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12章
愛しい人 9
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「もう全部分かったわ。諦めるわ。でも翠さん……最後に抱いてくれない? もう何もかも最後にするから……お願いよ。私、ずっとあなたが好きだった」
彩乃さんが、突然僕にぎゅっと抱きついてきた。
彼女が今までこんなに健気に必死になったことがあったろうか。後ろめたい僕に対して、時に傲慢でもあった彼女だったが、その裏に秘められていた僕への愛情を知ってしまった今……どうしたらいいのか。
「彩乃さん……」
躊躇いと迷いが交差して、僕は前にも後ろにも動けなくなっていた。
「翠さん、お願いよ。本当は諦められないの。でも今日を限りに行かせてあげるから……ねっいつも頼めば抱いてくれたでしょう」
「彩乃さん、お願いだ。そんなことを言わないでくれ……僕は……もう」
どんなに頼まれても駄目だ。無理だ。今の彩乃さんを抱くのは同情で抱くことにしかならない。
それに僕の躰は、どんなに彩乃さんのふくよかな胸を押し付けられても、少しも反応しなくなっていた。
「ごめん。すまない……どうしてもそれだけは、出来ない」
彼女の健気なセリフとは裏腹に、彼女の指先が僕の股間を巧みに揉みだした。
「もうやめてくれ……もう無理なんだ」
「……ちっとも反応してくれないのね。そんなにその人が大事? 操を立てるほど?」
その通りだ。僕は流の愛を受け止めた。
僕が出来ることは、流に信じてもらえる人間になることだ。
彼からの深い愛、とても長く待たせた愛の深さを想えば、一時の感情に流されるべきでない。
「その通りだ」
「はぁ……参ったわ。色仕掛けも効かないなんて! もう降参。勝手にしたらいいわ!」
彩乃さんは僕の股間からパッと手を離し、コートを着て帰り支度を始めた。
「ごめん……ありがとう……北鎌倉に帰ろうか」
そう言ってドアを開ける寸前、突然唇を奪われた。
赤い口紅の香水のような味に、思わず彩乃さんを突き飛ばしてしまった。
「なっ!」
「もう翠さんったら、そんなに目を剥かなくてもいいでしょう。これはお別れのキスよ! 夫婦としてのお別れ! これからは……そうね、ありきたりだけど、相談しあえる友達になるのかしら……」
唇を拭うと手の甲が赤く染まった。
彼女の想いだ……これは。
強がっているけど、本当は寂しがり屋で、人恋しい部分もある。
僕の息子……薙にそっくりだ。
「彩乃さん、あなたとはこれからも薙の両親として、共に人生を歩むよ」
「翠さん……そんな風に言ってくれるなんて……薙のこと後悔してないの? 」
突然彩乃さんの目から一筋の涙が流れた。
「後悔なんて……なぜ?」
「私が仕組んだような妊娠だったのに……父親になる覚悟なんて出来ていなかったあなたを無理やり父親にしたのが、私よ」
「馬鹿だな。君はずっとそんな風に思っていたのか」
「だって……」
なんてことだ……それは誤解だ。
薙がいたから、僕はあの辛い時期、生きてこられた。
薙がいたから、悲しくても笑うことが出来た。
薙がいたから、彩乃さんと夫婦らしい生活が出来た。
「これからも薙の父親は僕で、母は彩乃さんだよ」
彩乃さんが、突然僕にぎゅっと抱きついてきた。
彼女が今までこんなに健気に必死になったことがあったろうか。後ろめたい僕に対して、時に傲慢でもあった彼女だったが、その裏に秘められていた僕への愛情を知ってしまった今……どうしたらいいのか。
「彩乃さん……」
躊躇いと迷いが交差して、僕は前にも後ろにも動けなくなっていた。
「翠さん、お願いよ。本当は諦められないの。でも今日を限りに行かせてあげるから……ねっいつも頼めば抱いてくれたでしょう」
「彩乃さん、お願いだ。そんなことを言わないでくれ……僕は……もう」
どんなに頼まれても駄目だ。無理だ。今の彩乃さんを抱くのは同情で抱くことにしかならない。
それに僕の躰は、どんなに彩乃さんのふくよかな胸を押し付けられても、少しも反応しなくなっていた。
「ごめん。すまない……どうしてもそれだけは、出来ない」
彼女の健気なセリフとは裏腹に、彼女の指先が僕の股間を巧みに揉みだした。
「もうやめてくれ……もう無理なんだ」
「……ちっとも反応してくれないのね。そんなにその人が大事? 操を立てるほど?」
その通りだ。僕は流の愛を受け止めた。
僕が出来ることは、流に信じてもらえる人間になることだ。
彼からの深い愛、とても長く待たせた愛の深さを想えば、一時の感情に流されるべきでない。
「その通りだ」
「はぁ……参ったわ。色仕掛けも効かないなんて! もう降参。勝手にしたらいいわ!」
彩乃さんは僕の股間からパッと手を離し、コートを着て帰り支度を始めた。
「ごめん……ありがとう……北鎌倉に帰ろうか」
そう言ってドアを開ける寸前、突然唇を奪われた。
赤い口紅の香水のような味に、思わず彩乃さんを突き飛ばしてしまった。
「なっ!」
「もう翠さんったら、そんなに目を剥かなくてもいいでしょう。これはお別れのキスよ! 夫婦としてのお別れ! これからは……そうね、ありきたりだけど、相談しあえる友達になるのかしら……」
唇を拭うと手の甲が赤く染まった。
彼女の想いだ……これは。
強がっているけど、本当は寂しがり屋で、人恋しい部分もある。
僕の息子……薙にそっくりだ。
「彩乃さん、あなたとはこれからも薙の両親として、共に人生を歩むよ」
「翠さん……そんな風に言ってくれるなんて……薙のこと後悔してないの? 」
突然彩乃さんの目から一筋の涙が流れた。
「後悔なんて……なぜ?」
「私が仕組んだような妊娠だったのに……父親になる覚悟なんて出来ていなかったあなたを無理やり父親にしたのが、私よ」
「馬鹿だな。君はずっとそんな風に思っていたのか」
「だって……」
なんてことだ……それは誤解だ。
薙がいたから、僕はあの辛い時期、生きてこられた。
薙がいたから、悲しくても笑うことが出来た。
薙がいたから、彩乃さんと夫婦らしい生活が出来た。
「これからも薙の父親は僕で、母は彩乃さんだよ」
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