重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
939 / 1,657
12章

明日があるから 5

しおりを挟む
 甘ったるい時を過ごしてしまった。

 こんな白昼堂々、翠を抱いてしまうなんて……どうかしている。
 
 昨夜……翠を部屋に帰した後ひとりで抜いたが、なんともいえないもどかしい気持ちになった。

 翠が俺のものじゃない時は、それで満ち足りていたのに、昨日はなんとも不完全燃焼だった。翠の身体の奥の熱と柔らかさを知ってしまったら、物足りない。

 翠も充分に濡れてた。俺を欲して腰を揺らていた。

 翠が俺に抱かれてくれるだけでも、未だに信じられないのに……自ら求めてくれるなんて夢のようだ。

「流、ほら早く急がないと」

 翠に急かされて、はっとする。今日は出かけに丈に袈裟を着せて寺を二人揃って留守にする時間を稼いだが、流石にもうタイムリミットだ。

 翠の身体が蒸しタオルだけで清められたとはいえないが、致し方がない。

「ここを建て直す時は、絶対に広い風呂場を作ってやるから、許せよ」
「いいね。風呂か。そうだな、檜風呂なんてどうだ」
「あぁいいな。翠だけの風呂だ。ここに造るのは」
「嬉しいよ。でも……流も入るだろう? 」
「そりゃ、まぁな」

 翠に用意しておいた袈裟を、手早く着せていく。

「用意がいいな。相変わらず」
「こうなることを見越してな」
「全く……でも僕もそれが嫌じゃない」
「ありがとう」
 
 袈裟を着せていくと、翠は、この月影寺の威厳を感じる住職の顔に戻ってしまう。いつものことだが名残惜しい瞬間だ。

「さて戻ろう。丈も痺れを切らして待っているだろう」
「あぁ」

 自分も手早く身体を拭いてから作務衣姿になり、庭石の降り立った。

 すると縁側に可愛いお客さんを見つけ、ギョッとした。

 思わず翠と顔を見合わせてしまった。

「驚いたな。洋くんか……こんなところでうたた寝をしちゃって……」
「いつからいたんだ?」
「うーん、もしかして聴いちゃったのか。あれを。でも洋くんなら、大丈夫……分かってくれているはずだ」

 もっと動揺するかと思いきや、翠が妙に自信ありげに言うから驚いた。

 まぁ確かにそうだな。洋くんになら、なんでも話せそうだ。俺たちの不思議な巡り合わせも、彼なら受け止めてくれる。そんな気がするよ。きっと彼も不思議な因縁のもとで、ここにやってきた人だから。夕凪との話以外にも、彼と丈にまつわる話は深そうだ。

 ゆっくりといつか語り合いたいな。

 この世には、説明がつかない、不思議な出来事が存在する……

「洋くん、起きて」

 翠が肩を揺らすと、洋くんはまどろみから目覚め、袈裟姿の翠を見つめて、ぽかんとした後、頬を赤らめた。

 初心な反応だな。

 可愛い末の弟だ。俺たちの大事な弟だよ、君は。

 母屋に戻ると、お世辞にも似合うとはいえない袈裟を着た丈が、すっ飛んできた。

「遅いですよ! 兄さん達は一体どこで道草食っていたんですか」
「ははっ悪いな。ほら交代だ」
「まったく……それに洋まで帰ってこないから焦りましたよ」
「洋くんはお昼寝していたよ、なっ」
「えっとまぁ……丈、そう怒るなって! 流さんには道草じゃなくて、すごーく食べたいものがあったみたいだ」
「おっと」

 可愛い弟は撤回か。結構口悪いんじゃ……

 でもそんな風に砕けてくれて嬉しい。

 朗らかな笑みが交差する幸せ。

 この月影寺の兄弟の笑みが、いつまでも続くといい。

しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

処理中です...