 薙くん?」

 驚いた。今まで翠さんを迎えに行ったことなんてあったか。そういえばさっきから待ち遠しそうに、そわそわしていた。ダッフルコートを慌てて羽織り外へ飛び出して行く薙くんの様子を、俺は眩しく見守った。

 息子が父を純粋に想う気持ちを目の当たりにして、少し切なくも羨ましくもなってしまった。

 でも……翠さん良かったですね。

 薙くんとの歯車が合って動き出して……やっとクルクルと回り始めていますね。

 こんな俺でも、少しは役に立っていますか。

 潤滑油にでもなっているのなら、嬉しいです。
 
 無性に何かの役に立ちたいと願う日々だから。


****

 父さん、父さん、父さん!

 山門を駆け下りながら、心の中で何度も父の名を呼んだ。

 呼べば呼ぶほど……どんどん父さんを想う、待ち侘びる気持ちが湧きあがってくる。

 オレの父さん。

 こんな気持ちになったのは初めてだ。ずっと掴みどころがなくふわふわとした人だと思い、どこかで心にブレーキをかけて、強く拒絶していた。

 本当に父さんごめん。

 オレ……信じられなかった。いらない子供だったとさえ思っていたことが、今となっては恥ずかしいよ。オレの目に見え、感じることだけで、上辺だけで全部決めつけて嫌ってしまっていた。

 父さんの心の奥底までよく知りもしないのに、冷たい態度でキツイ言葉で、責めて……責めまくってしまった。

 身を挺してオレを守ってくれるまで気が付かなかった……父さんの溢れる想い。

 やがて流さんが運転する車が山門に到着し、すぐにオレに気が付いた父さんが軽く手をあげて、車からゆっくりと降りて来た。

 いつもの袈裟姿ではないことに少し驚いた。白い暖かそうなセーターに霜降りのグレーのコートが、父さんを透き通るような優しい雰囲気で包んでいた。

「……薙……もしかして僕を迎えに来てくれたのか。あ……、違っていたらごめん」

 父さんが、困った顔をする。そんな顔すんなよ!

「父さん」
「わっ!」

 気が付くとオレは、父さんの胸に思いっきり飛び込んでいた。一体いつぶりだろう。父さんの胸の中へ入るのは。まだ父さんが見上げるほど大きく感じた幼い頃……遠い遠い昔の陽だまりを思い出す。

 父さんは父さんなりに、ずっとオレのことを愛してくれていた。 父さんの胸に飛び込んで、そう実感できた。なのに……どうしてオレはずっとこの暖かさを忘れていたのか。

 父さんも躊躇いがちにオレの背中に手をまわして、ぎゅっと抱きしめてくれた。

「薙……無事で良かった。今回は……薙がいてくれたから頑張れたよ。踏ん張れた」
「父さん……これからは父さんに降りかかる災いはオレが薙ぎ倒してやる! 父さんにまた何かあったら、絶対に許さない!」
「薙……」

 父さんは少しきょとんとした表情を浮かべていた。それから綺麗な口元を綻ばせてくれた。

「僕は心の強い息子を持ったな。薙……君の名は、僕がつけたんだ」

 父さんの肩越しに、流さんが見える。
 目が合うと、やっぱり明るく笑ってくれた。

「でも……オレはまだ、父さんの全部を守れるほど大人じゃない。だから流さんに頼むことにした。父さんのことは」
「薙……」
「父さんのすべてを分かってくれる人が、すぐ傍にいてくれて良かった」

 すっと息を吐くように、告げることが出来た。

 オレの流さんに抱いていた思いにつける名前はなんだろう。

 もしかして淡い淡い初恋だったとしても……もう、ここで終わりにしよう。

 父さんには流さんが必要で、流さんには父さんが必要だ。

 互いに思いあっているこその幸せを、父さんに贈りたい。

 父さんはそれを得てもいい程……長い年月に渡り、多くを語らず忍耐強く生きて来たのを知ってしまったから。

「父さんも流さんも好きだ。オレの大事な家族だ」
「ありがとう……僕の大事な息子……薙」

 父さんがオレを、優しく抱きしめてくれる。

 オレと父さんの心が通い合った。

 今なら分かる。

 今のオレたち……互いに思い合っている絆の深い親子だ!
 
 十四歳にもなってとか、気恥ずかしい気持ち……そういうのは今は置いておこう。

 オレと父さんの間には、触れ合わなかった時間が長くあるから、いいだろう。


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