重なる月

志生帆 海

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12章

出逢ってはいけない 13

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「翠、何があっても、もう一人で突っ走るな」
「……流……ありがとう。うん、分かっているよ。僕の躰は、もう流のものでもあるからな」
「そうだ。何かあった時は、必ず俺を呼べ」

 肩に置かれた流の逞しい手。その重みと温かさが今は心地良い。

 今度、達哉に会ったら、それとなく聞いてみよう。克哉くんの容態とその後を……あの日以来、克哉くんは建海寺を勘当されそのまま家を出され、寺は継がずにサラリーマンをしているとは聞いていた。僕の方が全く興味がなかったので、それ以上のことは聞かなかった。あの宮崎で会う迄は、意識の底に葬っていた相手だった。

 なのに宮崎で再会し、その後、彼の奥さんの訃報。
 何故だか嫌な足音が聞こえるようで恐ろしくなる。
 今、こうやって過ごしている平穏な時にも、時折感じる不安だった。

 でも……もう僕は以前とは違う。
 
 この夏ようやく流と結ばれて、遠回りしたが幸せを手に入れたばかりだ。
 克哉くんにはもう関わりたくない。この日々を絶対に守り抜きたい。


****

「誰だ?」
「あっ丈さん、薙です。洋さんいますか」

 離れのドアを開けると、薙とその横に見慣れぬ少年が立っていた。

 一体……誰だ?

 この寺に見知らぬ人物を簡単に踏み込ませないで欲しいと思った。だから不機嫌に答えてしまう。

「……洋に何か」
「あっ今日、勉強を見てもらう約束をしていて、その、友達も一緒に」
「……」

 翠兄さんには悪いが、随分と不躾だと思った。この離れは私たちの城で、部外者に簡単に入って来て欲しくない。薙には悪いが、君たちは侵入者だと思った。

「あの……?」

 薙は悪びれることもなく部屋の中を覗き込もうとしたので、私は彼らと一緒に外に出て、ドアをバタンと音を立てて閉めた。

「洋は風邪をひいて眠っている。だから今日は無理だ。勉強なら流兄さんにでもみてもらうといい」

「……そうなんだ。ふーん、分かったよ。オレ……丈さんはもっと親切だと思っていたよ」

 捨て台詞を吐いて、薙は拗ねたように背を向けた。
 大人げないことをしてしまったか……だが、しょうがない。

 どうやら私は洋との生活を脅かす存在については、徹底的に排除したくなる癖があるようだ。

 部屋に戻ると、洋が慌てて服を着ていた。

「あれっ帰っちゃったの? 丈、あの冷たい言い方はなんだよ。俺が英語を教えてやるって、約束していたのに」
「……洋は熱がある」
「心配症だな。こんなの微熱だろう」
「はぁ……洋、お願いだ。心配かけないでくれ。勉強なら洋じゃなくても大丈夫だ。それよりお前はこじらすと気管支炎になりやすいんだし……もっと自分を大切にしてくれ。ここは洋と私の城なんだ。誰にも踏み込ませたくない」

 私としたことが何故こんなにムキに、感情的になってしまうのか。
 
「丈……どうした?」

 洋が私の様子が変だと思ったのか、労わるような声を出した。

「あぁすまない。なんだかこの寺の敷地に見知らぬ少年がいたのが気になって……」
「あ……彼は薙くんの親友みたいだね。あの薙くんがここまで連れてくるなんて、よっぽど仲いいんだね。そんな友達が出来てよかったな」

 洋は無邪気に喜んで嬉しそうに言うが、私は気になってしまう。
 そんな私を察してか、洋の方から軽いキスをしてくれた。

「あっ……キスはまずかったか。風邪うつるかな?」

 いたずらに笑う甘い笑顔。
 この笑顔を守るためなら、私は鬼にもなれるだろう。
 
「寂しかったのは……私の方かもしれないな。当直の後は、洋が恋しくて堪らない」
「俺もだよ。夜中に起きて、丈がいないのが寂しかった」
「だからソファで?」
「うん、夢を見てね。その話を丈にしたかったんだ」

 夢……嫌な夢じゃないといいが。

「なんの夢だ?」
「父の夢を……あっ実の父だよ」
「それは珍しいな」
 
 それを聞いてホッとした。

「うん、顔もろくに覚えていなかったのに、夢の中では動いて喋って、笑ってくれたんだ」
「そうか……」
「ハンバーグを俺に作ってくれていた」

 そこであのハンバーグと結びつくのか。

「なるほど、昨日のハンバーグが呼んだんだな」
「父さんのハンバーグが好きだった。好物だった。そんなことも俺は忘れて……」

 そう呟く洋は幼い子供のように、心もとなく寂し気だった。

「忘れたんじゃないだろう。洋はまだ幼かった。記憶とはそういうものだ」
「ん……でも……俺……申し訳なくて……」
「そんなこと言うもんじゃない。天国のお父さんも洋が頑張ってハンバーグを作っているのを見て、微笑ましく思ったはずだ」
「そうかな。俺が父さんに似たら、もっと料理上手で、丈のために色々作って、丈の負担を減らせたのにな」
「おいおい、これ以上私の仕事を取り上げないでくれよ」

 ソファにもたれながら、過ぎ去りし日々を追憶する洋。

 遠い過去を思い出すほど、洋の心は解放されている。それは嬉しいことだが、こういう風に寂しく悲しい思いもしてしまうだろう。

 そんな時は、いつも隣にいてやりたい。

 洋の感情のすべてを理解できるわけではないが、隣にいてあげることは、出来るのだから。



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