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12章
迫る危機 5
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踏切の鳴る線路を慌てて渡った。そのまま上りホームへと一気に駆けあがり、北鎌倉の細い幅のホーム中程に立っている翠さんの元へ走った。
やがて流れるように電車が駅が到着しドアが開くと、翠さんは俺を振り返りもせずに乗り込んでしまった。
え……なんで?
必死に呼び止めたのに、聞こえなかったのだろうか。
「翠さん待って! せめて、これを!」
翠さんの様子は明らかに変だった。俺を避けるように乗り込んだ電車、その行先はどこだ。
辛うじて俺が出来たことは、さっき安志からもらったばかりの、まだ俺自身も使い方を理解していないキーホルダーを持たせることだけだった。
そもそも翠さんが、どうして東京方面の電車に、こんな時間に、袈裟姿のまま乗ったのか分からなくて困惑してしまった。
次の電車で、東京方面へ追いかけるべきか否か。
「うっ……」
急に走ったので、ゴホゴホっと咳き込んでしまった。膝に手をついて、必死に考えた。
冷静になれ。それよりも先に何かすることはないか。
俺が闇雲に追いかけるだけでは、役に立たない。まずは安志に電話をして、さっきのキーホルダーの機能で、翠さんの行き先を追いかけられるか確認し、それから何をしたら……
しっかりしろ。洋、焦っては駄目だ。
そんな声が届くようだった。
****
「全くしつこいわね! これ以上ここに居座るのなら、警察を呼びますよ」
克哉の母親は、昔から何も変わってない。結局バカ息子が可愛いのだ。真実を知っていても、この手の人間は、絶対にそれを明かさないだろう。
「母さん、失礼すぎる。だから……あなたは駄目なんだ。あなたがそんな風な対応しか出来なかったから、克哉は一つ一つの過ちを正さずに生きて来てしまい、あんな落ちぶれた人間になった。そしてまさに今とんでんもないことをしようとしているのも、そのせいだ。今度ばかりは俺が容赦しない。もうアイツは建海寺と何の関りもない。養子に出て苗字も違うしな! だから今度翠に何かしたら、俺の一存で必ず警察に突き出しますよ。俺が今の建海寺の住職で、すべての権限は持っているのだから! 」
「まぁ達哉、あなたって子は……私たちを寺から追い出しただけじゃ、まだ足りないの? 」
「ええ足りませんよ! 翠の人生を台無しにした元凶ですから! 」
隣で理路整然と実の母親に宣戦布告する達哉さんの姿を見て、彼と翠との間には、過去にあんなことがあったのに、未だに付き合いが続いている理由が分かった。
翠のことを、この人も真剣に考えてくれている。
そして翠も、克哉の兄ではあるが、別人格として信頼しているのだ。
俺が今、頼れるのは、この人しかいない。
「達哉さんもう行きましょう。翠は駅に行ったはずです。考えられる行先は渋谷かもしれない」
「何故そう思う?」
「翠の息子の薙は、拓人くんと同級生で親友でした。そして今日は薙はどうやら拓人くんと渋谷に遊びに行ったようです。そこまでなら話は簡単ですが、翠が血相を変えて、飛び出して行った理由……あなたなら理解出来ますよね。誰かが呼び出した。その誰かを、知っていますね」
「克哉だな……くそっ! 今度は何をするつもりだ? 」
「彼は今、九死に一生を得て、変な意味で振り切れています。何を仕出かすか分からない」
「分かった。一緒に渋谷に向かおう!」
俺は再び達哉さんの車に乗り込んだ。ラジオの交通情報で、交通事故で東京方面が大渋滞と流れてきた。おい……まさか翠じゃないよな。動揺しながら慣れない運転をした翠の気持ちを考えると、胸が痛くなる。
「うわっ、渋滞がひどいな。電車の方が早いかもしれない」
「電車に切り替えましょう」
「そうだな」
そこで北鎌倉駅近くのいつも利用する駐車場に車を停めた。そこで翠の車を見つけほっとした。よかった、事故は関係ないな。
だがほっとしたのは一瞬だ。やはり、よほど急な用事だったのだ。車を置いて、一刻も早く駆けつけないとならない程の……
翠……今頃どこにいる?
電車の中で固まる翠の表情が頭に浮かび、今すぐ抱きしめてやりたくなった。
「早く、駅に行こう!」
「達哉さんもついてきてくれますか」
「もちろんだ。今度こそ俺がアイツを裁く。君たち兄弟の前で! 」
やがて流れるように電車が駅が到着しドアが開くと、翠さんは俺を振り返りもせずに乗り込んでしまった。
え……なんで?
必死に呼び止めたのに、聞こえなかったのだろうか。
「翠さん待って! せめて、これを!」
翠さんの様子は明らかに変だった。俺を避けるように乗り込んだ電車、その行先はどこだ。
辛うじて俺が出来たことは、さっき安志からもらったばかりの、まだ俺自身も使い方を理解していないキーホルダーを持たせることだけだった。
そもそも翠さんが、どうして東京方面の電車に、こんな時間に、袈裟姿のまま乗ったのか分からなくて困惑してしまった。
次の電車で、東京方面へ追いかけるべきか否か。
「うっ……」
急に走ったので、ゴホゴホっと咳き込んでしまった。膝に手をついて、必死に考えた。
冷静になれ。それよりも先に何かすることはないか。
俺が闇雲に追いかけるだけでは、役に立たない。まずは安志に電話をして、さっきのキーホルダーの機能で、翠さんの行き先を追いかけられるか確認し、それから何をしたら……
しっかりしろ。洋、焦っては駄目だ。
そんな声が届くようだった。
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「全くしつこいわね! これ以上ここに居座るのなら、警察を呼びますよ」
克哉の母親は、昔から何も変わってない。結局バカ息子が可愛いのだ。真実を知っていても、この手の人間は、絶対にそれを明かさないだろう。
「母さん、失礼すぎる。だから……あなたは駄目なんだ。あなたがそんな風な対応しか出来なかったから、克哉は一つ一つの過ちを正さずに生きて来てしまい、あんな落ちぶれた人間になった。そしてまさに今とんでんもないことをしようとしているのも、そのせいだ。今度ばかりは俺が容赦しない。もうアイツは建海寺と何の関りもない。養子に出て苗字も違うしな! だから今度翠に何かしたら、俺の一存で必ず警察に突き出しますよ。俺が今の建海寺の住職で、すべての権限は持っているのだから! 」
「まぁ達哉、あなたって子は……私たちを寺から追い出しただけじゃ、まだ足りないの? 」
「ええ足りませんよ! 翠の人生を台無しにした元凶ですから! 」
隣で理路整然と実の母親に宣戦布告する達哉さんの姿を見て、彼と翠との間には、過去にあんなことがあったのに、未だに付き合いが続いている理由が分かった。
翠のことを、この人も真剣に考えてくれている。
そして翠も、克哉の兄ではあるが、別人格として信頼しているのだ。
俺が今、頼れるのは、この人しかいない。
「達哉さんもう行きましょう。翠は駅に行ったはずです。考えられる行先は渋谷かもしれない」
「何故そう思う?」
「翠の息子の薙は、拓人くんと同級生で親友でした。そして今日は薙はどうやら拓人くんと渋谷に遊びに行ったようです。そこまでなら話は簡単ですが、翠が血相を変えて、飛び出して行った理由……あなたなら理解出来ますよね。誰かが呼び出した。その誰かを、知っていますね」
「克哉だな……くそっ! 今度は何をするつもりだ? 」
「彼は今、九死に一生を得て、変な意味で振り切れています。何を仕出かすか分からない」
「分かった。一緒に渋谷に向かおう!」
俺は再び達哉さんの車に乗り込んだ。ラジオの交通情報で、交通事故で東京方面が大渋滞と流れてきた。おい……まさか翠じゃないよな。動揺しながら慣れない運転をした翠の気持ちを考えると、胸が痛くなる。
「うわっ、渋滞がひどいな。電車の方が早いかもしれない」
「電車に切り替えましょう」
「そうだな」
そこで北鎌倉駅近くのいつも利用する駐車場に車を停めた。そこで翠の車を見つけほっとした。よかった、事故は関係ないな。
だがほっとしたのは一瞬だ。やはり、よほど急な用事だったのだ。車を置いて、一刻も早く駆けつけないとならない程の……
翠……今頃どこにいる?
電車の中で固まる翠の表情が頭に浮かび、今すぐ抱きしめてやりたくなった。
「早く、駅に行こう!」
「達哉さんもついてきてくれますか」
「もちろんだ。今度こそ俺がアイツを裁く。君たち兄弟の前で! 」
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