重なる月

志生帆 海

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12章

出逢ってはいけない 18

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 張矢 翠。

 彼は俺の中学と高校の同級生だった男だ。そして同じ北鎌倉で、今は住職を引き継いだ若手同士ということで、一時期途絶えていた交流が最近復活していた。だからといって、前のように戻れたわけではない。

 俺の弟が翠にしてしまった強姦未遂事件と恐喝事件を、警察沙汰にせず済ませてもらった負い目もあり、二人の間に暗い影を落としていた。

 それにしてもその当事者の翠がわざわざ立ち寄るなんて、また何かあったのかと不安になるな。

 俺の横に立つ袈裟姿の翠。その変わらない美しい容姿を見ると、ため息をついてしまう。

 お前……また一段と色気が増した?

 もう俺たち四十前だよな。なのに何だろう……この翠の色香は。袈裟姿が禁欲的にすら見えてくる。克哉がこの翠に惹かれてしまったことは、身内として恥ずべきことなのに、今日の俺は少しだけ克哉に同情したくもなった。

 抗えない引力だ……これじゃ。

「なんで翠が今更、克哉のことを?」
「うん……夏休みに宮崎でちらっと克哉くんに会ったというのは話したよな」
「あぁそんなこと言ってたな」
「それで、彼が今現在どういう状況なのか知りたくて。葬儀の時は入院中だと聞いたから」
「……そうか……あいつは最近やっと退院して、今は独り暮らしをしているそうだよ」
「退院……お子さん達は? 」
「都内の奥さんの実家に引き取られたそうだ」
「そうなのか……」

 実のところ俺も詳細は知らない。

 あいつはあの事件以降、東京に追いやられ半ば無理矢理、結婚させられた。両親が必死になって克哉を真っ当なレールに乗せようとやっきになっていたからな。そもそも翠には言えないが……勘当といっても真相はどうだか。両親は次男の克哉を溺愛していたし。俺や月影寺の手前そうせざる得なかったのだろう。
 
「何かアイツのことで気になることでもあるのか」
「ん……ちょっと」
「なんだよ? ちゃんと話しておけよ。なにか起きてからでは遅いのだから」
「いや、僕の考えすぎだ……」
「そうか」
「お子さんは二人だったよね? 」
「いや、三人だぞ。奥さんの連れ子がいたからな」
「……そうだったのか」

 話はそこまでだった。

 翠は確信もないことを口にしない男だから、もう何も聞いてこなかった。

 それにしてもどうして今更、翠が克哉の子供のことを気にするのか分からない。皆、奥さんの実家に引き取られたと聞いたぞ。それでいいと思う。あの克哉に子育てなんて無理だ。アイツにそんな親らしいことは出来ない。


****

 翠が訪ねてきた数日後、俺は三カ月ぶりに隠居した両親のマンションに立ち寄った。翠のために一応克哉の現住所を知っておこうと思ったから。

 あんな事件を起こした克哉を当初庇おうとした両親と俺とは疎遠になっている。だから隠居してからは、俺はほとんど両親に関与していない。俺が知らない所で克哉家族と仲良くやっていたのも知っている。克哉の車が事故に巻き込まれた時、克哉の子供たちが北鎌倉の実家に預けられていたなんて、初耳だったしな。
 
 まぁいいさ、勝手にやれば。
 翠に危害を加えないなら、もう勝手にすればいい。

 マンションのインターホンを押すと、若い少年の声がしたので驚いた。

「はい? 」
「お前……誰だ? 」
「えっ? あの……拓人です」
「拓人って……」

 一瞬分からなかった。拓人というのは、あっ克哉の息子だ。
 といっても血が繋がらない連れ子だ。その彼が何故ここにいるんだ?


****

「すみません、手を離してください!」
「そんなこと言わないで、お茶しよーよ」
「……遠慮しますっ」

 そんな押し問答が横浜の駅ビルの本屋に入るなり、聞こえて来た。
 なんだ? 男同士でナンパかよ! はっ呆れるな。

「ちょっといい加減に……」

 嫌悪感たっぷりの声だ。あ……この声には、聞き覚えがあった。

(……もしかして洋さん?)

 慌てて駆け寄ると、洋さんが見知らぬ男性に腕を掴まれ、困っていた。

「あっ薙くん」
「おい! おっさん放せよっ、人呼ぶぞ」

 そう脅すと、気弱そうな男はそそくさと逃げて行った。

「ふぅ……助かったよ」
 
 洋さんは心底ほっとした表情を浮かべ……でもその反面、掴まれた腕を忌々しく見つめていた。

「なんか危なっかしいな」
「ごめん、なんかしつこくて……ちゃんと断ったんだけど」
「あんなんじゃ駄目だよ。図に乗るだけだ」
「そうか……薙くんは頼もしいな。俺はいつも君に助けてもらうね。ありがとう」

 洋さんがニコっと笑いかけてくれた。
 こんな風に素直に褒められると、照れてしまう。

 まったくこの人は憎めないタイプだよな。月影寺で、丈さんはもちろんだが、父さんや流さんに可愛がられている理由が分かるような気がする。
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