重なる月

志生帆 海

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12章

愛しい人 6

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「でも本当にいいの?」
「もちろんだよ。薙くんの役に立てることがあれば、いいなと思っていた」

 嬉しそうに……まるでオレと同級生みたいに話してくれるんだな、洋さんって。

 憧れにも似た目でオレのことを見つめる様子に、少し嬉しく思った。オレもずっと一人っ子だったから、兄がいたらって思っていたんだ。まぁ洋さんの場合は兄っていうより、なんかたまに年下のように見えることもあるけど。

「サンキュ。オレ、英語が苦手で赤点だったから……あっ友達もね。だから期末テストに向けて勉強会でもしてみようかな」
「勉強会って何? 」
「友達んちで集まって徹夜で勉強するやつだよ」
「あ……そういうことか」

 どことなく洋さんが寂し気な苦し気な顔をしたような気がした。

「洋さんもやっただろう? 」
「ん? そうだね……うちは……夜出かけることは厳禁だったから、そういうのは、やったことないな」
「へぇ、厳しかったんだな」
「……うん……そういうことになるのかも」

 正直、洋さんのことはまだ知らないことだらけだ。

 どうやって丈さんと知り合って、何故ここで暮らすようになったのか。

 でも今こうやって俺のことを気にかけてくれる洋さんは好きだ。‪なぜだか、この人のことは悲しませてはいけないと思った。

 ‬もう十分過ぎるほど、悲しい目に遭った人だから。‬

****

 今日は彩乃さんが帰国する日だ。

 朝から珍しく翠の心が乱れていた。読経をつっかえたり、写経の文字も乱れて……夕刻になっても、それは治るどころか悪化していった。

「少し落ち着け。翠らしくないぞ」
「だが流。僕は自信がない。何事もなかったように彩乃さんに接するなんて無理だ、それにお前を苦しめるだろう。またあの日のように……」

 頭を振り項垂れる翠のこと、そっと茶室に連れ込んで抱きしめてやった。

 袈裟を着ている時に、こんな揺れる表情を見せるなんて……余程堪えているのだろう。可哀そうに……。翠はそんなに思い詰めなくてもいい。真心を込めて優しく袈裟が乱れないように背中を撫でてやる。

「翠……大丈夫だ。もうそんなことで簡単に途絶える縁ではなくなったはずだぞ」
「だが流。僕の躰は……もう流だけのものだ」

 ずっと言い難くて堪えていたのだろう。彩乃さんと逢う時は、いつも身体を求められていることを知っている。おそらく今日も……と案じているに違いない。そして何よりあの日のことを思い出して震えているのだ。

 妊娠した彩乃さんと兄さんが、結婚して初めて家に戻ってきた夜のことを。
 
 あの日、俺の部屋の隣でした行為を、兄さんはずっと後悔していた。

 あの日を境に俺が徹底的に兄さんを無視したから、相当堪えてしまったのだ。本当に俺も大人げない最低な態度を取り続けてしまった。

 兄さんを苦しめることが一番嫌だったはずなのに。

「お前にまた嫌われたら……」

 翠の不安は的中しない。もう俺たちはそんな次元にいないだろう。それを分からせるためにも翠の腰をぐっと抱いて、下半身を密着させたまま深い口づけした。
 
 直接交わっているわけではないのに雄々しいものがあたり、深く重なっているような抱擁が好きだ。翠はこういう抱き方に安堵するようだ。

 可愛いな……兄さん、俺の翠。

「落ち着いたか」
「あぁ」
「じゃあそろそろ迎えに行け。寺のことは俺がやっておくから」
「うん……薙のことも頼んだよ。夜には戻るから」
「あぁ」

 翠の着替えを手伝ってやる。袈裟を脱いでいく翠の妖艶さ。その最中だって何度も翠を布団に押し倒したくなるのを我慢した。チョコレート色のコーデュロイのパンツに、ミルクのようなセーター。それに葡萄色のカシミアのマフラーも巻いてやる。上品で嫌みのない姿にほれぼれする。

「うん、美味しそうだ」
「馬鹿、早く車のキーを」
「運転するの、久しぶりだが大丈夫か。外は随分冷えてきているし」
「大丈夫だよ。身体が覚えている。確かにまだ十二月中旬なのにもう今年は寒くて、雪でも降りそうだね」

 翠だってちゃんと運転できるのに、最近は俺ばかりだったからどうにも不安だ。一緒についていけたらいいのだが、今回のお迎えのご指定は翠だけだから、仕方がない。

 後ろめたいことがあるせいか、翠は彩乃さんに頭が上がらないようだ。

 けじめをつけないといけない。それは分かっているが……薙のこともあって、なかなか話は進まない。

 むしろ翠自身が避けている。

 まぁ……まずは翠自身が薙との関係を改善させていかないといけない。

 それが最優先なのだろう。
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