重なる月

志生帆 海

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12章

堕とす 3

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「薙くん、疲れているんだね。丈も当直でいないし、今日はここに泊まっていく? 」
「いいの? 」
「うん、どうぞ」

 洋さんはどこまでも穏やかだった。オレの心はこんなにもザワザワしているのに、不思議な人だな。

 ふと、湖のような静かなさざ波が、洋さんの後ろに見えたような気がして目をゴシゴシと擦ってしまった。

「じゃあ翠さんに一言伝えておくね」
「ありがとう」
 
 洋さんが電話している間に、一度眠ってみたかった離れのゆったりとしたローベッドに潜り込んでみた。寝っ転がると大きな窓から月が丸見えだ。

「うわっ! でかい月だな」
 
 冬空の月明かりは白く仄かで……大丈夫、心配するなと言ってくれるようだった。ふぅ……なんだか妙に心地いいな。東京のマンション暮らしをしていた時は、街のネオンばかりで、月明かりなんて感じたこともなかったのに。

 ここは星も月も……キレイに見える。
 でもキレイに見えすぎて、何もかも見透かされているようで怖くなる。

 あ……瞼が重い。目が閉じていく。眠い……もう限界。


****

「翠さん、洋です」
「あぁ、今日は薙がお世話になって、勉強を見てくれてありがとう。すっかり懐いているようだね」
「ええ、薙くんと仲良くなれて嬉しいです。それで……今日は丈が当直だし、このまま離れに泊めてもいいですか」
「そうなの? 丈に怒られないかな」
「大丈夫ですよ。それに……あ……もう眠ってしまったみたいで」
「それは悪いね」
「あの……翠さん……俺、少し翠さんと話したいことがあって……今から」
「何? 今日はもう僕も眠るだけだから、そこにお邪魔しようか」
「ぜひ。俺はまだ眠くないし……よかったら、いらしてください」

 ふぅ……思い切って誘ってしまった。
 俺にしては大胆なことをしているよな。
 実はさっきの薙くんの話が、気になってしかたがないんだ。

 ちゃんと確認しておかないと……
 怠って……俺の二の舞なんかになって欲しくない。

 あんな目に遭うのは、俺で最後だ。
 そう願っているから、不安な要素は取り除いていかないと。

 本当に慎重になっているよな。あれはもう五年以上前なのに……

 記憶というものは、脳にこびりついている。どんなに幸せを感じていても、ふとした瞬間に思い出すのは仕方ないのか。

 電話を終えてベッドを確認すると、案の定、もう薙くんがすーすーと寝息を立て熟睡していた。

 可愛いいもんだな。十四歳ってこんな感じだったのか。

 ツンとしたところもある薙くんだが、翠さんの血を受けた心根の優しい少年なんだな。話してくれた友達のことが、心配で堪らないようだった。

 俺には一生縁がない息子という存在が、少し羨ましくもなるよ。それにしても翠さんはどういう気持ちで薙くんを置いて離婚したのだろう。俺がこの寺に来るまでの二人の関係について、まだ何も知らない。

「父さんも……もしかしてそういう目に遭ったとか」という薙くんの一言は確信があっての言葉ではないことは分かっている。でもギクリとしてしまった。

 あの宮崎旅行……大浴場での出来事。

 翠さんは伏せたが、一方的に卑猥な行為を受けて屈辱に耐えていた翠さん……あの光景が忘れられない。薙くんはそれを知らないはずなのに……なぜそんな風に感じるのか。

            (参照……蜜月旅行 70』もう一つの月)
 
 あの時の翠さんを襲おうとしていた男性……彼は今どこに?

 親友の弟と言っていたよな……彼をあのまま帰してしまったことを今更ながら後悔してしまった。

 翠さんに良くない事が起こるのではと、不安になってしまうのは何故だろう。

 嵐の前の静けさ── 

 何かが起こる。そんな不吉な予感がするから、不安要素を一つ一つ……丁寧に潰していきたい。
 
 俺にも出来ることがあるはずだ。
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