重なる月

志生帆 海

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12章

出逢ってはいけない 5

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 遠目にも流さんのことは、すぐに分かった。

 雑踏の中で一際高い身長。落ち着いた中にもワイルドな雰囲気で、本当にいい男だよな。

 あーオレも父さんじゃなくて流さんに似たら、男らしくてカッコいいと言われただろうに。店のショーウィンドウに映る自分の顔を見て、小さなため息を漏らした。

「流さん、お待たせ! 」
「おう、薙、早かったな」
「まぁね」
「ふっ本当に都会っ子だな。お前」

 流さんがハンドタオルで額の汗を拭いてくれた。その慣れた仕草にドキッとした。流さんって、やっぱり彼女いるよな。こうやっていつもうまくリードするんだろうな。あーなんか、モヤっとする。

「いいよ。子供扱いすんなよっ」
「いいから、ほら汗、拭いておけよ。風邪ひくぞ」
「……大丈夫だ」
「さぁ帰ろう」

 帰ろうか……今は、その響きが心地良いな。ずっと鍵っ子だったので、誰かとこんな風に肩を並べて家に帰ることなんて、なかった。

 北鎌倉に移り住んでから、意外と自分が情に脆いことを知る。

「人が多くて都会は肩が凝るな~だが俺だって小学校は都内だったんだぞ」
「そうなの? 」
「そうそう、婿養子の父さんが急に寺を継ぐことになって、家族で北鎌倉に隠居したってわけさ」
「そうだったんだ。うん、確かにここに比べたら、あっちは随分田舎に感じるな」
「薙もやっぱりそう思ったか」
「まぁね」

 そうだったのか。父さんも流さんも都内で暮らしたことがあるのか。オレと同じように中学生の頃、北鎌倉に移り住んだ父さんは、最初から寺を継ごうと思っていたのかな。正直、今のオレには寺を継ぐなんてまっぴらだ。でも一度、その辺りの話を父さんには聞いてみたいと思った。あれ……オレ、父さんの気持ちに興味が出て来たのかな。

「ほら、ボケっとしてると迷子になるぞ」
「どっちが」
「ははっ」

 ところが、笑いながら通りかかったデパートの店舗前のショーウィンドウに見慣れた人の顔を見つけて、驚いてしまった。

「えっあれって! 」
「なんだ? 薙……急に大きな声出して」
「だって……あれ、洋さんじゃ」

 オレが指差した広告を見て、流さん納得した顔をした。

「なんだ、洋さんってモデルだったの?  道理で綺麗すぎるって思っていた」
「いや違うよ。あれは洋くんの従兄弟の涼くんだよ」
「従兄弟?  だって顔そっくり過ぎない? 」
「それは母親同士が双子だそうだよ」
「へぇ知らなかった。オレ、雑誌とか見ないから気が付かなかったよ」
「そのうち、彼……きっと月影寺に遊びに来るから紹介してやるよ。薙と一番年が近いし、仲良くなれそうなタイプだろう」
「へぇ何歳なの?」
「18歳か19歳だったような」
「え? じゃあ洋さんって一体何歳なの」
「もう28歳じゃないか」
「え──っ!! 」

 驚いた。オレの父さんも、とても中学生の父親には見えないけどさ、洋さんも年齢不詳だよ。

「なんか月影寺には老けない魔法でも? 」
「プッ、お前かわいーこーと言うのな、よしよし」

 自分でも馬鹿なことを言ったと思ってる。でも本気で思ったよ。もちろんその中に流さんも入っているけど、それは内緒だ。

 流さんも若いよ。エネルギーで満ちている感じ。

 本当にオレのあこがれだ。


****

「薙。お帰り」

 寺に着くと、事前に帰宅の連絡を受けていた父が山門まで迎えに来てくれていた。こんな風に父が迎えてくれるのは、今までも何度かあったが、今日は少し嬉しく感じた。というのも拓人のお父さんに声だけで嫌悪感を覚えたせいなのかもしれない。拓人には悪いが……本気でゾクっと鳥肌が立ったんだ。

「……ただいま、父さん」

 そう答えると、父さんが少し照れくさそうに嬉しそうに微笑んだ。まったくこれ位でそんなに嬉しそうな顔すんなよ。こっちが照れる。気恥ずかしさから山門への階段をオレは駆け上った。

「先に行ってるから!」
「うん、分かった。手を洗っておいで。すぐに夕食にしよう」

****

「流、ありがとう。変わったことはなかった? 薙はどこへ行っていたんだ? 」

 二人きりになると、すぐに翠が聞いてきた。おそらくずっと気にしていたのだろう。

「一緒にいた友達のお父さんのお見舞いとやらで、病院に行っていたそうだ」
「何だって? 」
「あぁ、でも俺が電話したタイミングが良かったみたいで、見舞いはせずに帰ってきたようだが……何か気になることでも? 」
「いや……そういうわけじゃないが」

 そう言いながらも翠が不安げに表情を曇らせた。

「兄さんが不安に思う気持ち分かるよ。薙には真っすぐに成長してもらいたいもんな。余計なことに巻き込まれないように。少しでも嫌な予感がするのなら回避させてやりたいしな」
「そうなんだ……でもそんな用事で、あの少年は薙を誘ったのか」
「みたいだな。調べてみるか」
「いや、薙に直接聞いてみるよ」
「まぁこそこそするのもあれだな。正面突破していくんだろう。兄さんは、これからは逃げないで」
「流……」

 お互い見つめ合った。
 それだけで心が通じる。

「あっそういえば兄さん、夕食って一体何を作ったんだ? 」
「え……っと……ハンバーグ?らしきもの」
「へぇ、兄さんが作ったのか。驚いた」
 
 お世辞にも翠の料理は、上手とはいえない。
 確かハンバーグなんて作ったこともないはずだ。

「うーん正確には僕だけじゃなくて、洋くんが言い出して……」

 兄さんはどこか愉快そうに笑っていた。
 うわっ、洋くんまで関与してるのか。
 ますます……期待できそうもない。

「兄さん、楽しそうですね」
「そう? 洋くんは可愛いね。本当にあの顔で……あんなに不器用なんて詐欺だよ」
「……」

 うーん、それは翠もなんだけどな。
 でも、優しい俺は、その言葉は呑み込んでおいた。

 さてと毒見しにいこうか。
 きっと真っ黒こげなハンバーグを。






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