重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
921 / 1,657
12章

愛しい人 5

しおりを挟む
「俺さ、最近ちょっと変なんだよ」
「何が? 」
「薙のこと見るとドキドキって心臓がなって……男相手に恋煩いはないだろうから、これって何だろう? 」
「はぁ? 何言ってんだか」

 拓人が困った顔で変なことを言うので、動揺してしまった。それから頭の中で、また流さんのこと考えてしまった。月影寺で流さんの姿をつい目で追ってしまう自分のことを。これというのも父さんたちが俺を置いて京都に行くから悪いんだ。あの朝、流さんに泣いているところ見られて、甘えたこと言ってしまった。あんな姿見せたせいなのかな。

「……男相手でも心臓って、ざわつくってことあるよ」
「薙? 」

 不思議そうに拓人が見つめ返してきたので、慌てて話をそらした。

「しかしお前の弁当はいつも海苔弁だな」
「あーまぁな。しょうがないんだよ」
「お前んちって? あ、いや……なんでもない」

 踏み込んで聞けば、オレのことも言わなくてはいけない。だから聞かない。

「なぁ薙。今度お前んち行っていい? 」
「え……」

 オレんちは特殊だから見せたくない。その言葉は無邪気な笑顔の拓人を前に……言えなかった。

「……あっいいよ。無理にじゃないし。じゃあな」
「うん……また明日!」

 拓人と別れて、少し憂鬱な気持で帰宅した。

 山門に続く階段を一段抜かしで上っていると、後ろから声をかけられた。振り返ると洋さんで、はぁはぁと肩で息をしている。

「ふぅ……薙くんは足が随分速いな」
「まぁな。洋さんは息あがってるな」
「君の姿がバスから見えたので慌てて追いかけたけど、歩くのすごい早いから……」

 相変わらず、ゾクっとする程綺麗な顔をしていると間近で見て、しみじみと思う。男にする形容詞じゃないのは分かっているけど、美人という言葉以外浮かばない人だな。

「あの……なんか……顔色悪いけど」
「うん、ごめん。ちょっと急ぎすぎたかな」

 おいおい、この前みたいに貧血起こさないでくれよ。今日は丈さんはいないし。

「あそこで休んだら?」

 オレは洋さんの手を掴んで、寺の山門の横の東屋に座らせ、鞄の中のペットボトル飲料を手に握らせてあげた。

 洋さんが子供みたいだな。これじゃ……

「ごめん。なんか君にこんなことしてもらうと情けなくなるな」
「もしかして……どっか病気? 違うよな。医者が恋人だもんな」
「え……」

 もうバレバレなのに、改めて言われるのは恥ずかしいらしく顔を赤くする。

 そんな様子に、これじゃ丈さん放っておけないよな。オレにも洋さんみたいな可愛げがあれば……もっと流さんに可愛がってもらえるのかな。

「薙くんさ……中学でいい友達が出来たみたいだね」

 額の汗を拭きながら、洋さんが突然聞いてくる。

「なんで?」
「君が通りで友達と別れるところから見ていたんだ。その子ずっと薙くんが曲がるまで見送っていたから」
「拓人か……」
「へぇ、タクトくんっていうのか。俺にも中学の時親友がいたよ。今ももちろん親友だけど」

 何故だか今日拓人から言われたことを、洋さんに喋りたくなった。

「実はさ…その親友に、今日オレのことみるとドキドキするって言われたんだけど……」
「え? そんなことを」
「恋煩いじゃないから、なんだろうってさ」
 
 一応補足しておいた。いくら洋さんと丈さんが恐らく恋人同士だからって、オレの質問まで、その手の話に取られるのは心外だから。

「ふぅん……でもそんな友達が出来てよかったね。なんか俺の親友のこと思い出すよ」
「洋さんにもいたんだ。丈さんが妬かない? 妬くとあの人、意地悪しそうだ」
「なっ……」

 なんかこの人は子供みたいに素直な反応をするんだな。最初に会った時は澄ました美人なだけかと思ったから意外だ。顔がますます赤くなっていて可愛いし面白い。

「もしかして……俺のこと子供みたいだと思った? 俺さ……今頃やりなおしているのかも。中学や高校……大学で出来なかったことを。だからね、薙くんと俺、年齢は結構離れているけれども、友達になれたらいいなと思っているよ。俺でよかったら、何でも相談して欲しい」

 ふと真顔で、そんなことを言われて照れくさくなった。

「俺には薙くん位の時、何もかもを晒して相談できる相手がいなかったから」

 今度は真顔になっていた。この人の過去は一体?

「あっうん。まぁオレもそいつのこと嫌いじゃないから。ドキドキされて悪い気はしなかった」
「そっか、じゃあ今度ここに連れておいでよ。友達は家に呼ぶもんだろう。俺でよかったら英語なら見てあげられるし」
「そっか、洋さん英語だけは得意だったな。料理は最悪だけど」
「あっ、それ言う?」

 くすぐったく笑う洋さんは、やっぱり綺麗だった。

 ってこんなこと思うオレもどうなんだか。
 
 ふと洋さんの笑顔の向こうに、父さんの顔を思い浮かべた。

 父さんの笑顔なんて、ほとんど見ていないな。

 あの人……今、幸せなのか。



しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

番?呪いの別名でしょうか?私には不要ですわ

紅子
恋愛
私は充分に幸せだったの。私はあなたの幸せをずっと祈っていたのに、あなたは幸せではなかったというの?もしそうだとしても、あなたと私の縁は、あのとき終わっているのよ。あなたのエゴにいつまで私を縛り付けるつもりですか? 何の因果か私は10歳~のときを何度も何度も繰り返す。いつ終わるとも知れない死に戻りの中で、あなたへの想いは消えてなくなった。あなたとの出会いは最早恐怖でしかない。終わらない生に疲れ果てた私を救ってくれたのは、あの時、私を救ってくれたあの人だった。 12話完結済み。毎日00:00に更新予定です。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

僕は君になりたかった

15
BL
僕はあの人が好きな君に、なりたかった。 一応完結済み。 根暗な子がもだもだしてるだけです。

【完結】記憶を失くした旦那さま

山葵
恋愛
副騎士団長として働く旦那さまが部下を庇い頭を打ってしまう。 目が覚めた時には、私との結婚生活も全て忘れていた。 彼は愛しているのはリターナだと言った。 そんな時、離縁したリターナさんが戻って来たと知らせが来る…。

花いちもんめ

月夜野レオン
BL
樹は小さい頃から涼が好きだった。でも涼は、花いちもんめでは真っ先に指名される人気者で、自分は最後まで指名されない不人気者。 ある事件から対人恐怖症になってしまい、遠くから涼をそっと見つめるだけの日々。 大学生になりバイトを始めたカフェで夏樹はアルファの男にしつこく付きまとわれる。 涼がアメリカに婚約者と渡ると聞き、絶望しているところに男が大学にまで押しかけてくる。 「孕めないオメガでいいですか?」に続く、オメガバース第二弾です。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

処理中です...