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12章
愛しい人 16
しおりを挟む「僕に触れて……」
翠の手で、翠の素肌へ直に導かれる。
しっとりと馴染む肌は少し冷たく、小さく震えていた。
「馬鹿だな。翠はこんなことまでしなくていいのに」
俺は翠に温もりを与えてやりたくて胸にかき抱き、背中をさすってやった。俺の掌の大きな動きで熱を生み出すように何度も何度も……
「流、お前とこうなってよかったよ。僕の覚悟は本物になった」
「翠、そんなに嬉しいことばかり言うなよ。奢ってしまいそうだ」
こんな状況でも翠がちゃんと俺の腕の中に飛び込んでくれたのが嬉しくて、胸元を手で包んだ。触れてみると伝わってくる鼓動が、早かった。
「いいのか。彩乃さんも来ている時に、本当にここで俺が抱いても? 」
「……そうして欲しい。ここは僕たちだけの空間だ」
どこまで煽る気が。夏休み前まではどんなに欲しくても触れられなかった躰を、こんな惜しげもなく晒してくれるなんて、まだ夢のようなのに。
「ちょっと待ってろ」
隣室の押し入れにしまっておいた布団を手早く敷いて、翠を横たわらせる。
いつからだろう……あの宮崎旅行から戻ってから、ここが翠を抱く場所になっていた。
****
私は寝付けなくて、薙の部屋から月影寺の中庭を何気なく見つめていた。すると白い人影が庭を突っ切っていくのが見えた。
あれは、翠さん?
こんな時間にどこへ行くのかしら?
あなたが向かうその先には何があったか思い出せないわ。目を凝らして訝し気に背中を見つめていると、翠さんを追いかけるように重なる影を見つけてしまった。
あれは……あの背格好は、もしかして流さん?
二人の姿はやがて白い霧がかかった竹林の中に消えていった。
その光景に、ふと昔のことが過った。
もともと私は流さんが苦手だった。結婚式で流さんが翠さんを見つめるどこか切なく、慕う眼差し、翠さんが流さんのことを愛おしむ眼差し。ふたりの視線はよそよそしい中にも絡み合って、私が入り込めない何かを醸し出していたのよね。小さい時から仲が良すぎる兄弟だと聞いていた。そんな二人の関係が羨ましくも嫉妬したこともあった。
あれはこの月影寺でのことだったわ。私がふとした思い付きで彼らに意地悪をしたのは。
流さんの部屋の隣で彼に見せつけるように翠さんに抱いてもらった。仲が良すぎる兄弟への嫉妬心から、妊娠した身体を見せつけるように振舞った。
思えば、あの日から翠さんが少しづつ壊れていったのかもしれない。
流さんとの仲がその日を境に冷えたものになり、翠さんはずっと辛そうだった。なのに私は労わることもせずに、自分本位に翠さんを振り回してしまった。心がどこにあるか分からない翠さんのことを、どうしても手に入れたくて、必死だった。
やだわ、こんなこと……
今になって思い出すなんて、どうしてかしら。
どんなに目を凝らしても竹林の先に何があるかは見えなかった。そして何があるかを思い出せなかった。
あとがき(不要な方はスルーで)
****
翠と彩乃さんの結婚生活模様は、『忍ぶれど……』の「別離の時」~でじっくり描いています。
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