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12章
出逢ってはいけない 4
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「なぁ拓人……やっぱり……オレ、帰るよ」
説明によると、彼の両親は夏の終わりに交通事故に遭い、父親だけが生き残り……大怪我で入院していたが、漸く今日、退院するそうだ。
だから拓人は挨拶をしに来たらしいが、そんなややっこしいシーンに立ち会うなんて面倒臭いと思うのが、正直なところだった。
「待ってくれよ。薙には厄介なこと押し付けていると理解している。変なことに付き合わせてごめんな。でも、俺どうしても……ひとりで会いたくなくて」
拓人は今にも泣きそうな顔をしていた。もしかして……
「お前、お父さんと上手くいってないのか」
「……そうなんだ。俺だけ鎌倉の祖父母宅を選んだのもそれが理由だ」
「そうだったのか」
ふと……そう思った。オレも父さんとふたりきりで会うのが嫌で、いつも流さんも一緒じゃなきゃ会わないと我儘を言ってたから、その気持ち、少しは分かる。
あー、でもそれとこれとは別だ。父親と上手くいっていない理由を聞いてあげた方がいいのかもしれないが、オレにはまだその余裕はないよ。
「とにかく病院までついて来てくれよ。頼む、この通りだ! 」
拓人が頭を下げるのでギョッとした。どうして、そこまで?
「拓人、オレに頭なんて下げるなよ」
「お兄ちゃん、何話しているの? 早くいこうよ~」
無邪気な妹の声に、オレの迷いが流され、結局、病室の前まで来てしまった。はぁ……拓人のお父さんってどんな人だ? 奥さんを亡くしたばかりなんだろ。辛気臭いのは苦手だよ。
「パパ~」
拓人の妹が無邪気に、ピシッと閉められたクリームイエローのカーテンを潜り抜けていった。
「あらまぁ、あの子ったら。さぁ薙くんもどうぞ」
すぐ後ろには拓人のおばあさんが立っていて、オレの背中を押してくる。逃げ場がないな。
「おぉユイが迎えに来てくれたのか、嬉しいな。お兄ちゃんはどうした? 」
「パパ、今日はすごいよ~パパをお迎えに大勢の人で来たのよ
「へぇおばあちゃんと玲だろ? 他に……誰かいるのか」
「タクトお兄ちゃんとそのお友達。すごくキレイな人」
「……珍しいな……拓人が来るなんて。じゃあキレイな人ってガールフレンドかな? 」
「ううん違うの~男の人だよ、お兄ちゃんのお友達だって」
「ほぅ、それはいいね」
ここまでの会話をカーテン越しに聞いて、何故かぞっと鳥肌が立ち、後ずさりした。
「薙、悪いな。妹が変なことを。なぁ……父さんに一緒に挨拶してくれないか。そしたら俺はもう帰れるから」
「え……いや……でも」
「いいからっ」
「ちょっと待てよ」
拓人も気まずそうな顔をしているが、オレのことを何故かどうしても紹介したいらしく、腕をギュッと掴んで来た。拓人らしくない強引さに戸惑っていると、ポケットのスマホが着信を知らせた。やばいマナーモードにしてなかった。
「あっちょっと待って。電話だ」
拓人に掴まれた手は痺れたように痛かった。全くどんだけの力で掴むんだよ。
画面表示を確認すると流さんからだったので、一気に脱力し、同時にホッとした。
よかった、流さんだ。
ジェスチャーで拓人に謝ってから、廊下に出て背を向けてズンズン歩き出した。流さんとの会話は誰にも聞かれたくない。
そのタイミングでカーテンが開いて、オレの後ろ姿をじっとみつめる視線には、気が付かなかった。
「もしもし、流さんどうしたの」
「おー薙か。今どこだ? 」
「……広尾にある日黄病院だよ」
「えっなんでそんなところに? 怪我でもしたのか。おい、大丈夫か」
「いや……ちょっとヤボ用で……」
「……とにかく、もう帰るぞ。お父さんから頼まれて、ちゃんと連れて帰ってくるように言われてる」
「父さんが……」
「あぁ、俺は今渋谷駅だ。そこの病院の門まで迎えに行くから待ってろ。車だと十分以内でつけそうだ」
「いやオレが駅まで行くよ。渋谷駅までの道ならバッチリだ。母さんと住んでいたから」
「そうか、じゃあ古典的に犬の銅像の前にしよう」
「くすっ、流さんも可愛いこと言うんだな」
「おい! 大人を揶揄うのか」
「すぐに行くよ」
とにかく……オレ、ここにはいたくない。
なんとなく、嫌な予感しかしない。
拓人には悪いが、流さんと帰りたい。
「悪い、叔父が迎えに来たんだ。用事があるからこれで帰るよ。また明日」
だから、そんな要件のみのメールで済ましてしまった。
****
どうやら兄さんの予感は、的中だな。
薙は何かに困っていたようで、珍しく縋るような声だった。
渋谷までの道が心配だが、俺が迎えに行くのを待てないほど、いたくない場所にいたってことか……まったく心配かけるなよ。
薙……お前は兄さんにそっくりな顔だから心配になるよ。
薙の到着を待ちながら、先ほど交わした兄さんとの会話を思い出していた。
兄さんはお前のこと、すごく心配していたぞ。
父性っていうものがどんなものか、俺には一生分からないが、兄さんがお前を想う気持ちを最大限尊重してやりたい。
****
月影寺・夕刻
「兄さん、どうしました? 少し読経の声が」
「えっ参ったな、流にはなんでもバレてしまうな」
「そりゃ、兄さんのことだけを、長年見てきましたからね」
本堂で読経を終えた翠に、つい話しかけてしまった。
なるべく人目がある場所では会話をしないようにしているが、いつもの澱みない翠の読経の声に、小さな変化を感じてしまったのだ。
「薙が心配なんですね」
「そうなんだ。気軽に行かせてしまったが大丈夫だろうか。あの友人は信頼できるのかとかとか、つい心配ばかり浮かんでしまって。もうあの子は中学生なのに」
「分かりますよ。そうだ、ちょうどこれから都内の画材屋に行こうと思っていたんです。よかったら一緒に帰ってきましょうか」
「本当か! そうしてもらえると助かるよ」
翠がほっと安堵した表情をみせてくれた。こんな表情をしてくれるのなら、どこへでも行くし、なんでもやってやる。
もう二度と曇らせたくないからな。
「ご住職、檀家さんが到着されました」
「分かった。今、行く」
「じゃあ、俺は渋谷で買いものをした後、薙を拾って帰ってきますよ」
「頼む。ありがとう、流」
住職として凛々しく励む翠の後ろ姿をじっと見つめた。
どんな翠も、全部好きになる。
父親としての翠も受け入れる。
そうしっかり自分に言い聞かせた。
説明によると、彼の両親は夏の終わりに交通事故に遭い、父親だけが生き残り……大怪我で入院していたが、漸く今日、退院するそうだ。
だから拓人は挨拶をしに来たらしいが、そんなややっこしいシーンに立ち会うなんて面倒臭いと思うのが、正直なところだった。
「待ってくれよ。薙には厄介なこと押し付けていると理解している。変なことに付き合わせてごめんな。でも、俺どうしても……ひとりで会いたくなくて」
拓人は今にも泣きそうな顔をしていた。もしかして……
「お前、お父さんと上手くいってないのか」
「……そうなんだ。俺だけ鎌倉の祖父母宅を選んだのもそれが理由だ」
「そうだったのか」
ふと……そう思った。オレも父さんとふたりきりで会うのが嫌で、いつも流さんも一緒じゃなきゃ会わないと我儘を言ってたから、その気持ち、少しは分かる。
あー、でもそれとこれとは別だ。父親と上手くいっていない理由を聞いてあげた方がいいのかもしれないが、オレにはまだその余裕はないよ。
「とにかく病院までついて来てくれよ。頼む、この通りだ! 」
拓人が頭を下げるのでギョッとした。どうして、そこまで?
「拓人、オレに頭なんて下げるなよ」
「お兄ちゃん、何話しているの? 早くいこうよ~」
無邪気な妹の声に、オレの迷いが流され、結局、病室の前まで来てしまった。はぁ……拓人のお父さんってどんな人だ? 奥さんを亡くしたばかりなんだろ。辛気臭いのは苦手だよ。
「パパ~」
拓人の妹が無邪気に、ピシッと閉められたクリームイエローのカーテンを潜り抜けていった。
「あらまぁ、あの子ったら。さぁ薙くんもどうぞ」
すぐ後ろには拓人のおばあさんが立っていて、オレの背中を押してくる。逃げ場がないな。
「おぉユイが迎えに来てくれたのか、嬉しいな。お兄ちゃんはどうした? 」
「パパ、今日はすごいよ~パパをお迎えに大勢の人で来たのよ
「へぇおばあちゃんと玲だろ? 他に……誰かいるのか」
「タクトお兄ちゃんとそのお友達。すごくキレイな人」
「……珍しいな……拓人が来るなんて。じゃあキレイな人ってガールフレンドかな? 」
「ううん違うの~男の人だよ、お兄ちゃんのお友達だって」
「ほぅ、それはいいね」
ここまでの会話をカーテン越しに聞いて、何故かぞっと鳥肌が立ち、後ずさりした。
「薙、悪いな。妹が変なことを。なぁ……父さんに一緒に挨拶してくれないか。そしたら俺はもう帰れるから」
「え……いや……でも」
「いいからっ」
「ちょっと待てよ」
拓人も気まずそうな顔をしているが、オレのことを何故かどうしても紹介したいらしく、腕をギュッと掴んで来た。拓人らしくない強引さに戸惑っていると、ポケットのスマホが着信を知らせた。やばいマナーモードにしてなかった。
「あっちょっと待って。電話だ」
拓人に掴まれた手は痺れたように痛かった。全くどんだけの力で掴むんだよ。
画面表示を確認すると流さんからだったので、一気に脱力し、同時にホッとした。
よかった、流さんだ。
ジェスチャーで拓人に謝ってから、廊下に出て背を向けてズンズン歩き出した。流さんとの会話は誰にも聞かれたくない。
そのタイミングでカーテンが開いて、オレの後ろ姿をじっとみつめる視線には、気が付かなかった。
「もしもし、流さんどうしたの」
「おー薙か。今どこだ? 」
「……広尾にある日黄病院だよ」
「えっなんでそんなところに? 怪我でもしたのか。おい、大丈夫か」
「いや……ちょっとヤボ用で……」
「……とにかく、もう帰るぞ。お父さんから頼まれて、ちゃんと連れて帰ってくるように言われてる」
「父さんが……」
「あぁ、俺は今渋谷駅だ。そこの病院の門まで迎えに行くから待ってろ。車だと十分以内でつけそうだ」
「いやオレが駅まで行くよ。渋谷駅までの道ならバッチリだ。母さんと住んでいたから」
「そうか、じゃあ古典的に犬の銅像の前にしよう」
「くすっ、流さんも可愛いこと言うんだな」
「おい! 大人を揶揄うのか」
「すぐに行くよ」
とにかく……オレ、ここにはいたくない。
なんとなく、嫌な予感しかしない。
拓人には悪いが、流さんと帰りたい。
「悪い、叔父が迎えに来たんだ。用事があるからこれで帰るよ。また明日」
だから、そんな要件のみのメールで済ましてしまった。
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どうやら兄さんの予感は、的中だな。
薙は何かに困っていたようで、珍しく縋るような声だった。
渋谷までの道が心配だが、俺が迎えに行くのを待てないほど、いたくない場所にいたってことか……まったく心配かけるなよ。
薙……お前は兄さんにそっくりな顔だから心配になるよ。
薙の到着を待ちながら、先ほど交わした兄さんとの会話を思い出していた。
兄さんはお前のこと、すごく心配していたぞ。
父性っていうものがどんなものか、俺には一生分からないが、兄さんがお前を想う気持ちを最大限尊重してやりたい。
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月影寺・夕刻
「兄さん、どうしました? 少し読経の声が」
「えっ参ったな、流にはなんでもバレてしまうな」
「そりゃ、兄さんのことだけを、長年見てきましたからね」
本堂で読経を終えた翠に、つい話しかけてしまった。
なるべく人目がある場所では会話をしないようにしているが、いつもの澱みない翠の読経の声に、小さな変化を感じてしまったのだ。
「薙が心配なんですね」
「そうなんだ。気軽に行かせてしまったが大丈夫だろうか。あの友人は信頼できるのかとかとか、つい心配ばかり浮かんでしまって。もうあの子は中学生なのに」
「分かりますよ。そうだ、ちょうどこれから都内の画材屋に行こうと思っていたんです。よかったら一緒に帰ってきましょうか」
「本当か! そうしてもらえると助かるよ」
翠がほっと安堵した表情をみせてくれた。こんな表情をしてくれるのなら、どこへでも行くし、なんでもやってやる。
もう二度と曇らせたくないからな。
「ご住職、檀家さんが到着されました」
「分かった。今、行く」
「じゃあ、俺は渋谷で買いものをした後、薙を拾って帰ってきますよ」
「頼む。ありがとう、流」
住職として凛々しく励む翠の後ろ姿をじっと見つめた。
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