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12章
出逢ってはいけない 14
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「薙、昨日は無理やり付き合わせて悪かったな」
「いや、こっちこそ途中で帰ってごめん。お父さん無事退院したのか」
「……まぁな」
やっぱり拓人は怒っているのかな。朝から電話で話せたのは良いが、そのまま押し黙ってしまった。そこで、昨日洋さんとした約束を思い出した。
「そう言えばさ、この前から英語のテスト勉強を誰かに見て欲しいって言ってたよな」
「あぁ、中間がやばい点数だったからな」
「じゃあ、今日うちに来るか。英語を上手に教えてくれる人がいるんだ」
「え……薙の家? 初めてだな、そんな誘い」
「……ちょっと変な家だけど驚くなよ」
「行ったことないから楽しみだよ。どこで待ち合わせる? 」
「いつもの交差点まで迎えにいくよ」
「悪いな」
昨日約束したし父さんにも了解済みだし、いいよな。拓人をここに連れてきても。登下校の待ち合わせ場所まで拓人を迎えに行くと、少し緊張した面持ちで立っていた。
「何、緊張してんだよ」
「いや……あんまり友達の家って行ったことなくてさ」
「オレもだ」
なんで拓人なら大丈夫なのか。
不思議な気持ちだった。コイツはどこかオレと似ているから放っておけない。暫く無言で歩いて、月影寺への山門へと続く階段の前で立ち止まった。
「俺んち、ここ」
見上げると、石段は相変わらず苔蒸していて、山門まで随分遠く感じる。
「えっ薙の家がここ? ここお寺だけど? 」
「だから、俺の父さんはここの住職なんだ」
「へぇ……驚いた。そういえば俺が世話になっているじいさんも、昔……住職していたって言ってたな。世間は狭いな」
「そうなんだ、今は? 」
「もう隠居してる。俺は今マンション住まいだよ」
「そうなのか」
鎌倉や北鎌倉界隈に一体どんだけの数の寺があるのか、オレは知らないし興味がない。まぁ土地柄そういうこともあるのだろうと、その時は何も気にしなかった。
「なぁ、げつえいじ?って読むのか」
「いや、つきかげでら(月影寺)だよ」
「へぇ……聞いたことない」
「ははっ、奥まってるから目立たないんだよ」
ところが……そのまま離れに住んでいる洋さんの元へ行くと、丈さんがえらく不機嫌そうで、追い出されてしまった。
なんだよ、ちゃんと約束していたのに……洋さんのことになると目の色を変えるんだよな、あの人。
それにしても洋さんもさ、体弱すぎだろ。この前は貧血で倒れるし今日は熱か。でもあの日、真っ青になって蹲って辛そうだった洋さんを見ているから、無理強いは出来なかった。
あの人、弱々しすぎだ。だから丈さんが放っておけないんだな。
男と男で付き合うとか……オレにはよくわかんない世界だけど、ひとつ分かったのは、今日オレが無遠慮に訪問した家は、彼らにとって守りたい空間だってこと。
ふたりの邪魔をしたんだ、オレ……。
拗ねたい気持ちと、悪かったという気持ちが交差していく。
「悪かったな、拓人」
「あ? 気にすんなって、でもせっかくだから一緒に勉強しないか」
「そうしよう。オレの部屋でいいか」
母屋まで行くと、流さんが作務衣姿で薪を割っていた。おっと随分勇ましい姿だ!
「おー薙と……昨日の友達だな。洋くんに勉強をみてもらうのか」
「それが今日は洋さんがダウンしちゃって」
「あー洋くん熱か。昨日頑張ったから疲れたんだろうな」
「うん、そうみたい。あのさ、流さんは英語できる? 」
「俺か。洋くんほどじゃないけど出来るぜ」
「じゃあ、ちょっと教えて欲しいんだけど」
「了解! あとで薙の部屋に行くよ。もう少し薪割ってからな」
作務衣の胸元から逞しい筋肉がついた胸がちらっと見えて、何故かドキッとしてしまった。
うん、やっぱり流さんはかっこいい!
「なぁ今の人、薙の叔父さん? 」
「そうだよ。父さんの弟」
「へぇカッコいいじゃん」
「だろっ」
流さんのことを褒められるのは、嬉しかった。
****
「兄さん、薙の友達が来ていますよ」
克哉くんの存在に怯える心を静めたくて読経をあげていると、庭先から声がした。
見ると流は作務衣姿だった。あれからずっと薪を割っていたらしく、うっすら額には汗が浮かび、精悍さが引き立って見えた。それに動き回ったらしく作務衣の胸元が少しはだけて、逞しい筋肉がついた胸筋が上からだとよく見えるので、動揺してしまった。
あの逞しい胸に、いつも僕は抱かれている。
そんな不謹慎なことを考えてしまう自分に、苦笑してしまった。
「……そうなのか」
「俺に英語教えてくれって言ってるけど、兄さんの方が英語よく出来るよな」
「ははっ、いつの話をしているんだ。もう忘れてしまったよ。毎日読経ばかりで」
「くくっ昔は俺に教えてくれていたのに」
「大昔だよ。薙の勉強を見てくれるのか」
「そのつもりだが」
「ふっ……流がちゃんと教えられるか、兄として心配だな」
「言ったな」
流と話していると、なんでこんなにも心が落ち着くのか。
昔、流と和やかに話せない時期が長く続いた。
あの時は本当に辛くて寂しかった。
でもその経験があるからこそ、今この瞬間が愛おしく感じるよ。
「いや、こっちこそ途中で帰ってごめん。お父さん無事退院したのか」
「……まぁな」
やっぱり拓人は怒っているのかな。朝から電話で話せたのは良いが、そのまま押し黙ってしまった。そこで、昨日洋さんとした約束を思い出した。
「そう言えばさ、この前から英語のテスト勉強を誰かに見て欲しいって言ってたよな」
「あぁ、中間がやばい点数だったからな」
「じゃあ、今日うちに来るか。英語を上手に教えてくれる人がいるんだ」
「え……薙の家? 初めてだな、そんな誘い」
「……ちょっと変な家だけど驚くなよ」
「行ったことないから楽しみだよ。どこで待ち合わせる? 」
「いつもの交差点まで迎えにいくよ」
「悪いな」
昨日約束したし父さんにも了解済みだし、いいよな。拓人をここに連れてきても。登下校の待ち合わせ場所まで拓人を迎えに行くと、少し緊張した面持ちで立っていた。
「何、緊張してんだよ」
「いや……あんまり友達の家って行ったことなくてさ」
「オレもだ」
なんで拓人なら大丈夫なのか。
不思議な気持ちだった。コイツはどこかオレと似ているから放っておけない。暫く無言で歩いて、月影寺への山門へと続く階段の前で立ち止まった。
「俺んち、ここ」
見上げると、石段は相変わらず苔蒸していて、山門まで随分遠く感じる。
「えっ薙の家がここ? ここお寺だけど? 」
「だから、俺の父さんはここの住職なんだ」
「へぇ……驚いた。そういえば俺が世話になっているじいさんも、昔……住職していたって言ってたな。世間は狭いな」
「そうなんだ、今は? 」
「もう隠居してる。俺は今マンション住まいだよ」
「そうなのか」
鎌倉や北鎌倉界隈に一体どんだけの数の寺があるのか、オレは知らないし興味がない。まぁ土地柄そういうこともあるのだろうと、その時は何も気にしなかった。
「なぁ、げつえいじ?って読むのか」
「いや、つきかげでら(月影寺)だよ」
「へぇ……聞いたことない」
「ははっ、奥まってるから目立たないんだよ」
ところが……そのまま離れに住んでいる洋さんの元へ行くと、丈さんがえらく不機嫌そうで、追い出されてしまった。
なんだよ、ちゃんと約束していたのに……洋さんのことになると目の色を変えるんだよな、あの人。
それにしても洋さんもさ、体弱すぎだろ。この前は貧血で倒れるし今日は熱か。でもあの日、真っ青になって蹲って辛そうだった洋さんを見ているから、無理強いは出来なかった。
あの人、弱々しすぎだ。だから丈さんが放っておけないんだな。
男と男で付き合うとか……オレにはよくわかんない世界だけど、ひとつ分かったのは、今日オレが無遠慮に訪問した家は、彼らにとって守りたい空間だってこと。
ふたりの邪魔をしたんだ、オレ……。
拗ねたい気持ちと、悪かったという気持ちが交差していく。
「悪かったな、拓人」
「あ? 気にすんなって、でもせっかくだから一緒に勉強しないか」
「そうしよう。オレの部屋でいいか」
母屋まで行くと、流さんが作務衣姿で薪を割っていた。おっと随分勇ましい姿だ!
「おー薙と……昨日の友達だな。洋くんに勉強をみてもらうのか」
「それが今日は洋さんがダウンしちゃって」
「あー洋くん熱か。昨日頑張ったから疲れたんだろうな」
「うん、そうみたい。あのさ、流さんは英語できる? 」
「俺か。洋くんほどじゃないけど出来るぜ」
「じゃあ、ちょっと教えて欲しいんだけど」
「了解! あとで薙の部屋に行くよ。もう少し薪割ってからな」
作務衣の胸元から逞しい筋肉がついた胸がちらっと見えて、何故かドキッとしてしまった。
うん、やっぱり流さんはかっこいい!
「なぁ今の人、薙の叔父さん? 」
「そうだよ。父さんの弟」
「へぇカッコいいじゃん」
「だろっ」
流さんのことを褒められるのは、嬉しかった。
****
「兄さん、薙の友達が来ていますよ」
克哉くんの存在に怯える心を静めたくて読経をあげていると、庭先から声がした。
見ると流は作務衣姿だった。あれからずっと薪を割っていたらしく、うっすら額には汗が浮かび、精悍さが引き立って見えた。それに動き回ったらしく作務衣の胸元が少しはだけて、逞しい筋肉がついた胸筋が上からだとよく見えるので、動揺してしまった。
あの逞しい胸に、いつも僕は抱かれている。
そんな不謹慎なことを考えてしまう自分に、苦笑してしまった。
「……そうなのか」
「俺に英語教えてくれって言ってるけど、兄さんの方が英語よく出来るよな」
「ははっ、いつの話をしているんだ。もう忘れてしまったよ。毎日読経ばかりで」
「くくっ昔は俺に教えてくれていたのに」
「大昔だよ。薙の勉強を見てくれるのか」
「そのつもりだが」
「ふっ……流がちゃんと教えられるか、兄として心配だな」
「言ったな」
流と話していると、なんでこんなにも心が落ち着くのか。
昔、流と和やかに話せない時期が長く続いた。
あの時は本当に辛くて寂しかった。
でもその経験があるからこそ、今この瞬間が愛おしく感じるよ。
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