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12章
出逢ってはいけない 16
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「拓人くん、お願いよ。月影寺には、翠さんには絶対に近づかないで、あの男は疫病神だわ」
みつ子さんは無言で割れたカップを片付けだした。これ以上は話したくないようだった。
やっぱりそうなのか。なんだろう……さっき薙のおじさんが発した『スイ』という響きにストンと落ちるものがあった。
長年、母を悩ませていた相手の『スイ』とは、驚いたことに薙のお父さんだったのか。
俺は最初『スイ』という名前から、当然相手は母のような女性だと思っていた。だが小さい頃は漠然として分からなかった父の性癖について、中学生になってから気が付いてしまい、もしかしたら『スイ』は男かもと疑っていた。
あぁ……俺の勘は当たってしまったのか。それにしても、なんてことだ。まさかこんな身近にいたなんて!
だからなのか……スイさんにそっくりな薙の後ろ姿に、父が過剰反応したのも納得だ。
俺……明日から薙とどう接したらいい? 母がずっと憎んでいた相手の息子だったなんて。
俺が薙を父に逢わせようとしたのも、天国の母の差し金なのか。
母さん……一体何を望んでいる? 俺に何をして欲しい。
薙も含めて、スイさんをめちゃくちゃにしてしまえと?
そんな声が聞こえてくるようで、自分が考えていることが怖くなり震えた。
****
僕はどうしていつも間が悪いのだろう。
薙からの拒絶は、昨夜から少し改善したかもという淡い期待を打ちのめすもので、思ったよりダメージが深かった。だから大人げなく話の途中で背を向け、流に呼び止められたにも関わらず、無視して自室に戻って来てしまった。
「はぁ……僕は馬鹿だ」
自嘲ぎみに笑って、ペタンと畳の上に座り込んだ。
この稲荷寿司弁当は、薙が幼い頃、北鎌倉に帰省した時に気に入っていたものだった。老舗のよく味のしみた油揚げが美味しくて、小さな薙もモグモグと美味しそうに食べてくれていた。木漏れ日の中、この寺の中庭にゴザを敷いて、彩乃さんとピクニックもした。
きっと彩乃さんに会ったばかりで、彼女との数少ない憩いの日々を追憶したからだ。彼女と別れ、実の弟と……許されない道を進んでいるのに、更に息子との幸せも求めて……僕は欲張りな人間なのだ。
あれもこれも欲しくなって、きっと罰があったたのだな。
「兄さん、入りますよ」
「あっ、流……」
流が心配そうに部屋に入ってきた。追いかけてきてくれたのだ。
「やっぱり、今……自分を責めていただろう」
「なんで……」
「兄さんの考えていることなんて分かるさ。欲張りすぎたと思っているんだろう」
「えっ」
なんで分かるのか……それは図星で、困惑してしまう。
「兄さんはもっと貪欲に幸せを求めてもいいんだ。どんだけ今まで自分を犠牲にしたと? 」
「流……そんな、僕はそんな立場じゃない」
「全くいつもいつもそうだ。いい加減に目を覚ましてくれよ。兄さんが俺のためにこれ以上犠牲になるのはもう絶対にイヤなんだ。全部俺のせいだ。今日のことだって……」
弟の流……僕の愛した男の流。
流は僕の欲しかった言葉を、こうやって惜しみなく注いでくれる。
だから今までひとりで我慢していたことが、我慢できなくなるよ。
そんなに優しく守られると……
「さぁ機嫌を治して。下に行って昼食にしよう。さっきは俺が余計なこと言って、タイミング悪かったんだ。ごめんな」
流が僕の手を引いて立たせてくれ、軽く抱きしめてくれた。
もうそれだけで十分だ。
この先何があっても……やっぱり僕が守りたいのは流だと思った。
みつ子さんは無言で割れたカップを片付けだした。これ以上は話したくないようだった。
やっぱりそうなのか。なんだろう……さっき薙のおじさんが発した『スイ』という響きにストンと落ちるものがあった。
長年、母を悩ませていた相手の『スイ』とは、驚いたことに薙のお父さんだったのか。
俺は最初『スイ』という名前から、当然相手は母のような女性だと思っていた。だが小さい頃は漠然として分からなかった父の性癖について、中学生になってから気が付いてしまい、もしかしたら『スイ』は男かもと疑っていた。
あぁ……俺の勘は当たってしまったのか。それにしても、なんてことだ。まさかこんな身近にいたなんて!
だからなのか……スイさんにそっくりな薙の後ろ姿に、父が過剰反応したのも納得だ。
俺……明日から薙とどう接したらいい? 母がずっと憎んでいた相手の息子だったなんて。
俺が薙を父に逢わせようとしたのも、天国の母の差し金なのか。
母さん……一体何を望んでいる? 俺に何をして欲しい。
薙も含めて、スイさんをめちゃくちゃにしてしまえと?
そんな声が聞こえてくるようで、自分が考えていることが怖くなり震えた。
****
僕はどうしていつも間が悪いのだろう。
薙からの拒絶は、昨夜から少し改善したかもという淡い期待を打ちのめすもので、思ったよりダメージが深かった。だから大人げなく話の途中で背を向け、流に呼び止められたにも関わらず、無視して自室に戻って来てしまった。
「はぁ……僕は馬鹿だ」
自嘲ぎみに笑って、ペタンと畳の上に座り込んだ。
この稲荷寿司弁当は、薙が幼い頃、北鎌倉に帰省した時に気に入っていたものだった。老舗のよく味のしみた油揚げが美味しくて、小さな薙もモグモグと美味しそうに食べてくれていた。木漏れ日の中、この寺の中庭にゴザを敷いて、彩乃さんとピクニックもした。
きっと彩乃さんに会ったばかりで、彼女との数少ない憩いの日々を追憶したからだ。彼女と別れ、実の弟と……許されない道を進んでいるのに、更に息子との幸せも求めて……僕は欲張りな人間なのだ。
あれもこれも欲しくなって、きっと罰があったたのだな。
「兄さん、入りますよ」
「あっ、流……」
流が心配そうに部屋に入ってきた。追いかけてきてくれたのだ。
「やっぱり、今……自分を責めていただろう」
「なんで……」
「兄さんの考えていることなんて分かるさ。欲張りすぎたと思っているんだろう」
「えっ」
なんで分かるのか……それは図星で、困惑してしまう。
「兄さんはもっと貪欲に幸せを求めてもいいんだ。どんだけ今まで自分を犠牲にしたと? 」
「流……そんな、僕はそんな立場じゃない」
「全くいつもいつもそうだ。いい加減に目を覚ましてくれよ。兄さんが俺のためにこれ以上犠牲になるのはもう絶対にイヤなんだ。全部俺のせいだ。今日のことだって……」
弟の流……僕の愛した男の流。
流は僕の欲しかった言葉を、こうやって惜しみなく注いでくれる。
だから今までひとりで我慢していたことが、我慢できなくなるよ。
そんなに優しく守られると……
「さぁ機嫌を治して。下に行って昼食にしよう。さっきは俺が余計なこと言って、タイミング悪かったんだ。ごめんな」
流が僕の手を引いて立たせてくれ、軽く抱きしめてくれた。
もうそれだけで十分だ。
この先何があっても……やっぱり僕が守りたいのは流だと思った。
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