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12章
愛しい人 4
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「彩乃さんからだ。何だろう? 」
「出てみろ」
「……うん」
そこから、翠のトーンがガラリと変わる。
相槌ひとつにしても凛々しく、落ち着いた男性らしいものになった。こんな声を出す翠は散々見て来た。もう翠は俺のものなのに、いつまでたっても心って奴は落ち着かない。
「分かった。迎えに行くよ」
通話を終えた翠の顔色は良くなかった。迎えに行くというからには帰国するのか。
「流……あの」
「分かっている。彩乃さんの一時帰国か」
「お見通しか。うん……来週日本で仕事があるらしくて」
「それだけじゃないだろう? 」
「薙がちゃんとやっているか様子を見たいから、ここに来ると。その……一泊したいと」
……そう来たか!
幸せっていうのは本当に危ういもんだ。ここまで来て揺らぐことはないと分かっていても毎日いろんな変化球でやってくる。まるで俺たちの愛を試すかの如く。
「一泊くらい上手くやれよ。お前は父親として元旦那として、俺に気兼ねなく行動すればいい」
「だが……」
翠の不安が手に取るように分かる。
彼女は元妻で今は誰とも付き合っていないらしいから、もしかしたら翠に強要するかもしれない。抱けと……。
翠が離婚してからも定期的に呼び出されて、彼女の性欲を満たしてやっていたのを知っている。くそっ、俺の翠をいいように扱って。
翠は途方に暮れたような、心もとない表情を浮かべていた。
あぁもうそんな顔すんなよ。心配になる。
「不安だ。僕はもう以前とは違うのに……」
****
昼休み。
屋上のフェンスにもたれている拓人の横に、腰を下ろした。約束しているわけでもないのに、この頃これが日課になっている。
オレも拓人も二学期からの転校生同士だったので、気が合っていた。彼のあまり人に干渉しないところも気に入っていて、数か月経つ頃には、学校で一番信用できる奴になっていた。
「おう! 薙か。今日の弁当見せてみろよ」
抵抗する間もなく、ひょいと弁当箱の蓋を持ち上げられる。
中身はこれぞ中学生男子向けの弁当といった豪華な内容だ。手作りのふっくらとした黄色の卵焼きに朝から揚げてもらった唐揚げ。切込みも美しいウインナー。三角おにぎりの具は鮭と梅干で、げんこつサイズだ。
流さん、今日も張り切ってくれたんだな。
嬉しくて優しい気持ちになれる瞬間だ。
「いつ見ても豪華だよなぁ。お前の母親ってすごいな……気合入ってる」
母親か……おれの母はこんな弁当は作らなかった。購買でパンを買ったりコンビニ弁当で済ましていたよ。
他人から見たら流さんが作ってくれた弁当が、母親の愛情たっぷり弁当に見えるのかと思うと苦笑してしまった。
その様子を拓人が怪訝そうに見つめた。
「薙。お前……相変わらず、家のこと話さないな」
「そういうお前こそ話さないよな」
そう言い返すと拓人は戸惑った表情を浮かべた。
意外だった。こいつでもこんな顔するのかと心にひっかかった。
「そのさ……俺んちは複雑だからさ」
複雑か。それいったらオレんちだって複雑だよ。両親は離婚しているし、父親とはちっともうまくいってないし。この弁当は叔父が作ったものだしな。口に出して言えないことを、つらつらと心の中で呟いた。
「ふぅん」
「薙って、そういうところいいよな。必要以上に関心持たないって言うか。流してくれるところ」
「そうか」
そんな風にオレに期待すんなよ。オレがオレに関心をもてないから、他人に関心を持てないだけさ。オレの関心は流さんだけだ。まぁこんな変な感情、誰にも話せないことだが。拓人に忠告したい気分だった。
「でもさ、もう少し俺にも関心持って欲しい気がするんだよな」
突然の拓人の発言に驚いた。
「なっ何だよ。急に」
「薙のこと信用しているってことだよ。お前はどうだよ? 俺のこと信用できるか」
真面目な顔で問われて焦った。
今までオレは誰かを信用、信頼したことなんてなかったから。
信用したくても裏切られることの方が多かったから、出来なかったんだ。
「なぁ……俺たち結構気が合うと思うんだ。もう一歩踏み込んでみないか」
「それって、どういう意味? 」
「出てみろ」
「……うん」
そこから、翠のトーンがガラリと変わる。
相槌ひとつにしても凛々しく、落ち着いた男性らしいものになった。こんな声を出す翠は散々見て来た。もう翠は俺のものなのに、いつまでたっても心って奴は落ち着かない。
「分かった。迎えに行くよ」
通話を終えた翠の顔色は良くなかった。迎えに行くというからには帰国するのか。
「流……あの」
「分かっている。彩乃さんの一時帰国か」
「お見通しか。うん……来週日本で仕事があるらしくて」
「それだけじゃないだろう? 」
「薙がちゃんとやっているか様子を見たいから、ここに来ると。その……一泊したいと」
……そう来たか!
幸せっていうのは本当に危ういもんだ。ここまで来て揺らぐことはないと分かっていても毎日いろんな変化球でやってくる。まるで俺たちの愛を試すかの如く。
「一泊くらい上手くやれよ。お前は父親として元旦那として、俺に気兼ねなく行動すればいい」
「だが……」
翠の不安が手に取るように分かる。
彼女は元妻で今は誰とも付き合っていないらしいから、もしかしたら翠に強要するかもしれない。抱けと……。
翠が離婚してからも定期的に呼び出されて、彼女の性欲を満たしてやっていたのを知っている。くそっ、俺の翠をいいように扱って。
翠は途方に暮れたような、心もとない表情を浮かべていた。
あぁもうそんな顔すんなよ。心配になる。
「不安だ。僕はもう以前とは違うのに……」
****
昼休み。
屋上のフェンスにもたれている拓人の横に、腰を下ろした。約束しているわけでもないのに、この頃これが日課になっている。
オレも拓人も二学期からの転校生同士だったので、気が合っていた。彼のあまり人に干渉しないところも気に入っていて、数か月経つ頃には、学校で一番信用できる奴になっていた。
「おう! 薙か。今日の弁当見せてみろよ」
抵抗する間もなく、ひょいと弁当箱の蓋を持ち上げられる。
中身はこれぞ中学生男子向けの弁当といった豪華な内容だ。手作りのふっくらとした黄色の卵焼きに朝から揚げてもらった唐揚げ。切込みも美しいウインナー。三角おにぎりの具は鮭と梅干で、げんこつサイズだ。
流さん、今日も張り切ってくれたんだな。
嬉しくて優しい気持ちになれる瞬間だ。
「いつ見ても豪華だよなぁ。お前の母親ってすごいな……気合入ってる」
母親か……おれの母はこんな弁当は作らなかった。購買でパンを買ったりコンビニ弁当で済ましていたよ。
他人から見たら流さんが作ってくれた弁当が、母親の愛情たっぷり弁当に見えるのかと思うと苦笑してしまった。
その様子を拓人が怪訝そうに見つめた。
「薙。お前……相変わらず、家のこと話さないな」
「そういうお前こそ話さないよな」
そう言い返すと拓人は戸惑った表情を浮かべた。
意外だった。こいつでもこんな顔するのかと心にひっかかった。
「そのさ……俺んちは複雑だからさ」
複雑か。それいったらオレんちだって複雑だよ。両親は離婚しているし、父親とはちっともうまくいってないし。この弁当は叔父が作ったものだしな。口に出して言えないことを、つらつらと心の中で呟いた。
「ふぅん」
「薙って、そういうところいいよな。必要以上に関心持たないって言うか。流してくれるところ」
「そうか」
そんな風にオレに期待すんなよ。オレがオレに関心をもてないから、他人に関心を持てないだけさ。オレの関心は流さんだけだ。まぁこんな変な感情、誰にも話せないことだが。拓人に忠告したい気分だった。
「でもさ、もう少し俺にも関心持って欲しい気がするんだよな」
突然の拓人の発言に驚いた。
「なっ何だよ。急に」
「薙のこと信用しているってことだよ。お前はどうだよ? 俺のこと信用できるか」
真面目な顔で問われて焦った。
今までオレは誰かを信用、信頼したことなんてなかったから。
信用したくても裏切られることの方が多かったから、出来なかったんだ。
「なぁ……俺たち結構気が合うと思うんだ。もう一歩踏み込んでみないか」
「それって、どういう意味? 」
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