重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
981 / 1,657
12章

僕の光 5

しおりを挟む
 流さんに横抱きにされ部屋から出て来た父さんの顔色は、蒼白だった。

 目を閉じて疲れ果てた様子で流さんの胸に寄りかかっている痛ましい姿を見るのは、辛かった。

 オレが軽率に渋谷に遊びに来たせいで、父さんを、とんでもないことに巻き込んでしまった。

「父さん……ごめんなさい」

 父さんは、オレの声に反応するようにゆっくりと瞼を開いた。それからゆっくりと手を差し出してくれたので、握りしめた。父さんの温もりを感じてほっとする……父さんに触れることが出来て、素直に嬉しいと思えた。

「父さん……大丈夫なの? 」
「うっ……薙……怪我はないか。僕のせいで……怖い目に遭わせて……ごめん」

 父さんの手首には血が滲んだ深い擦り傷があって、あの部屋で何をされたのかと想像し、また涙が溢れてしまった。

「オレは……なんともないよ。拓人が助けてくれた」
「……そうか、よかった……本当に……薙……僕の大事な息子……無事でよかった……」

 ほっとしたのか、父さんの手がずるりと下へ降り、そのまま意識を失ってしまった。
 
「さぁ早く病院へ行くぞ。薙も帰るぞ」

 流さんに促され、オレは洋さんと一緒に車に乗ることにした。

「薙……ごめんな。さっきのあれ……忘れてくれ。あんなことするなんて、どうかしてた」

 車に乗ろうとすると、拓人に呼び止められた。拓人は頭を下げてさっきキスしたことを真摯に詫びて来た。

 あのことか……あれは確かにびっくりしたが、それよりも拓人の躰が凍えるように冷たかったことに驚いたので、正直、あまりよく覚えていない。

「拓人……分かった、大丈夫だ。オレは、まだそういうことは正直よく分からない……ごめん。でも……お前のこと、嫌いじゃないよ」
「ありがとう……それで充分過ぎるよ。薙……俺とまだ友達でいてもらえるか」
「当たり前だ! お前は大事な奴だよ」

 真っ赤な目をして見つめ合うと、泣き笑いのような曖昧な表情をお互い浮かべていた。
 
「拓人……お前、ずっと緊張して過ごしていたんだな。少しも気が付いてやれなくてごめん。これからは達哉さんがついていてくれるから、安心だな」
「おう、俺が責任を持って拓人をいい男に育てるぞ」

 達哉さんのお陰で、少しだけ和やかに別れることが出来た。


****

 丈の運転で、車は一路、鎌倉方面へと戻って行く。

 早く……早くここから離れたい。誰もがそう願っていただろう。
 
 薙くんの無事を確かめた途端、翠さんは意識を失ってしまった。よほど怖い目に、そして張り詰めていたのだろう。丈からは最悪の事態は逃れたが、かなり際どく危うかったと聞いている。
 
 流さんの胸に身を預けた翠さんの寝息は、今は規則正しい。きっと流さんの心臓の音を子守歌代わりにしているからだろう。

 二人の隣に、薙くんが神妙な顔で座っている。彼も今日は本当に怖い目に遭った。思い出しているのか、まだ微かに震える手が痛ましいよ。

 本当に……なんという一日だったのか。

 でも結果的には、克哉はとうとう警察沙汰になった。ついに司法に裁かれるだろう。過去の経緯も全部清算して欲しい。

 これで翠さんの長年の悩みや恐怖も消化されるといいのだが……もう二度と脅かさないで欲しい。

 俺たち月影寺の男たちを……穢すことは許さない!

 一旦車は翠さんの治療をするために、丈が働いている大船の病院に立ち寄った。そしてすぐにナースステーションで、なにやら丈が交渉してくれた。

「流兄さん、やはり今日は翠兄さんを入院させましょう。意識も失ってしまったし……状態から、化膿止めの点滴や精神安定薬も少し使った方がいいようです」
「あぁ分かった。全部丈の言う通りにする。だが兄さんを一人にしたくない」

 流さんも納得している。ここは丈にすべて任せた方がいい。

「あぁその点は大丈夫です。個室を用意できましたので、流兄さんは付き添って泊ってください」
「そうなのか。丈……お前、気が利くな」
「ええ、まぁ」

 それがいいと思った。

 ふたりだけの時間が必要だ、今は……。

 一旦、皆、車を降りて……翠さんを個室へ連れて行くために、長い廊下を歩いた。

 丈は治療の準備と薬の手配に行ったので、翠さんを横抱きにした流さんの後ろを、薙くんとふたりで歩いた。

 すると突然、翠さんが怯えた声をあげた。悲鳴にも似た叫び声だった。

「あぁ嫌だ! やめろっ!」

 その悪夢の内容を想像すると、胸が塞がった。

「翠、落ち着け! 大丈夫だ。俺だ! 俺がいる!」
「怖い……暗い……ここは? あっ……嫌だ」
「翠! 大丈夫だ……翠に触れているのは俺だ」

 ジタバタと興奮し暴れ出す翠さんに、流さんが宥めるような優しい口調で話しかけ、その額にふわりとキスを落とした。

 その様子は……離れて後ろを歩いていた俺たちにも届いた。

「あっ……」

 どうやら薙くんもばっちり見てしまったようだ。

 まずいかな?

 ちらっと確認すると、薙くんは多少驚いてはいたが妙に納得したような顔つきだった。

 気付いてしまっただろうか……

 翠さんと流さんが、心の底から愛しあっていることを。
 

 

 
しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

物語のその後

キサラギムツキ
BL
勇者パーティーの賢者が、たった1つ望んだものは……… 1話受け視点。2話攻め視点。 2日に分けて投稿予約済み ほぼバッドエンドよりのメリバ

【完結】双子の伯爵令嬢とその許婚たちの物語

ひかり芽衣
恋愛
伯爵令嬢のリリカとキャサリンは二卵性双生児。生まれつき病弱でどんどん母似の美女へ成長するキャサリンを母は溺愛し、そんな母に父は何も言えない……。そんな家庭で育った父似のリリカは、とにかく自分に自信がない。幼い頃からの許婚である伯爵家長男ウィリアムが心の支えだ。しかしある日、ウィリアムに許婚の話をなかったことにして欲しいと言われ…… リリカとキャサリン、ウィリアム、キャサリンの許婚である公爵家次男のスターリン……彼らの物語を一緒に見守って下さると嬉しいです。 ⭐︎2023.4.24完結⭐︎ ※2024.2.8~追加・修正作業のため、2話以降を一旦非公開にしていました。  →2024.3.4再投稿。大幅に追加&修正をしたので、もしよければ読んでみて下さい(^^)

偽物の僕は本物にはなれない。

15
BL
「僕は君を好きだけど、君は僕じゃない人が好きなんだね」 ネガティブ主人公。最後は分岐ルート有りのハピエン。

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

代わりでいいから

氷魚彰人
BL
親に裏切られ、一人で生きていこうと決めた青年『護』の隣に引っ越してきたのは強面のおっさん『岩間』だった。 不定期に岩間に晩御飯を誘われるようになり、何時からかそれが護の楽しみとなっていくが……。 ハピエンですがちょっと暗い内容ですので、苦手な方、コメディ系の明るいお話しをお求めの方はお気を付け下さいませ。 他サイトに投稿した「隣のお節介」をタイトルを変え、手直ししたものになります。

六日の菖蒲

あこ
BL
突然一方的に別れを告げられた紫はその後、理由を目の当たりにする。 落ち込んで行く紫を見ていた萌葱は、図らずも自分と向き合う事になった。 ▷ 王道?全寮制学園ものっぽい学園が舞台です。 ▷ 同室の紫と萌葱を中心にその脇でアンチ王道な展開ですが、アンチの影は薄め(のはず) ▷ 身代わりにされてた受けが幸せになるまで、が目標。 ▷ 見た目不良な萌葱は不良ではありません。見た目だけ。そして世話焼き(紫限定)です。 ▷ 紫はのほほん健気な普通顔です。でも雰囲気補正でちょっと可愛く見えます。 ▷ 章や作品タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではいただいたリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

処理中です...