重なる月

志生帆 海

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12章

僕の光 9

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「流……丈と何を話していた?」

 病室に戻って来た流にすぐに問いかけたが、ニヤッと笑うのみで、教えてもらえなかった。

「後で分かるさ」
「なんだ? 」
「それより点滴も終わったのでシャワーを浴びてもいいそうだ。個室にはシャワーがついているから今から浴びるか」
「あぁ……すぐに浴びたい」

 医師の丈によって隈なく消毒はされていたが、それでもまだ気持ち悪さが躰の芯には残っていた。

「よし、さっき着替えも買ってきてやったから、ほら……これ」
「流……いつの間に」

 下着と浴衣だ。嬉しい。

 克哉に脱がされた袈裟はもう二度と見たくなかったし、下着にも触れたくなかった。丈が着せてくれた病院のガウンタイプの寝間着も、着心地が悪かった。

 本当に流はいつだって、僕の一番欲しいものを準備してくれる。
  
 あの日……自分を失いかけて戻った月影寺で、つきっきりで僕を介抱してくれた日々を思い出す。

「さぁ立てるか」
「あぁ」
「おいで、脱がしてやるから」

 流の手が僕に触れてくれる。

 心地よくて温かい……その温もりに酔いそうだよ。

 いつもの僕たちだ。

 これで、ようやく。


****
 
 見送りに廊下に出ると、丈が小声で教えてくれた。

「あの流兄さん……この個室、両隣は空いてますから」
「ん? それって……いいのか」
「……医師としては推奨は出来ません。でも……弟として、そうして欲しいと願っています」
「丈……お前……」
 
 丈は、苦し気な表情を浮かべていた。

「躰の傷はそこまで酷くはなかったのですが、心の傷は翠兄さんにしか分からないものです。今日遭遇したことは、人として……男として、とても屈辱的で……耐え難いものです。今の翠兄さんは必死に平常心を装ってはいますが、心には大きな穴が空いて大怪我をしている状態です。それを埋めることのできるのは……翠兄さんが一番欲しいものです。流兄さん自身が薬なんですよ。特効薬です」

 これには驚いた。

「丈……お前……そこまで俺たちを理解してくれていたのか」

「ええ。分かっています。兄さんたちのことは……もう。私は洋の時、大きな失敗をしています。すぐに気が付いてやれなくて助けられなかったから……だからこそ、流兄さんが間に合って良かった。早く一刻も早く……」

「丈、ありがとう。それでもお前は頑張ったよ。洋くんの砕けそうになっていた心を救ったのは、お前だ」
「流兄さん……ありがとうございます」
「いや、こちらこそだ。丈……今日ほどお前のことを頼もしいと思ったことはない。翠を診てくれてありがとう」

 まさか俺が、丈とこんな会話をするとは夢にも思わなかった。

 やはりこの世に起こる出来事は……皆、必然なのか。

 全ての出来事が必然だと思っておけば、醜い後悔や憎しみなどの感情に左右される事がなく、安定した気持ちで冷静な判断が出来るのかもしれない。

 冷静に物事を見つめれば……長年翠を苦しめて来た克哉を一掃できるチャンスに恵まれたのだ。拓人くんを正しい道に引き戻せたし……月影寺の皆が翠のために動き、一致団結できたのだから。

 だが、犠牲になった翠の躰と心を想えば、綺麗ごとのようにも思えて来る。

 とにかく、今は頭の中であれこれ考えている場合じゃない。

 翠の求めるがままに、翠を抱いてやりたい。

 この身を捧げたい!



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