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12章
出逢ってはいけない 20
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「あの……俺、もう部屋に戻ってもいいですか」
「あぁそうだね。その方がいい」
居辛い雰囲気だったので、途中で俺は席を外した。でもやっぱり話の内容が気になって、こっそり立ち聞きしてしまった。
今日訪ねて来た袈裟姿の男性は、父さんのお兄さんの達哉さんだった。葬式でやっと顔を合わせたんだ。
父さんは、母の家の婿養子になっていたので、これまで父さんの実家とはほとんど行き来がなかった。つまり俺の名前「岩本 拓人」の「岩本」は母親の姓ってわけさ。
ようやく交流を持てたのは、このマンションに父さんの両親が隠居してからだ。裏を返せば、それほどまでに父さんは達哉さんから良く思われていなかったということだよな。
しかも、まただ。また『月影寺』を警告された。
もう確実だ。『スイさん』とは、薙のお父さんだ。
一体父さんと何があったのか。こんなに何度も近づくなと警告されるなんて。
****
悪いことは続くものだ。
世の中には良いタイミングと悪いタイミングがある。
今日はまさに後者だ。きっと今日の出逢いを、後々悔やむことになるだろう。
退院した父から呼び出しがあり、俺は学校帰りに直接指定された場所に向かった。まだ少し時間が早かったので、待ち合わせのベンチの前にあった書店で時間を潰していた。
ふと聞き慣れた声に誘われるように振り向くと、薙ともう一人、驚くほど綺麗な男性が立っていた。
慌てて俺は物陰に隠れた。だって父さんが近くまで来ているのにまずいじゃないか。父さんはこの前、薙に異常なまでの関心を持っていた。今日の呼び出しだって、きっとそのことだ。
俺には薙を売るような真似はできない。だから何を聞かれても教えないつもりだったのに……その決心が揺らぎ出した。
薙がその美しい男性と楽しそうに、砕けて話す笑顔に驚いた。
そんな寛いだ表情……俺には見せたことないのに、なんでだよ。
「洋さんは危なっかしいな。ほら貸して。荷物持つよ」
少しひねくれた薙は、俺と同じタイプの人間だと思っていた。きっと引き取られた父親宅でもあまり上手くいっていないのだと、決めつけていた。でもこの前から少しづつそれは俺の勝手な思い込みだったと思い始めている。
薙は父親にも叔父さんにも、今日一緒にいる洋さんという人にも、大切にされ愛されている……
なんだか、俺だけバカみたいだ。
話しかけることもせずに睨むように二人の後ろ姿を見送っていると、突然肩を叩かれた。
「やっぱり似ているね……あの子は」
ぞくっとするほど低い声だった。
「とっ……父さん」
「彼はお前と同じ制服を着ているな。それにあの隣りを歩く綺麗な青年には見覚えがあるぞ。そうだ……宮崎で会ったぞ。あぁそうだったのか、道理で似ているはずだ。あの制服姿の子はスイさんの息子か」
「え……なんで」
なんてことだ!
もう全部バレているんじゃないか!
結局……こうなる運命だったんだ。
薙を守ってやりたいと、微かに残っていた気持ちはそこで消滅した。
「父さんは……スイさんがそんなに欲しいのですか」
思い切って問いかけた。父は一瞬驚いたようだったが、すぐに不敵に笑った。
「ははっ、お前はやっぱり全部理解していたんだな。じゃあ……そういう拓人、お前は、あの少年が欲しいのか」
「え……」
思いもかけないことを言われて、ビクッと震えてしまった。そんなこと考えたこともなかった。
「私に見せびらかしたくて、この前病院まで連れて来たんだろう。分かるよ。彼はとても綺麗だ」
「おっ俺は……あなたみたいな趣味はない」
「ははっまだまだ子供だと思っていたが、目覚めたんだね」
「……」
違う! そんなはずはない!
そう思うのに、完全に否定できないなんて。
薙の強気な瞳、表情にそそられて……無理矢理押し倒し、啼かしてみたいと思ったことは本当になかったか。そう問われれば、やましい気持ちが溢れ出る。
「ははは……お前は賢い子だよ。全部分かっているんだな。なぁ俺はスイさんが欲しい。お前はその息子が欲しいんだな。面白いもんだな。血が繋がっていなくても……そんなところが似るなんて」
「ちっ違う! そんなはずが……」
懸命に否定するが、抗えないものを感じた。
「そうだ、いい提案がある。なぁ一緒に手に入れないか。お互いに協力して……欲しいものをさ」
これは……甘い悪魔の囁きだ。
父さんと翠さん、俺と薙。
この二組は、絶対に出逢ってはいけなかった。
つまり、遭ってはいけなかったのだ。
運命は真っ逆さまに急降下していく。
俺は……犯罪に手を貸すことになるかもしれない。
『出逢ってはいけない』 了
あとがき (不要な方はスルーして下さい)
****
志生帆 海です。
いつも読んでくださってありがとうございます。ふぅ……それにしても、やっと『出逢ってはいけない』の段が終わりました。しかもまたこんな不穏すぎる展開で……もう本当に自分の性癖ってどうなっているのと冷や汗です。
一般ウケしない話ばかり書いていて、どんどん読者さまから引かれているかもしれませんよね。でもやっぱりずっと自分の書きたいものを書くといスタンスでやってきたので、このまま突っ走ります(苦笑)
もちろん最後は甘い甘いハッピーエンドが合言葉です!
いろんな障害を乗り越えていく人間模様を描いてみたいので、どうかご容赦ください……
切なく危ない展開ばかり(今回はダブルでピンチですし)ですが、頑張って書き切ります。
「あぁそうだね。その方がいい」
居辛い雰囲気だったので、途中で俺は席を外した。でもやっぱり話の内容が気になって、こっそり立ち聞きしてしまった。
今日訪ねて来た袈裟姿の男性は、父さんのお兄さんの達哉さんだった。葬式でやっと顔を合わせたんだ。
父さんは、母の家の婿養子になっていたので、これまで父さんの実家とはほとんど行き来がなかった。つまり俺の名前「岩本 拓人」の「岩本」は母親の姓ってわけさ。
ようやく交流を持てたのは、このマンションに父さんの両親が隠居してからだ。裏を返せば、それほどまでに父さんは達哉さんから良く思われていなかったということだよな。
しかも、まただ。また『月影寺』を警告された。
もう確実だ。『スイさん』とは、薙のお父さんだ。
一体父さんと何があったのか。こんなに何度も近づくなと警告されるなんて。
****
悪いことは続くものだ。
世の中には良いタイミングと悪いタイミングがある。
今日はまさに後者だ。きっと今日の出逢いを、後々悔やむことになるだろう。
退院した父から呼び出しがあり、俺は学校帰りに直接指定された場所に向かった。まだ少し時間が早かったので、待ち合わせのベンチの前にあった書店で時間を潰していた。
ふと聞き慣れた声に誘われるように振り向くと、薙ともう一人、驚くほど綺麗な男性が立っていた。
慌てて俺は物陰に隠れた。だって父さんが近くまで来ているのにまずいじゃないか。父さんはこの前、薙に異常なまでの関心を持っていた。今日の呼び出しだって、きっとそのことだ。
俺には薙を売るような真似はできない。だから何を聞かれても教えないつもりだったのに……その決心が揺らぎ出した。
薙がその美しい男性と楽しそうに、砕けて話す笑顔に驚いた。
そんな寛いだ表情……俺には見せたことないのに、なんでだよ。
「洋さんは危なっかしいな。ほら貸して。荷物持つよ」
少しひねくれた薙は、俺と同じタイプの人間だと思っていた。きっと引き取られた父親宅でもあまり上手くいっていないのだと、決めつけていた。でもこの前から少しづつそれは俺の勝手な思い込みだったと思い始めている。
薙は父親にも叔父さんにも、今日一緒にいる洋さんという人にも、大切にされ愛されている……
なんだか、俺だけバカみたいだ。
話しかけることもせずに睨むように二人の後ろ姿を見送っていると、突然肩を叩かれた。
「やっぱり似ているね……あの子は」
ぞくっとするほど低い声だった。
「とっ……父さん」
「彼はお前と同じ制服を着ているな。それにあの隣りを歩く綺麗な青年には見覚えがあるぞ。そうだ……宮崎で会ったぞ。あぁそうだったのか、道理で似ているはずだ。あの制服姿の子はスイさんの息子か」
「え……なんで」
なんてことだ!
もう全部バレているんじゃないか!
結局……こうなる運命だったんだ。
薙を守ってやりたいと、微かに残っていた気持ちはそこで消滅した。
「父さんは……スイさんがそんなに欲しいのですか」
思い切って問いかけた。父は一瞬驚いたようだったが、すぐに不敵に笑った。
「ははっ、お前はやっぱり全部理解していたんだな。じゃあ……そういう拓人、お前は、あの少年が欲しいのか」
「え……」
思いもかけないことを言われて、ビクッと震えてしまった。そんなこと考えたこともなかった。
「私に見せびらかしたくて、この前病院まで連れて来たんだろう。分かるよ。彼はとても綺麗だ」
「おっ俺は……あなたみたいな趣味はない」
「ははっまだまだ子供だと思っていたが、目覚めたんだね」
「……」
違う! そんなはずはない!
そう思うのに、完全に否定できないなんて。
薙の強気な瞳、表情にそそられて……無理矢理押し倒し、啼かしてみたいと思ったことは本当になかったか。そう問われれば、やましい気持ちが溢れ出る。
「ははは……お前は賢い子だよ。全部分かっているんだな。なぁ俺はスイさんが欲しい。お前はその息子が欲しいんだな。面白いもんだな。血が繋がっていなくても……そんなところが似るなんて」
「ちっ違う! そんなはずが……」
懸命に否定するが、抗えないものを感じた。
「そうだ、いい提案がある。なぁ一緒に手に入れないか。お互いに協力して……欲しいものをさ」
これは……甘い悪魔の囁きだ。
父さんと翠さん、俺と薙。
この二組は、絶対に出逢ってはいけなかった。
つまり、遭ってはいけなかったのだ。
運命は真っ逆さまに急降下していく。
俺は……犯罪に手を貸すことになるかもしれない。
『出逢ってはいけない』 了
あとがき (不要な方はスルーして下さい)
****
志生帆 海です。
いつも読んでくださってありがとうございます。ふぅ……それにしても、やっと『出逢ってはいけない』の段が終わりました。しかもまたこんな不穏すぎる展開で……もう本当に自分の性癖ってどうなっているのと冷や汗です。
一般ウケしない話ばかり書いていて、どんどん読者さまから引かれているかもしれませんよね。でもやっぱりずっと自分の書きたいものを書くといスタンスでやってきたので、このまま突っ走ります(苦笑)
もちろん最後は甘い甘いハッピーエンドが合言葉です!
いろんな障害を乗り越えていく人間模様を描いてみたいので、どうかご容赦ください……
切なく危ない展開ばかり(今回はダブルでピンチですし)ですが、頑張って書き切ります。
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