重なる月

志生帆 海

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12章

番外編SS 安志と洋 『雨やどりのBGM

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いつも重なる月を読んでくださいましてありがとうございます。本日はから数日番外編を掲載します。
今日はTwitterに掲載した140文字SSから生まれた短編です

****

 幼馴染・安志と洋 『雨やどりのBGM』

 7月の初めの月曜日。

 朝っぱらから電車を乗り継いで、鎌倉と江ノ島に校外学習にやって来た。
 これが高2の夏休み前の最後のイベントだ。

 それにしても朝からカンカン照りに晴れていて、蒸し暑い。本格的な夏はまだ少し先だというのに、海の向こうには大きな入道雲が出ていた。

 一雨来るかもな。

 なんとなく不穏な雲が遠くに見えるせいか、心までもざわつく。
 そんな時、遠くの海岸線をとぼとぼと一人で歩く洋を見つけた。

 あいつ、また一人で……

 6人グループで行動するように言われていたのに、何してんだ?

 グループはくじ引きで決まったので、あいにく洋と俺は別グループになってしまった。最初から心配だったけど、やっぱり何か仕出かしてくれるよな。


「悪いっ先行ってて」
「おー!安志どこ行くんだよ?時間までには戻れよ」
「了解!」

 俺とは反対方向に、どんどん遠ざかって行く洋の背中を、夢中で追いかけた。

「洋っ!なんで一人で歩いているんだよ」

 こんな見知らぬ土地を一人で歩くなんて……危険すぎるだろう。

「安志っ」

 洋の方は俺を見つけ、ほっとした表情を浮かべた。

 そうだ。この美人過ぎる男は俺の幼馴染で、その美しい顔が災いして同性から不本意な目に遭うことが多くて、俺がいつも気にかけている相手だ。

「グループのみんなは?」
「うん……その……気が付いたらはぐれてしまって」
「はぁ?ドンくさっ」
「酷いな。そういう安志はどうして一人なんだ?」
「おい!洋が一人で歩いてるから飛んで来たんだろ!皆には先に行ってもらったよ」
「そうか、ごめん。また迷惑かけたな」
「いいって。それより雨が降りそうだから早く戻ろうぜ」
「うん」

 と言うや否や雷のゴロゴロとした音が轟いて来た。
 そのまま海岸線を暫く歩いていると、ぽつり、ぽつりと雨粒が落ちて来て、砂浜に黒い模様を描き始めた。


「ヤバイ!本格的に降って来た」
「え…俺…傘持ってない」
「俺だって持ってないよ。ほらっ行くぞ」
「わっ……ちょっと待って!」

 洋の細い手首をぐいっと掴んで、一目散に走った。見る見るうちに雨粒はどんどん大きくなって、俺たちの躰を頭のてっぺんから濡らしていく。

 くそっ!酷い雨だ。どこか雨宿り出来る場所はないか。

 走りながら横目で探すと、海岸から国道へ抜ける小さなトンネルを見つけた。


「こっちだ!」

 トンネルになんとか辿り着いたが、もう全身ずぶ濡れになってしまっていた。おまけに、洋を引っ張りながら全速力で走ったせいで、不覚ながらはぁはぁと息を切らしてしまった。もちろん洋も俺のすぐ隣で、トンネルの岩場に背中を預け、肩で苦し気に息をしていた。


「洋、大丈夫か?」
「んっなんとか。安志こそ大丈夫か?」
「あぁ」

 だが洋がこちらを振り返った瞬間に、俺の視線はピタッと止まってしまった。

 濡れた黒髪が洋の滑らかな頬にまとわりついてなんだか色っぽいし、おまけに洋の制服の白シャツが濡れたせいで華奢な躰にぴったりと貼り付いていた。そしてその胸元に……

「なっ…」

 あろうことか。
 淡く仄かなピンク色の乳首が…濡れたシャツの向こう側に透けているじゃないか。

 まずい!洋の胸元から、目が離せない!

「んっ?どうした?」

 はぁ……何も分かっていないのか、本当に無自覚な奴だ。濡れて冷えたせいで少し震えている華奢な肩にもそそられるし、吐息がかかりそうな距離も危険すぎる。

 雨の匂い。
 海の匂い。

 そして洋の匂いに丸ごと飲まれてしまいそうだ。

 なんの罰ゲームだよ。これ……

 意識すればするほど気になって横目でチラチラと見てしまう自分がいた。
 更にはゴクッと喉が変な音を立てて鳴ってしまい、ひやりとした。

「はぁ…」

 なんで洋は俺の幼馴染なんだよ!
 幼馴染の距離が、こんなにもどかしいなんて!

 洋の方は俺のことを幼馴染として信頼しきっているのに、俺の方はこんなにやましい気持ちで一杯だなんて絶対に言えないよな。

 この距離。

 崩すわけにはいかないんだ。
 だからじっと俺はこの位置で我慢するしかない。

「安志どうした?」
「いや……雨音って案外いいな」
「そうだね」

 それにしてもこの胸の高鳴りが、洋に聴こえてしまわないか心配だ

 ザーザーと降りしきる強い雨の音が、今は心強い。
 雨よ、まだ止むな!

 もう少し二人きりでこうしていたい。
 肩が触れあう距離で立っていたいんだ。

 俺達の沈黙は、雨のBGMによってかき消されていく。





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