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12章
愛しい人 12
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「とにかく今日はもう遅いから、休んだ方がいいね」
翠の言葉に過剰に反応してしまった。
彩乃さん……まさかまた翠の部屋に泊まるとか言わないよな。
すると彼女の言葉は、意外な方向へ向いていた。
「そうね、あっじゃあ私は薙の部屋で寝るわ。お布団敷いてもらえる? 」
「え? 何で母さんが俺の部屋で寝るんだよ」
「何言ってんの。久しぶりの親子の対面よ。当たり前でしょう」
「ハァ……勝手にすればいいだろ」
口では反抗的な薙だが、少し頬が赤いのは照れているせいか。
「……彩乃さんいいのか」
「当たり前でしょう。久しぶりに息子と過ごしたいの」
「じゃあ決まりだな。薙は明日も学校だろう。俺が布団を持っていくから、部屋にもう行け」
「そうするよ」
「流、悪いな。布団まで……」
「いいですよ」
冷静を装ってはいたが、ほっとしていた。
翠も不安がっていたように、また彩乃さんが翠の部屋で眠りたいと言ったらどうしようかと思っていた。
再びあの遠い昔の苦い思い出のようなことが起きたら、俺は大丈夫か、ちゃんと乗り越えられるかと、何もかも怖かった。
****
客布団を抱えて、薙の部屋に向かった。翠も手伝うと言っていたが速攻断った。彩乃さんにはなるべく近づいて欲しくないからな。まぁこれは小さな嫉妬心だ。
部屋に入ると、彩乃さんが薙の勉強机の横に立っていた。
ふぅん……こうやって見ると、普通の母親と子供だよな。
「ありがとう。流さん、お元気そうね」
「まぁ元気ですよ」
「それになんだか嬉しそう」
なんて目聡い女だ。
「そうですか」
「薙のこと、よく可愛がってくれているみたいね。ありがとう」
「薙はいい子ですよ。俺たち皆でちゃんと見守っています」
「そうなのね、よかった。本当はやっぱりフランスに連れて行こうかなとも思ってたの」
その言葉に薙が揺れる。
「なんでも勝手に決めんなよ。母さんはいつもそうだ! オレはここが気に入っている」
「薙、そうムキになんなって、俺も薙がいてくれて嬉しいぞ」
「……流さん」
「はいはい分かったわよ。でもやっぱり薙だけは手放せないわ」
なんとなくいつもより元気がないな。翠との間に何かあったのか。空白の二時間の間に……
「それもそうね。いろいろ聞きたいこともあったけど、ほら一番下の弟さんと一緒に綺麗な青年がいたから、ちょっと驚いちゃって。あの、彼は誰?」
そうか、洋くんのこと何も聞いてないのか。だが話すと長くなりそうだ。
「それは……またおいおい話しますよ。とにかくもうこんな時間だから、就寝を優先してくださいよ」
「そうね、積もる話は明日にしましょう。薙の部屋で眠るなんて初めてかもしれないわ」
彩乃さんは薙の部屋をぐるりと見渡して、微笑んだ。
****
彩乃さんの寝具を整え挨拶をして、俺は部屋を出た。
ふぅ……これで、あとは翠に会うだけだ
やっと翠に会える。
「翠、入ってもいいか」
「あっうん」
部屋に入るなり、翠は何かを慌てて後ろに隠した。
「何してた?」
「何も……」
「嘘だ」
可愛い翠。そんなすぐばれるような嘘をついても無駄だ。ぐっと翠に詰め寄り、隠したものを取り上げると、ハンカチだった。
「なんだ? ただのハンカチじゃないか」
そう言って翠に返そうと思った時、赤いものが付いているのが見えた。
血?
暗い照明ではそう見えた。
「翠? まさかどこか怪我したのか」
さっと翠の顔色が変わる。その唇に目が留まる。これは血なんかじゃない。拭ききれていなかったのは彩乃さんの口紅か。
「これは……その、彩乃さんが強引に」
「キスしたのか」
思わずかっとなってしまうと同時に、何か変なスイッチが押された。
翠の両肩を掴んで壁際に封じ込め、顎をクイッと上に向かせてじっと見つめてやると、翠は不安に揺らいだ瞳に俺を映した。
「流……違う。彩乃さんとは何もなかった……別れのキスをしただけだ」
「別れのキスって……どういう意味だ?」
翠の言葉に過剰に反応してしまった。
彩乃さん……まさかまた翠の部屋に泊まるとか言わないよな。
すると彼女の言葉は、意外な方向へ向いていた。
「そうね、あっじゃあ私は薙の部屋で寝るわ。お布団敷いてもらえる? 」
「え? 何で母さんが俺の部屋で寝るんだよ」
「何言ってんの。久しぶりの親子の対面よ。当たり前でしょう」
「ハァ……勝手にすればいいだろ」
口では反抗的な薙だが、少し頬が赤いのは照れているせいか。
「……彩乃さんいいのか」
「当たり前でしょう。久しぶりに息子と過ごしたいの」
「じゃあ決まりだな。薙は明日も学校だろう。俺が布団を持っていくから、部屋にもう行け」
「そうするよ」
「流、悪いな。布団まで……」
「いいですよ」
冷静を装ってはいたが、ほっとしていた。
翠も不安がっていたように、また彩乃さんが翠の部屋で眠りたいと言ったらどうしようかと思っていた。
再びあの遠い昔の苦い思い出のようなことが起きたら、俺は大丈夫か、ちゃんと乗り越えられるかと、何もかも怖かった。
****
客布団を抱えて、薙の部屋に向かった。翠も手伝うと言っていたが速攻断った。彩乃さんにはなるべく近づいて欲しくないからな。まぁこれは小さな嫉妬心だ。
部屋に入ると、彩乃さんが薙の勉強机の横に立っていた。
ふぅん……こうやって見ると、普通の母親と子供だよな。
「ありがとう。流さん、お元気そうね」
「まぁ元気ですよ」
「それになんだか嬉しそう」
なんて目聡い女だ。
「そうですか」
「薙のこと、よく可愛がってくれているみたいね。ありがとう」
「薙はいい子ですよ。俺たち皆でちゃんと見守っています」
「そうなのね、よかった。本当はやっぱりフランスに連れて行こうかなとも思ってたの」
その言葉に薙が揺れる。
「なんでも勝手に決めんなよ。母さんはいつもそうだ! オレはここが気に入っている」
「薙、そうムキになんなって、俺も薙がいてくれて嬉しいぞ」
「……流さん」
「はいはい分かったわよ。でもやっぱり薙だけは手放せないわ」
なんとなくいつもより元気がないな。翠との間に何かあったのか。空白の二時間の間に……
「それもそうね。いろいろ聞きたいこともあったけど、ほら一番下の弟さんと一緒に綺麗な青年がいたから、ちょっと驚いちゃって。あの、彼は誰?」
そうか、洋くんのこと何も聞いてないのか。だが話すと長くなりそうだ。
「それは……またおいおい話しますよ。とにかくもうこんな時間だから、就寝を優先してくださいよ」
「そうね、積もる話は明日にしましょう。薙の部屋で眠るなんて初めてかもしれないわ」
彩乃さんは薙の部屋をぐるりと見渡して、微笑んだ。
****
彩乃さんの寝具を整え挨拶をして、俺は部屋を出た。
ふぅ……これで、あとは翠に会うだけだ
やっと翠に会える。
「翠、入ってもいいか」
「あっうん」
部屋に入るなり、翠は何かを慌てて後ろに隠した。
「何してた?」
「何も……」
「嘘だ」
可愛い翠。そんなすぐばれるような嘘をついても無駄だ。ぐっと翠に詰め寄り、隠したものを取り上げると、ハンカチだった。
「なんだ? ただのハンカチじゃないか」
そう言って翠に返そうと思った時、赤いものが付いているのが見えた。
血?
暗い照明ではそう見えた。
「翠? まさかどこか怪我したのか」
さっと翠の顔色が変わる。その唇に目が留まる。これは血なんかじゃない。拭ききれていなかったのは彩乃さんの口紅か。
「これは……その、彩乃さんが強引に」
「キスしたのか」
思わずかっとなってしまうと同時に、何か変なスイッチが押された。
翠の両肩を掴んで壁際に封じ込め、顎をクイッと上に向かせてじっと見つめてやると、翠は不安に揺らいだ瞳に俺を映した。
「流……違う。彩乃さんとは何もなかった……別れのキスをしただけだ」
「別れのキスって……どういう意味だ?」
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