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12章
番外編SS 安志×涼 「クリスマス・イブ」2
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「会いたい」
その一言が言えないまま切ってしまった通話。そのまま連絡を上手く取れずに行き違いが重なり、とうとうクリスマス・イブの日を迎えてしまった。
案外……俺も意地っ張りだ。
「安志さん、もう退社ですか」
「まぁな」
「いっすねー彼女とデートですか。羨ましいっす」
「ははっ」
クリスマスイブの日は、平日だった。
こんな日に限って仕事は暇で残業もなく、定時に上がれてしまうなんて……皮肉だよな。しかもロビーで好奇心旺盛な後輩に話しかけられてしまうなんて、ついてない。
虚しいカラ笑いは、あっという間に北風に吹かれて飛んでいってしまった。
あーこの数日間、何度涼に会いたいと思ったことか。会えないという現実に落ち込む度に、俺は涼がとても好きだと実感していた。
さてと……これからどうしようか。結構寒いしなぁ。
コートのポケットに手を突っ込むとスマホの角に触れた。取り出して確認するが、涼からの連絡は一件も入っていなかった。
そっか、そうだよな。必死に一人で納得してしまう。
阿保だ、俺。
一度スタジオで撮影が始まってしまえば集中して臨むので、それどころではないのは、ちゃんと理解している。だから連絡がないのは無理もない、いつものことだ。
それでも……今日はクリスマスイブだろう。
俺達付き合っているんだよな?
いちいち……尋ねたくなってしまう。確認したくなる。
あぁもう、こんなこと……聞けないよな。だって俺、涼よりずっと年上なのに、おかしいだろう。
「ふぅ……寒っ」
また今晩は一段と冷え込んでいるな。
だが今の俺には、北風が運ぶ寒さが心地良かった。
俺の冷えた心は、誰にも慰めて欲しくない。
俺を満たすのは、涼だけだ。涼がいい。
そう思えば、心地良い。
街のネオンが今日は一段と煌めいて、まるで街全体が大きなクリスマスツリーのようだ。
商店街に流れるクリスマスソングも、なんだか俺の周りだけは空回り。ただ涼に会えないという事実だけが、のしかかってくる。
涼を想う度に、胸が痛くなる。
こんな気持ち、この歳でまだ持てるなんて思わなかった。まるで青い頃のような純粋な気持ち……懐かしいような新しい気持ちだよ。
胸が痛む度に、俺はそれだけ涼のことが、好きなんだと実感していた。
それにしても商店街ですれ違う人は、皆幸せそうな笑顔だ。
すれ違う人のことをついじっと眺めてしまう。
ケーキの箱を持った父親は急ぎ足。
手を繋ぎ歩くカップルは、歩調もゆっくりだ。
母親と子供が楽しそうに笑い合っている……足取りも軽やかだ。
街のコンビニでは、サンタの恰好の店員がケーキを売っている。
サンタか……そんな存在、とっくに忘れていたな。そんなもの信じていた時期があったことすらも。
今はもう俺はいい大人になって、そんな夢は通じないし、信じない。
会いたいと思うのも、会おうと思うのも……全部自分たち次第だ。
いやそうじゃない。お互いの気持ちだけでは、すまないのだ。
仕事というしがらみや歳の差……いろんなものが俺達の間を邪魔しにやってくる。
仕方がないよな、それが現実だもんな。それでも……すれ違う人混みに涼に似た背格好の人を見つけると、振り返ってしまう。
これって淡い期待か。ドラマや小説のようにサプライズなんて起こらない。それは分かっているのに。
参ったな……俺、こんなに涼が恋しくなっているのか。
涼……、涼はどうだ? 俺に会えなくて、少しは寂しいと思ってくれるのか。
モデル仲間との華やかな世界、大学での賑やかで楽しい世界。涼の周りには、今なお沢山の刺激が蠢いている。
だから、こんな嘆き……涼には言えないよな。俺はもうサンタを信じていた頃はとうの昔の、いい年の大人だ。
結局コンビニで柄にもなくデミグラソースのハンバーグ弁当を買って、とぼとぼと歩く帰り道。白いコンビニ袋のカサカサとした音が、妙に空しく響いていた。
商店街が終わると、一気に暗くなる。
最近夜になると、この道は派手な工事をしていたのに、今日は随分と静かだな。あっ、そうか……バス停が新しくなったのか。
古びたバス停は、屋根付きの立派な姿になっていて、ベンチの横には大きな広告パネルが照明を浴びて白く浮かびあがっていた。
何の気なしに通り過ぎる所だったのに……俺はその広告のパネルの中に、今日は見たくなかった広告を、うっかり見つけてしまった。
すらりとした女の子と並ぶ、綺麗系男子は涼だった。
え……っ、こんな広告に出るって言ってたか。聞いてなかったぞ。
時計の広告らしくペアの白いセーターを着て、手を繋いでいる。
ふーん、お互いの手首にはペアのウォッチか。若々しい頬を赤いマフラーに埋めながら、甘く見つめ合うその姿。
はぁ……くそっ、萎える。
俺、胸が潰れそうだ。このタイミングでこれはないだろう。
これは涼の仕事だ。広告の世界だ。そう納得させようとしても、頭がしつこく反抗してくるよ。
会いたいのに、会えないせいか。
3週間も……会っていないせいか。
結構キツイな。
歳の差なんて関係ないと痛感した。いくつになっても、好きな人に会いたい気持ちを押さえつけることなんて、出来ないものだな。
広告を通り過ぎ、俺は歩いた。黙々と……ただ黙々と。
広告の中の世界に嫉妬するほどに、君が好きだ。
頭の中は、それ一色だ。
その一言が言えないまま切ってしまった通話。そのまま連絡を上手く取れずに行き違いが重なり、とうとうクリスマス・イブの日を迎えてしまった。
案外……俺も意地っ張りだ。
「安志さん、もう退社ですか」
「まぁな」
「いっすねー彼女とデートですか。羨ましいっす」
「ははっ」
クリスマスイブの日は、平日だった。
こんな日に限って仕事は暇で残業もなく、定時に上がれてしまうなんて……皮肉だよな。しかもロビーで好奇心旺盛な後輩に話しかけられてしまうなんて、ついてない。
虚しいカラ笑いは、あっという間に北風に吹かれて飛んでいってしまった。
あーこの数日間、何度涼に会いたいと思ったことか。会えないという現実に落ち込む度に、俺は涼がとても好きだと実感していた。
さてと……これからどうしようか。結構寒いしなぁ。
コートのポケットに手を突っ込むとスマホの角に触れた。取り出して確認するが、涼からの連絡は一件も入っていなかった。
そっか、そうだよな。必死に一人で納得してしまう。
阿保だ、俺。
一度スタジオで撮影が始まってしまえば集中して臨むので、それどころではないのは、ちゃんと理解している。だから連絡がないのは無理もない、いつものことだ。
それでも……今日はクリスマスイブだろう。
俺達付き合っているんだよな?
いちいち……尋ねたくなってしまう。確認したくなる。
あぁもう、こんなこと……聞けないよな。だって俺、涼よりずっと年上なのに、おかしいだろう。
「ふぅ……寒っ」
また今晩は一段と冷え込んでいるな。
だが今の俺には、北風が運ぶ寒さが心地良かった。
俺の冷えた心は、誰にも慰めて欲しくない。
俺を満たすのは、涼だけだ。涼がいい。
そう思えば、心地良い。
街のネオンが今日は一段と煌めいて、まるで街全体が大きなクリスマスツリーのようだ。
商店街に流れるクリスマスソングも、なんだか俺の周りだけは空回り。ただ涼に会えないという事実だけが、のしかかってくる。
涼を想う度に、胸が痛くなる。
こんな気持ち、この歳でまだ持てるなんて思わなかった。まるで青い頃のような純粋な気持ち……懐かしいような新しい気持ちだよ。
胸が痛む度に、俺はそれだけ涼のことが、好きなんだと実感していた。
それにしても商店街ですれ違う人は、皆幸せそうな笑顔だ。
すれ違う人のことをついじっと眺めてしまう。
ケーキの箱を持った父親は急ぎ足。
手を繋ぎ歩くカップルは、歩調もゆっくりだ。
母親と子供が楽しそうに笑い合っている……足取りも軽やかだ。
街のコンビニでは、サンタの恰好の店員がケーキを売っている。
サンタか……そんな存在、とっくに忘れていたな。そんなもの信じていた時期があったことすらも。
今はもう俺はいい大人になって、そんな夢は通じないし、信じない。
会いたいと思うのも、会おうと思うのも……全部自分たち次第だ。
いやそうじゃない。お互いの気持ちだけでは、すまないのだ。
仕事というしがらみや歳の差……いろんなものが俺達の間を邪魔しにやってくる。
仕方がないよな、それが現実だもんな。それでも……すれ違う人混みに涼に似た背格好の人を見つけると、振り返ってしまう。
これって淡い期待か。ドラマや小説のようにサプライズなんて起こらない。それは分かっているのに。
参ったな……俺、こんなに涼が恋しくなっているのか。
涼……、涼はどうだ? 俺に会えなくて、少しは寂しいと思ってくれるのか。
モデル仲間との華やかな世界、大学での賑やかで楽しい世界。涼の周りには、今なお沢山の刺激が蠢いている。
だから、こんな嘆き……涼には言えないよな。俺はもうサンタを信じていた頃はとうの昔の、いい年の大人だ。
結局コンビニで柄にもなくデミグラソースのハンバーグ弁当を買って、とぼとぼと歩く帰り道。白いコンビニ袋のカサカサとした音が、妙に空しく響いていた。
商店街が終わると、一気に暗くなる。
最近夜になると、この道は派手な工事をしていたのに、今日は随分と静かだな。あっ、そうか……バス停が新しくなったのか。
古びたバス停は、屋根付きの立派な姿になっていて、ベンチの横には大きな広告パネルが照明を浴びて白く浮かびあがっていた。
何の気なしに通り過ぎる所だったのに……俺はその広告のパネルの中に、今日は見たくなかった広告を、うっかり見つけてしまった。
すらりとした女の子と並ぶ、綺麗系男子は涼だった。
え……っ、こんな広告に出るって言ってたか。聞いてなかったぞ。
時計の広告らしくペアの白いセーターを着て、手を繋いでいる。
ふーん、お互いの手首にはペアのウォッチか。若々しい頬を赤いマフラーに埋めながら、甘く見つめ合うその姿。
はぁ……くそっ、萎える。
俺、胸が潰れそうだ。このタイミングでこれはないだろう。
これは涼の仕事だ。広告の世界だ。そう納得させようとしても、頭がしつこく反抗してくるよ。
会いたいのに、会えないせいか。
3週間も……会っていないせいか。
結構キツイな。
歳の差なんて関係ないと痛感した。いくつになっても、好きな人に会いたい気持ちを押さえつけることなんて、出来ないものだな。
広告を通り過ぎ、俺は歩いた。黙々と……ただ黙々と。
広告の中の世界に嫉妬するほどに、君が好きだ。
頭の中は、それ一色だ。
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