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12章
愛しい人 13
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翠の震える唇をじっと見つめると、綺麗な口角に少しだけ残る赤い痕に、彩乃さんの心がまだ残っているようで、イラっとしてしまった。
俺は二人の関係に口を出せる立場ではない。
翠と彩乃さんは結婚生活を送り、薙という子供まで授かった仲だ。元夫婦の関係に入り込むべきではない。それは分かっているが、どうにも我慢ならない感情に支配されていく。
「おいっ、別れのキスってどういう意味だ? 何があった? 彩乃さんと何処に寄り道した? 何かしたのか、まさか……」
聞きたいこと、知りたいことが山ほどある。
翠を追い詰めている自覚はあるのに、問い詰めることをやめられないでいた。
「流! 少し落ち着いてくれ。何も……何もなかったから」
「落ち着くなんて出来ない! そんな口紅を見せられて! 」
最初は小声で問い詰めていたのに、つい思わず大声をあげてしまった。隣室には彩乃さんと薙がいるというのに……翠もそれをひどく気にして怯えた。
さっき居間に入った時、翠の雰囲気が少し違った。いつもよりずっとしっかりして見えた。兄ではなく父親らしい落ち着いた様子で彩乃さんや薙と対応していた。それが心の内に引っかかっていたせいなのか。この荒れ狂う気持ちは!
俺の知らぬ間に何があった?
何故そんな表情が出来る?
「声、出すなよ」
「流、お願いだ。話を聞いてくれ」
壁に押し付けた翠が、俺から逃れようと身体を必死に捩った。
「話よりも、お仕置きが先だ」
キスはしない、してやらない。
彩乃さんが触れた唇に、上書きなんてしてやらない。
その代わりに首筋を噛んでやった。
「あうっ!」
痛みで反射的に反らした喉を執拗に舌先で辿っては、更に甘噛みしてやった。強弱をつけて痛みを感じる程に……何度も何度も、まるで俺は獣にでもなった気分だ。
「うぅ……う……」
眉を寄せて苦痛を呑み込む翠の表情を見た途端、胸がチクリと痛んだ。違う……こんな顔させたかった訳じゃない。
「……翠……悪い。痛かったか」
慰めるように、ギュッと瞑った目元にキスをしてやった。耳たぶにも……細い鼻梁にも。でも、まだ唇には触れてやらない。すると翠の方が、もどかしそうに唇を薄く開いた。
「流……お願いだ……怒らないで、欲しい」
餌を待つ雛のような仕草が可愛らしく、半開きの唇が強烈な色香を放っていた。俺の翠が戻って来たことを確信し、ようやく翠の話を聞く余裕が戻って来た。
「じゃあ、もう一度聞くが……何処へ行っていた? 」
「その……彩乃さんが僕の運転の邪魔をして仕方なく……ホテルに寄って」
「なんだって!! ホテル? 」
「あ……静かに! 」
思わず大声をあげそうになったが、その声は翠の中へと吸い込まれていった。
驚いたことに翠の方から、唇をピタリと重ねて来たのだ。
俺が焦らした分、時間をかけて……長く深い口づけを受けた。背伸びして必死に……俺の後頭部に手を回して、息つく暇もないほどの勢いだった。
「お、おい! 何をする?」
「流の口づけが欲しかったのに……お前が意地悪するからだ! お願いだ……落ち着いてちゃんと僕の話を聞いてくれ。僕たちは、もうすれ違う必要はないだろう? そんな時間は勿体ないだろう? 」
俺は二人の関係に口を出せる立場ではない。
翠と彩乃さんは結婚生活を送り、薙という子供まで授かった仲だ。元夫婦の関係に入り込むべきではない。それは分かっているが、どうにも我慢ならない感情に支配されていく。
「おいっ、別れのキスってどういう意味だ? 何があった? 彩乃さんと何処に寄り道した? 何かしたのか、まさか……」
聞きたいこと、知りたいことが山ほどある。
翠を追い詰めている自覚はあるのに、問い詰めることをやめられないでいた。
「流! 少し落ち着いてくれ。何も……何もなかったから」
「落ち着くなんて出来ない! そんな口紅を見せられて! 」
最初は小声で問い詰めていたのに、つい思わず大声をあげてしまった。隣室には彩乃さんと薙がいるというのに……翠もそれをひどく気にして怯えた。
さっき居間に入った時、翠の雰囲気が少し違った。いつもよりずっとしっかりして見えた。兄ではなく父親らしい落ち着いた様子で彩乃さんや薙と対応していた。それが心の内に引っかかっていたせいなのか。この荒れ狂う気持ちは!
俺の知らぬ間に何があった?
何故そんな表情が出来る?
「声、出すなよ」
「流、お願いだ。話を聞いてくれ」
壁に押し付けた翠が、俺から逃れようと身体を必死に捩った。
「話よりも、お仕置きが先だ」
キスはしない、してやらない。
彩乃さんが触れた唇に、上書きなんてしてやらない。
その代わりに首筋を噛んでやった。
「あうっ!」
痛みで反射的に反らした喉を執拗に舌先で辿っては、更に甘噛みしてやった。強弱をつけて痛みを感じる程に……何度も何度も、まるで俺は獣にでもなった気分だ。
「うぅ……う……」
眉を寄せて苦痛を呑み込む翠の表情を見た途端、胸がチクリと痛んだ。違う……こんな顔させたかった訳じゃない。
「……翠……悪い。痛かったか」
慰めるように、ギュッと瞑った目元にキスをしてやった。耳たぶにも……細い鼻梁にも。でも、まだ唇には触れてやらない。すると翠の方が、もどかしそうに唇を薄く開いた。
「流……お願いだ……怒らないで、欲しい」
餌を待つ雛のような仕草が可愛らしく、半開きの唇が強烈な色香を放っていた。俺の翠が戻って来たことを確信し、ようやく翠の話を聞く余裕が戻って来た。
「じゃあ、もう一度聞くが……何処へ行っていた? 」
「その……彩乃さんが僕の運転の邪魔をして仕方なく……ホテルに寄って」
「なんだって!! ホテル? 」
「あ……静かに! 」
思わず大声をあげそうになったが、その声は翠の中へと吸い込まれていった。
驚いたことに翠の方から、唇をピタリと重ねて来たのだ。
俺が焦らした分、時間をかけて……長く深い口づけを受けた。背伸びして必死に……俺の後頭部に手を回して、息つく暇もないほどの勢いだった。
「お、おい! 何をする?」
「流の口づけが欲しかったのに……お前が意地悪するからだ! お願いだ……落ち着いてちゃんと僕の話を聞いてくれ。僕たちは、もうすれ違う必要はないだろう? そんな時間は勿体ないだろう? 」
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