重なる月

志生帆 海

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12章

迫る危機 6

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 行先を聞きたくて、翠さんにメールしたが返事はない。電話もつながらないので、不安になってしまう。

 そうだ! 安志に相談しよう。勤務時間帯に会社にかけるのは迷惑かもしれないが緊急事態だ。

「もしもし、安志! 」
「おう洋か、さっきは飯美味しかったな。どうした? 」
「さっき俺にくれたGPS搭載キーホルダーのことを教えてくれ」
「何? 説明書読んで分かりにくかった? 」
「いやそうじゃない。あれはもう使えるのか」
「あぁ、電源ボタンを押せばな」
「電源? 」
「うん、そこからがスタートだ」
「なんだって……参ったな」

 しまった。帰ってからゆっくり説明書を読もうと思っていたので、電源ボタンなんて抜け落ちていた。まさかすぐに使う事態が生まれるなんて思ってもみなかった。

「どうした? 何か困ったことでも? 」
「いや……実は翠さんがひどく慌てた様子で電車に乗り込んだので、あのキーホルダーを咄嗟に渡したんだ。だから……」
「あぁそんなの簡単だろ。電話かメールでスイッチの場所を教えて、ONにしてもらえばいいんだから」
「それが電話が繋がらなくて」
「……そうか、それは弱ったな。よし、調べてみる。またかけるよ」

 翠さんは、どうやら電源をわざと切っているようだ。
 きっと翠さんの行き先に、覚悟の上の何かがあるからだ。

(どうしたらいい……助けてくれ)

 微かに届いた翠さんの心の声。それは俺の耳にも確かに届いていた。

 だから……助けたい!

 安志からの連絡を期待して、駅のホームで待ち続けた。


 ****

「達哉さん、早く! 」
「おい、渋谷っていっても当てがあるわけじゃないんだろう」
「それはそうだが。とにかく翠……兄の近くまで行かないと」
「そういえば渋谷には克哉の亡くなった奥さんの実家があるから、何か分かるかもしれないぞ」
「そうか、薙が拓人くんに付き合って退院するお父さんの見舞いに行ったという話は、克哉のことだったのか。くそっ今頃気が付くなんて! 入院していた病院は分かりそうだな」
「そうか……そんな接点があったのか。まずいな……とにかく急ごう! 」

 俺は達哉さんと横須賀線の上り電車に乗り込んだ。
 電車はすぐに発車し、北鎌倉のホームが徐々に遠ざかっていく。
 流れる風景の中に、ホームに立ち尽くしている洋くんが映った。

 おい、どうして、あんな場所に?
 もしかして……君は翠を見たのか。
 
 ****

 もうすぐ渋谷に着いてしまう。
 約束の時刻には、なんとか間に合いそうだ。

 その先のことを考えるとぞっとする。

 だが薙の無事を確認しないと。僕が長年味わったあの恐怖だけは、回避させたい。僕の大事な息子だから、絶対に守りたいんだ。

 綺麗事かもしれないが、例えこの身を堕としてでも、薙の純潔だけは守ってやりたい。それが父である僕に、唯一出来ることだ。

 電車の中で僕はずっと洋くんがくれたキーホルダーを握りしめ、携帯の電源は落としたままだった。もしも電話がかかってきたら決心が揺らいでしまう。流を頼ってしまいそうで怖かった。流が僕がいないことに気が付けば、すぐにでも探すだろうから、痕跡は消さないといけなかった。

 センター街を抜けた先の、地下にある喫茶店が指定された場所だ。

 照明を落とした中、すぐに克哉を見つけた。宮崎で会ったばかりなので久しぶりという気がしない。あの時の嫌悪感が蘇り、震えてしまう。

「翠さん、やぁやぁ待っていましたよ。コーヒーでいいですか」
「克哉……君はなんてことを……薙は無事なのか」
「いやだな~翠さん、まるでそれじゃ俺が誘拐したみたいじゃないですかぁ。あの子は俺の息子の親友だそうですね。だから単に親友の家に遊びに来ただけですよ」
「嘘だ。あの子の携帯を奪って監禁しているくせに」
「人聞きが悪いなぁ。それから翠さん、あなたも今日は自分の意志で俺の元へ来たんですから、履き違えないで下さいよ」
「……」

 どこまでも卑劣な人間。
 僕はどうしてこんな奴に目をつけられてしまったのか。
 どうしてもっと早く逃れられなかったのか。
 こんな最終段階まで来てしまう前に……

「さぁ行きましょう」
「……どこへ? 」
「くくっあなたを抱く場所に決まっているじゃないですか」
「なっ……」

 露骨な言い方に、身の毛もよだつ。

「ふっ何を驚いているんですか。そのつもりで来たんでしょう。俺は交通事故で瀕死の重体になりましてね、死ぬかと思ったんです。その時現世でやり残したことがあると、あなたを思い出したんですよ。いつもいい所で寸止めでしたからねぇ。今日は最後までやらせてもらいますよ。それにしても見越していたんですか。そんな袈裟姿で来てくれるなんて……感激だな。あなたのその禁欲的な袈裟姿にいつもそそられていましたよ。あぁ早く黒い袈裟を剥ぎ取ってやりたい」

 耳元で陰湿で卑猥な言葉を浴びて、背筋が凍った。

 それでも、一刻でも早く薙の無事を確かめたい。

「薙が無事かを見てからだ……すべては」
「いいですよ~何なら息子の前で抱かれます? 真面目なお父さんが実はゲイで淫乱だったって驚くでしょうね」
「なんてことを……そんなこと望んでいない! 」

 酷い言われように、心が凍ってしまう。
 流……僕のこの選択は間違っていたのだろうか。
 やはり僕は……また失敗してしまったのか。

 以前は流をただひたすらに『世間』というものから守りたかった。
 そして流に抱かれ、相思相愛を確かめあった今は……

 やっぱり流を守りたい。

 僕は愛する人を守りたい、危険な目に遭わせたくない。

 だから僕が被る。全部被るから……

 そう思う僕は、やっぱり流を悲しませることをしているようだ。

 急に虚しくなった。

 『後悔』という二文字がちらつき出すが、もう後には引けないのだから覚悟を決めないと。

 でも流……やはり怖いよ。どうしたらいいのか、分からない。

 以前なら迷いなく出来たことが、出来なくなっていると、ここまで来てようやく気が付いた。
 
 (流っ……)

 克哉くんがお勘定に行っている間に、急いでスマホで連絡を取ろうと思った。
 
 流へのSOSを!


 
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