重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
996 / 1,657
12章

番外編最終話】SS 安志×涼 「クリスマス・イブ」6

しおりを挟む
 一体どの位の時間、バス停のベンチに座っていただろうか。

 もう遅い時間でバスは来ないのに、何故か人通りが多いような気がする。

 俺がここにいる間だけでも、何人もの人が広告を指さして話題にしていた。

「ねっ、あの広告の男の子すごく可愛いよね」
「あっモデルの涼だ! この子って最近すごい売れてるよね。だって凄く綺麗だもん!」

 時計の広告は女の子も映っているのに、メインは涼なのだろう。涼にはモデルとしての素質があるようで、特別な輝きを放っていた。

 本当にこんなに綺麗な子が、俺の恋人なのか、これは現実なのか。

 不安にすらなってくる。

 恋人となり躰を繋ぎ、何度抱いても……

 腕の中からするりと抜け出て、先へ先へと駆け出してしまいそうな不安を、いつも抱いていた。

 何故だろう……涼と俺はこんなに幸せなはずなのに。
 全く、今日の俺はどうにかしている。

 俺はちっとも大人じゃない。
 恋に関しては高校時代から止まっているようなものだ。

 涼……やっぱり今日は会いたかったよ。
 このベンチの横に並んで座っていて欲しかった。

 とぼとぼと情けない気分でマンションに向かって歩き出すと、北風が一層身に堪えた。

 心も外気にあたり一層冷え切ってしまったようだ。

 こんな日はもう早く寝てしまおう。こんなにも自分の感情をコントロールできない情けない日には……お別れだ。

 安志……お前はもう……大人だ!

 そう自分自身を叱咤激励しつつ、外階段を上がりアパートの廊下を歩いた。

「えっ」
「うっ……うっ」




 キャラメル色のダッフルコートを着た男の子が、俺の部屋のドア前にしゃがんでいた。ドアに背を持たれて俯いていた。泣いているのか……小さな嗚咽。揺れる肩。

 まっ、まさか!

 フードを頭まで被って顔は良く見えないのに、俺にはそれが涼だってことは一目で分かった。

 まさか会いたいと思っていた涼が目の前に現れるなんて!

 これって夢じゃないよな!

 思わず持っていたコンビニ袋を、足元へ落としてしまった。

 ガシャン──

 その音に反応した男の子が、俺を見上げて、目を見開いた。

「あっ……」

 慌てて立ち上がった男の子は、やっぱり涼だった。
 涙をためて潤んだ目元で、俺の元に駆け寄って来る。

 ドンッと体重をかけるように抱きつかれ、途端にふわっと涼の香りが鼻を掠めた。少し汗ばんだ、それでも清らかな涼の香りを受け止め、一瞬そのまま抱きしめたくなったが、ぐうっと我慢し、急いで部屋の中に涼を入れた。

 外は危険だ。誰がどこで見ているか分からないからな。

「涼……? 本当に涼なのか!」

 靴を脱ぐ時間ももどかしく、玄関先でぎゅっと抱きしめた。

 あぁ涼だ、本物の涼だ!
 このしなやかな躰は俺の涼だ!!

「涼、来てくれたのか」

 頭を撫でながら嬉しくて尋ねると、拗ねたような怒ったような返事が返って来た。

「どこに行っていたの?」
「え? あぁコンビニにビールを買いに」
「こんなに長い時間おかしいじゃないか。電話にも全然出てくれないし、すごく心配した」

 あっそうか、スマホは家の中だ。悪いことをしたな。
 何度もきっと連絡をしてくれたのに、俺が全然出ないから、さぞかし不安だったろう。

 いつもの涼らしくない荒れた口の利き方だった。

 ん?待てよ。これって……もしかして妬いくれているのか。

 そう思うと途端にポカポカしてくるものだ。まさか俺なんかが妬いてもらえるなんて……何だかくすぐったいぞ。

「安志さんはモテるから心配で……今日だって誰かに誘われてしまったかもと……」
「馬鹿だなぁ、涼。俺はその……バス停のベンチで涼のことを見ていたんだよ。なんか無性に涼に会いたくなってさ」
「え……もしかしてあのバス停にいたの? あの広告の僕に会ったの?」
「そういうこと」

 涼の方も気が抜けたような表情だ。

「なんだ……僕、てっきり……そっか」
「涼は馬鹿だな、俺は涼が好きなんだよ。俺達は恋人同士でいいんだよな?」
「安志さん、いつもごめんなさい。僕は安志さんの気持ちも考えず我が儘で勝手で……でも僕も本当はすごく今日会いたかったんだ。3時間だけ仮眠時間をもらえたから、急いで駆けつけたんだ。だって安志さんに、とにかく会いたかった。傍にいて欲しかったから!」

 必至に訴えて来る様子が、滅茶苦茶可愛い!!

「涼~あんまり可愛いこと言うなよ。俺もさ、素直に言えばよかったよ。物分かりのいい大人を演じてないでさ」
「僕こそっ、子供ぽい言動だなんて思わず、素直にぶつければよかった。僕の気持ち!」
「くっ」
「くすっ」

 お互い笑みがようやく零れた。

「やっと笑ったな」
「安志さんこそ」

 そのままキスをした。
 少しだけ涙の味のキスだった。

「寂しかったか」
「うん、ここに来て会えなかった時は流石に愕然としたよ。安志さんも寂しかった?」
「あぁ寂しかった。だって今日はクリスマスイブ……だろ」
「ん……あと2分でクリスマス当日にもなるよ」
「おお! じゃあ2日間も一緒だ」
「うん、安志さん……好きだよ。ありがとう」
「涼、俺達は遠慮し過ぎだったな。年の差ばかり気にして、お互いの位置から抜け出せなくて、もがいていたのかもしれないな」
「うん、歳の差が気になるなら、お互いが歩み寄ればいいだけなのにね。やっと気が付いたよ」
「涼、俺と付き合ってくれてありがとう。メリークリスマス!」
「安志さんこそ、僕を求めてくれてありがとう!メリークリスマス!」

 もう一度、涼にキスをした。
 もう涙の味はしなかった。

 その代りに、涼の可愛い唇からは、誘うような甘い蜜の味がした。

「涼、あと何時間いれる?」
「あと2時間は安志さんのものだよ。好きにして欲しい」
「おっ、おい、馬鹿っ……そんなに煽るな。本当は仮眠すべき時間だろ」
「安志さん……こんなんじゃ寝るに寝れないよ。お互いに」

 濃厚なキスの後……お互いのそれは見事に勃っていたってわけさ。

「涼も勃ったな。これって抱いていい合図ってことだよな」
「……もちろんだよ」

 甘い恋人たちのクリスマスの夜が、俺達にもやってきた。
 サンタはもういないと思っていたのに、もしかしたら……
 窓の外の三日月が、キラリと光って微笑んだような気がした。



                    『クリスマス・イブ』了




****

ふぅ~なんとか、クリスマスイブに、安志と涼のSSを書き終えました!
久しぶりに二人のことを描くのは楽しく、すれ違いにも萌えながら書いていました。読んで下さってありがとうございます。

しかし、ここで終わりなのも何ですよね。
もっと先が読みたくありませんか。
そこで読者さまにプレゼントがあります。
明日はこの続きを更新します。

あとスター特典も今日・明日で更新しようと思います。
沢山の方に読んでもらいたいピュアな丈と洋のお話なのでスター2つで読めるようにしておきますね!

素敵なクリスマスとクリスマスイブをお過ごしください!

いつも私の創作ワールドに浸って下さって嬉しいです。
しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

処理中です...