重なる月

志生帆 海

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12章

迫る危機 2

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 俺は慌てて翠の後ろ姿を追った。
 この時ほど、月影寺の広い庭を恨んだことはない。
 
「あっ車か。しまった。翠っ待て! ひとりで行くな!」
 
 積極的に運転はしない翠なのに、よほど急いでいるようで、俺の車を勝手に使われてしまった。

 車はあっという間に見えなくなってしまう。
 くっそ、このままでは見失ってしまう!
 今すぐに追いかけないと!

 焦るが今の俺は作務衣姿で携帯も金も持っていなかったので、大急ぎで部屋に戻り、出かける支度をしながら頭を必死に整理した。

 翠の言動に何かおかしなことはなかったか……

 そう言えば、さっき薙がいないと心配していた。あぁ失敗だ。その時点で気が付けばよかった。もっと前を思い返せば、翠は薙の友人の拓人くんのことを不安に感じ心配していた。でも彼の素性は問題なかったんじゃないのか。それとも俺は何か大きな事実を見落としているのか。

 宮崎で翠と結ばれ京都で過去の因縁を解き、長年の想いが報われ解決したと夢中になってしまっていた。だから克哉の件を後回しにしてしまっていた。何も解決していないのに、いい気になって忘れていた。

 俺と翠の間に入ってくる奴は、あいつしかいない。
 
 「克哉の仕業か……」

 先ほどの翠の切羽詰まった……心のテレパシー、SOS。
 きっとそうだ! 克哉が絡んでいる!

「翠……どこへ行ったんだ。まさか昔みたいにアイツに呼び出されたんじゃ……まさか薙を盾に? だから俺に言わずに行ってしまったのか。翠は馬鹿だ。俺にはもう遠慮なんていらないのに! なんで一言言ってくれなかったのか……」

 とにかく行き先を探らなければ。
 だが見当がつかない。
 克也とは一切の縁を切っていたから。

 そうだ……克哉のことなら、きっと達哉さんが知っているはずだ。

 俺はひた走った!

 建海寺まで徒歩20分程度の道を、全速力で走り抜けた!


****

「はぁはぁ……達哉さんいますか」
「どうした? 息を切らして。君がここに来るなんて珍しいな。そういえば翠も、この間来たばかりだが」
「えっ翠が来たんですか。なっ、何をしに?」

 この寺には滅多に近づかないはずなのに。ましてひとりで来るなんて、絶対におかしい。もうこの寺とは縁を切りたいと願っていたのは、翠の方なのに。

「言いにくいんだが……珍しく克哉のことを聞きに来てね」
「やっぱり! あいつは今何をしているんですか」
「……交通事故で嫁さんを亡くし、ずっと入院していたが先日退院して独り暮らしを始めたようだよ」
「そうか……あとは翠は何を聞きましたか」
「何故か克哉の子供のことも気にしていたよ」
「……そうか! あいつにはもう興味がなかったので知ろうとも思わなかったが、あいつはこの寺から追い出された後、確か婿養子になったんですよね。なんという苗字に?」
「岩本だよ」

 ギクリとした。嫌な予感が当たってしまったようだ。

「え……いわもとだって? もしかして『岩本拓人』っていう子供を知っていますか」
「どうして知って? それは克哉の息子だ。といっても彼は奥さんの連れ子だが」
「なんだって! そいつは今どこにいるんですか」
「それがこの前、隠居した実家のマンションで暮らしていることが判明して……驚いたよ」
「くそっ、やっぱりそうなのか。今すぐその子の所へ連れて行ってください」
「おい? 落ち着け。まさか……何か翠に良くないことか」
「落ち着けるはずなんてない! 緊急事態だ!! 」

 達哉さんは克哉の兄とは思えないほど理性的で温厚な人柄だったので、翠と細々と交流していたのは知っている。

 克哉をこの寺から追い出してくれたのも達哉さんの尽力だった。だから俺も達哉さんのことは嫌いじゃない。

 ここは信じて……頼るしかない!


****

 俺は達哉さんの車で、彼の実家に向かった。

「まぁ……達哉さんどうしたの? あら、あなたは……」

 彼の母親は胡散臭い目で、俺のことを見た。

 この目……禍々しい出来事を思い出すな。

 冗談じゃないぞ! この母親のせいで、翠はあの日俺を庇って土下座したんだ。克哉の二度目の騒動だって警察沙汰にならなかった。出来の悪い息子を溺愛する典型的な人間だ。

「母さん、拓人くんはいますか」
「あら~ あの子なら今日は克哉の所に泊まるっていってたわよ」

 その答えにカッとなって、思わず会話に割って入った。

「やっぱり! 克哉の居場所を教えてくれ!」
「なっ、なんなの? 不躾に……それを知る権利はあなたにはないでしょう」
「なんだと! 早く教えろ! 息子が犯罪者になるぞ」
「まぁ恐ろしい。そんな脅迫するなんて警察を呼びますよ」

 埒が明かない。この腐った母親相手じゃ……

「達哉さんは知らないんですか。住んでいるところを」
「悪い。俺は本気でアイツとは縁を切っていたから……」

 誠実な人を責めるわけにはいかない。
 だが、これじゃ翠の行き先がわからないじゃないか。
 八方塞がりだ!

****

 交通情報をラジオで聞くと、東京までの道は渋滞しているとのことだった。
 
 一刻も早く駆けつけたい。ならば電車で行こう。

 僕は駅前の駐車場に車を置いて、駅のホームへ向かった。
 
 とにかく気が急いてしまう。

 薙……なぎ……どうか無事でいてくれ。

 僕によく似た面影の大切な息子を、僕のせいで怖い目に遭わせてしまった。

 本当になんということだ。後悔ばかりが浮かんでくる。そしてまたひとりで克哉の元へ行かねばならない恐怖で震えてしまう。

 流……どうか力を貸して欲しい。

 僕が無事に戻って来れるように……

 ぎゅっと目を瞑ってから見開くと、どこからか名前を呼ばれた。

 「翠さんっ!」


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