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12章
互いに思う 1
しおりを挟むあの辛い事件の後、病室での二人……からのスタートです。
****
「俺の……光」
俺を包み込むように抱き、そのまま眠りに落ちてしまった翠の頬を撫でながら、そう囁いた。
体力の限界まで俺を愛し、俺に愛させてくれた翠の心が静かに棚引いているような、そんな静寂が病室にやってきた。
「翠……ありがとうな」
もう眠りに落ちた翠からの返事はないが、その穏やかな表情に安堵した。
翠……兄の寝顔はずっと幼い頃から見て来たが、今日ほど満ち足りたことはないだろう。
そっとシーツに寝かして温かいタオルで丁寧に指の一本一本……爪先、そして内股……その奥のものを掻き出してやる。丁寧に後処理をしてやり、清潔な状態にしてからパジャマを着せてやった。一旦、付き添いのベッドに翠を動かして、シーツも新しい物に取り替えてやった。
これで明日の朝、看護師の巡回が来ても大丈夫だろう。これは何もかも丈の計らいだ。俺たちは兄思いの優しい弟を持ったものだ。
「おやすみ……翠。どうかいい夢を見てくれよ」
今日の出来事は、俺で消毒し上書き出来たはずだ。だから大丈夫だと、翠だけでなく己も励ますように強く念じた。
明日……目覚めた時は、翠はきっと一皮剥けたように新しい翠になっているだろう。
しなやかで逞しく美しい……翠に会えるだろう。
これで長年のもやもやとした気持ちが晴れたはずだ。薙との関係も良かったな。変な話だが……克哉のことがきっかけで、親子のわだかまりが解けたのかもしれない。だとしたら俺も嬉しい。甥っ子の薙のこと……俺も好きだから、親子の関係が上手くいくことをずっと願っていた。
さぁ、朝を待とう。
こんなにも明日が来るのが待ち遠しいなんて、久しぶりだ。
夢も希望もない忍び続けたあの時代を思い返せば、今こうやって翠との未来を楽しみに、明日を待てのは奇跡だ。
****
すやすやと眠る洋と薙。
美しい二人の寝顔が、離れの大きな窓から降りて来る月明かりに静かに照らされている。
穏やかな寝顔を、薙が浮かべていることにほっとした。
「よかったな、ちゃんと眠ることが出来て……今日は怖かったろう」
私も寝る支度をして、少し躊躇したが薙の横に横たわった。
変な感じだ。薙は翠兄さんの実子で、私にとっては甥っ子だというのに……私は当時は本当に無関心で、兄さんの結婚式には辛うじて出席したが、他は知らん顔をしていた。ずっと身内でも……他人が苦手だったから、子供などもっての外で、興味が湧かなかったのに。
今となっては知りたいことばかりだ。甥っ子の赤ん坊時代、幼い頃……どんな様子だったのか。
それにしてもまさか薙と洋と川の字で眠る日が来るなんて、思わなかったな。私と洋には永遠に薙のような子供はやってこない。
だが洋と暮らすようになって、育てるのは子供だけでないことを、本当に強く感じるようになった。
育てるものは……愛情、友情、人情。
人と人と関わることで生み出される様々な優しい『情』を、ふたりで育てていきたい。そんな風に思うようになった。
さぁもう眠ろう。明日、目を覚ますのが楽しみだ。
薙がどんな顔をするか。洋はきっと満足な笑みを浮かべるだろう。
洋もずっと避けていた他人との関わりを、今は積極的に持とうとしているから、薙が懐いてくれて良かったと思う。
嬉しそうな恋人の顔を伺えるのは、私も嬉しい。
好きな人の微笑みは、幸せの欠片だから。
「おやすみ……洋、薙、いい夢を……」
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