重なる月

志生帆 海

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12章

明日があるから 5

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 甘ったるい時を過ごしてしまった。

 こんな白昼堂々、翠を抱いてしまうなんて……どうかしている。
 
 昨夜……翠を部屋に帰した後ひとりで抜いたが、なんともいえないもどかしい気持ちになった。

 翠が俺のものじゃない時は、それで満ち足りていたのに、昨日はなんとも不完全燃焼だった。翠の身体の奥の熱と柔らかさを知ってしまったら、物足りない。

 翠も充分に濡れてた。俺を欲して腰を揺らていた。

 翠が俺に抱かれてくれるだけでも、未だに信じられないのに……自ら求めてくれるなんて夢のようだ。

「流、ほら早く急がないと」

 翠に急かされて、はっとする。今日は出かけに丈に袈裟を着せて寺を二人揃って留守にする時間を稼いだが、流石にもうタイムリミットだ。

 翠の身体が蒸しタオルだけで清められたとはいえないが、致し方がない。

「ここを建て直す時は、絶対に広い風呂場を作ってやるから、許せよ」
「いいね。風呂か。そうだな、檜風呂なんてどうだ」
「あぁいいな。翠だけの風呂だ。ここに造るのは」
「嬉しいよ。でも……流も入るだろう? 」
「そりゃ、まぁな」

 翠に用意しておいた袈裟を、手早く着せていく。

「用意がいいな。相変わらず」
「こうなることを見越してな」
「全く……でも僕もそれが嫌じゃない」
「ありがとう」
 
 袈裟を着せていくと、翠は、この月影寺の威厳を感じる住職の顔に戻ってしまう。いつものことだが名残惜しい瞬間だ。

「さて戻ろう。丈も痺れを切らして待っているだろう」
「あぁ」

 自分も手早く身体を拭いてから作務衣姿になり、庭石の降り立った。

 すると縁側に可愛いお客さんを見つけ、ギョッとした。

 思わず翠と顔を見合わせてしまった。

「驚いたな。洋くんか……こんなところでうたた寝をしちゃって……」
「いつからいたんだ?」
「うーん、もしかして聴いちゃったのか。あれを。でも洋くんなら、大丈夫……分かってくれているはずだ」

 もっと動揺するかと思いきや、翠が妙に自信ありげに言うから驚いた。

 まぁ確かにそうだな。洋くんになら、なんでも話せそうだ。俺たちの不思議な巡り合わせも、彼なら受け止めてくれる。そんな気がするよ。きっと彼も不思議な因縁のもとで、ここにやってきた人だから。夕凪との話以外にも、彼と丈にまつわる話は深そうだ。

 ゆっくりといつか語り合いたいな。

 この世には、説明がつかない、不思議な出来事が存在する……

「洋くん、起きて」

 翠が肩を揺らすと、洋くんはまどろみから目覚め、袈裟姿の翠を見つめて、ぽかんとした後、頬を赤らめた。

 初心な反応だな。

 可愛い末の弟だ。俺たちの大事な弟だよ、君は。

 母屋に戻ると、お世辞にも似合うとはいえない袈裟を着た丈が、すっ飛んできた。

「遅いですよ! 兄さん達は一体どこで道草食っていたんですか」
「ははっ悪いな。ほら交代だ」
「まったく……それに洋まで帰ってこないから焦りましたよ」
「洋くんはお昼寝していたよ、なっ」
「えっとまぁ……丈、そう怒るなって! 流さんには道草じゃなくて、すごーく食べたいものがあったみたいだ」
「おっと」

 可愛い弟は撤回か。結構口悪いんじゃ……

 でもそんな風に砕けてくれて嬉しい。

 朗らかな笑みが交差する幸せ。

 この月影寺の兄弟の笑みが、いつまでも続くといい。

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