重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
968 / 1,657
12章

迫る危機 4

しおりを挟む
 
 呼ばれた声に弾かれ顔をあげると、向かいのホームに洋くんが立っていた。

「あ……洋くん」

 洋くんは、僕の顔を見るなり酷く心配そうな表情を浮かべ、ホームを出口に向かって一気に走り出した。

「翠さん待って! お願いです! そこにいて下さい!」

 そう叫ばれて……困惑した。(駄目だ……来ちゃ駄目だ)

 だって今、洋くんを前にしたら……何もかも話して泣いてしまいそうだ。僕の方がずっと年上なのに恥ずかしい。彼は過酷な過去を背負って生きた分だけ、心が強い人なのに、僕は……こんなにも弱い。

「まもなくホームに電車が到着します」

 ホームへ滑り込んできた電車に急いで乗り込んだ。

 洋くんは間に合わないが、これでいい。

 ひとりで行ってくる。どうか、もう放って置いてくれ。
 
 ところがドアが閉まる瞬間に、また叫ばれた。

「翠さん、そんな恰好で何処へ? せめてこれを!」
 
 閉まりかけのドアを滑り込んできたのは、月の形のキーホルダーだった。僕の足元にカシャンっと音を立てて落ちたのを拾った瞬間、電車のドアは完全に閉じてしまった。

 「それを持っていて! お願いです! 」

 なんの変哲もないキーホルダーを何故?

 そう聞き返したかったが、電車は静かに動き出した。

 ホームで手を突いて、項垂れ、息を切らす洋くんの姿が、どんどん小さくなっていく。

 果たして僕は、無傷でここにまた戻って来られるだろうか。

 重たい空気が、じわりと車内に立ち込めた。

 そんな僕の手のひらには、洋くんが投げてくれたキーホルダーが握られていた。


****

「薙のことが好きだ……だから」

 拓人が浮かべていた涙を手の甲でグイっと拭って、意を決したように近づいてきた。
 
「拓人……その好きってどういう意味だよ。し、親友ってことだよな? おいっ! なんとか言えよ」

 無言なのが怖い。

 何を考えているのか分からない! 全然分からない!

 次の瞬間仰向けに部屋のフローリングの上に押し倒された。僕は手も足も縛られているので、抵抗らしい抵抗が出来ずに焦った。

「好きの意味か……今から教えてやるよ」

 拓人の手が伸びてくる!捕らわれてしまう!
 
 っとその時、部屋にノック音が響いた。

「拓人、取り込み中悪いな。ちょっといいか」
「父さん……なんです? 」

 拓人はチッと舌打ちをした。
 別人のようだ。オレの知っている拓人はどこに行ったんだよ!

「父さんは今から迎えに行ってくる。お前はその子を見張っていなさい。くれぐれも自分の立場をわきまえるように。裏切りは許さないよ。お前の可愛い弟と妹、大好きな祖母……そのことを考えなさい。難しく考えなくていいんだよ。欲しいものを手に入れるだけだ。本当に欲しいものは、待っているだけじゃ逃げて行ってしまうよ。しっかり印をつけて逃げられないようにするのが一番いいんだ。父さんもまたそうするつもりだ。一回逃げられてしまった獲物を捕獲にいかねば」

「……はい」

 なんだよ、この親子! どーなってんだよ!

 狂っている‼‼ 

 迎えに行くのは、信じられないことにオレの父さんで、恐ろしいことに、父さんに以前……所有の印をつけたという意味なのか。

 くそっ! 父さんがここに来てしまうのか。

 父さんに拓人の父親は何をするつもりなのか。

 その想像はあまりに惨いもので、信じたくないものだった。

 まさか……まさかだよな。

「オレの父さんなんだ! やめてくれ! 父さんっ来ちゃ駄目だーっ! 」

 願うように叫ぶので精一杯だった。

 何故なら……オレも既に捕らわれてしまっているから。

 ごめん、ごめんなさい。父さん──


 

しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

紹介なんてされたくありません!

mahiro
BL
普通ならば「家族に紹介したい」と言われたら、嬉しいものなのだと思う。 けれど僕は男で目の前で平然と言ってのけたこの人物も男なわけで。 断りの言葉を言いかけた瞬間、来客を知らせるインターフォンが鳴り響き……?

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

処理中です...