重なる月

志生帆 海

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12章

番外編最終話】SS 安志×涼 「クリスマス・イブ」6

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 一体どの位の時間、バス停のベンチに座っていただろうか。

 もう遅い時間でバスは来ないのに、何故か人通りが多いような気がする。

 俺がここにいる間だけでも、何人もの人が広告を指さして話題にしていた。

「ねっ、あの広告の男の子すごく可愛いよね」
「あっモデルの涼だ! この子って最近すごい売れてるよね。だって凄く綺麗だもん!」

 時計の広告は女の子も映っているのに、メインは涼なのだろう。涼にはモデルとしての素質があるようで、特別な輝きを放っていた。

 本当にこんなに綺麗な子が、俺の恋人なのか、これは現実なのか。

 不安にすらなってくる。

 恋人となり躰を繋ぎ、何度抱いても……

 腕の中からするりと抜け出て、先へ先へと駆け出してしまいそうな不安を、いつも抱いていた。

 何故だろう……涼と俺はこんなに幸せなはずなのに。
 全く、今日の俺はどうにかしている。

 俺はちっとも大人じゃない。
 恋に関しては高校時代から止まっているようなものだ。

 涼……やっぱり今日は会いたかったよ。
 このベンチの横に並んで座っていて欲しかった。

 とぼとぼと情けない気分でマンションに向かって歩き出すと、北風が一層身に堪えた。

 心も外気にあたり一層冷え切ってしまったようだ。

 こんな日はもう早く寝てしまおう。こんなにも自分の感情をコントロールできない情けない日には……お別れだ。

 安志……お前はもう……大人だ!

 そう自分自身を叱咤激励しつつ、外階段を上がりアパートの廊下を歩いた。

「えっ」
「うっ……うっ」




 キャラメル色のダッフルコートを着た男の子が、俺の部屋のドア前にしゃがんでいた。ドアに背を持たれて俯いていた。泣いているのか……小さな嗚咽。揺れる肩。

 まっ、まさか!

 フードを頭まで被って顔は良く見えないのに、俺にはそれが涼だってことは一目で分かった。

 まさか会いたいと思っていた涼が目の前に現れるなんて!

 これって夢じゃないよな!

 思わず持っていたコンビニ袋を、足元へ落としてしまった。

 ガシャン──

 その音に反応した男の子が、俺を見上げて、目を見開いた。

「あっ……」

 慌てて立ち上がった男の子は、やっぱり涼だった。
 涙をためて潤んだ目元で、俺の元に駆け寄って来る。

 ドンッと体重をかけるように抱きつかれ、途端にふわっと涼の香りが鼻を掠めた。少し汗ばんだ、それでも清らかな涼の香りを受け止め、一瞬そのまま抱きしめたくなったが、ぐうっと我慢し、急いで部屋の中に涼を入れた。

 外は危険だ。誰がどこで見ているか分からないからな。

「涼……? 本当に涼なのか!」

 靴を脱ぐ時間ももどかしく、玄関先でぎゅっと抱きしめた。

 あぁ涼だ、本物の涼だ!
 このしなやかな躰は俺の涼だ!!

「涼、来てくれたのか」

 頭を撫でながら嬉しくて尋ねると、拗ねたような怒ったような返事が返って来た。

「どこに行っていたの?」
「え? あぁコンビニにビールを買いに」
「こんなに長い時間おかしいじゃないか。電話にも全然出てくれないし、すごく心配した」

 あっそうか、スマホは家の中だ。悪いことをしたな。
 何度もきっと連絡をしてくれたのに、俺が全然出ないから、さぞかし不安だったろう。

 いつもの涼らしくない荒れた口の利き方だった。

 ん?待てよ。これって……もしかして妬いくれているのか。

 そう思うと途端にポカポカしてくるものだ。まさか俺なんかが妬いてもらえるなんて……何だかくすぐったいぞ。

「安志さんはモテるから心配で……今日だって誰かに誘われてしまったかもと……」
「馬鹿だなぁ、涼。俺はその……バス停のベンチで涼のことを見ていたんだよ。なんか無性に涼に会いたくなってさ」
「え……もしかしてあのバス停にいたの? あの広告の僕に会ったの?」
「そういうこと」

 涼の方も気が抜けたような表情だ。

「なんだ……僕、てっきり……そっか」
「涼は馬鹿だな、俺は涼が好きなんだよ。俺達は恋人同士でいいんだよな?」
「安志さん、いつもごめんなさい。僕は安志さんの気持ちも考えず我が儘で勝手で……でも僕も本当はすごく今日会いたかったんだ。3時間だけ仮眠時間をもらえたから、急いで駆けつけたんだ。だって安志さんに、とにかく会いたかった。傍にいて欲しかったから!」

 必至に訴えて来る様子が、滅茶苦茶可愛い!!

「涼~あんまり可愛いこと言うなよ。俺もさ、素直に言えばよかったよ。物分かりのいい大人を演じてないでさ」
「僕こそっ、子供ぽい言動だなんて思わず、素直にぶつければよかった。僕の気持ち!」
「くっ」
「くすっ」

 お互い笑みがようやく零れた。

「やっと笑ったな」
「安志さんこそ」

 そのままキスをした。
 少しだけ涙の味のキスだった。

「寂しかったか」
「うん、ここに来て会えなかった時は流石に愕然としたよ。安志さんも寂しかった?」
「あぁ寂しかった。だって今日はクリスマスイブ……だろ」
「ん……あと2分でクリスマス当日にもなるよ」
「おお! じゃあ2日間も一緒だ」
「うん、安志さん……好きだよ。ありがとう」
「涼、俺達は遠慮し過ぎだったな。年の差ばかり気にして、お互いの位置から抜け出せなくて、もがいていたのかもしれないな」
「うん、歳の差が気になるなら、お互いが歩み寄ればいいだけなのにね。やっと気が付いたよ」
「涼、俺と付き合ってくれてありがとう。メリークリスマス!」
「安志さんこそ、僕を求めてくれてありがとう!メリークリスマス!」

 もう一度、涼にキスをした。
 もう涙の味はしなかった。

 その代りに、涼の可愛い唇からは、誘うような甘い蜜の味がした。

「涼、あと何時間いれる?」
「あと2時間は安志さんのものだよ。好きにして欲しい」
「おっ、おい、馬鹿っ……そんなに煽るな。本当は仮眠すべき時間だろ」
「安志さん……こんなんじゃ寝るに寝れないよ。お互いに」

 濃厚なキスの後……お互いのそれは見事に勃っていたってわけさ。

「涼も勃ったな。これって抱いていい合図ってことだよな」
「……もちろんだよ」

 甘い恋人たちのクリスマスの夜が、俺達にもやってきた。
 サンタはもういないと思っていたのに、もしかしたら……
 窓の外の三日月が、キラリと光って微笑んだような気がした。



                    『クリスマス・イブ』了




****

ふぅ~なんとか、クリスマスイブに、安志と涼のSSを書き終えました!
久しぶりに二人のことを描くのは楽しく、すれ違いにも萌えながら書いていました。読んで下さってありがとうございます。

しかし、ここで終わりなのも何ですよね。
もっと先が読みたくありませんか。
そこで読者さまにプレゼントがあります。
明日はこの続きを更新します。

あとスター特典も今日・明日で更新しようと思います。
沢山の方に読んでもらいたいピュアな丈と洋のお話なのでスター2つで読めるようにしておきますね!

素敵なクリスマスとクリスマスイブをお過ごしください!

いつも私の創作ワールドに浸って下さって嬉しいです。
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