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12章
愛しい人 3
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魂入れの仏事も無事に終わり、皆、それぞれの場所へ戻って来た。
「流、悪いが早急に石材工業所に連絡してくれ」
「いつもの所でいいか」
「あぁ」
夕凪と信二郎さんという人の墓石を頼むことは承知していた。一刻も早く建立してあげたい翠の気持ちも理解していた。電話の後に、翠の重たい袈裟を脱がしてやると、ほっと安堵のため息を漏らした。
「疲れただろう」
「あぁ……肩の荷が下りた気分だよ」
「そうだな。俺も墓石に遺骨を入れる時は、ぐっと来たよ」
「あの瞬間、二人の気配を確かに感じたよ。今頃ふたりで手を取り合って旅立ったはずだ」
「そうか、良かったな」
労うように翠の剥き出しの肩に手を置くと、ビクンと震えた。不思議に思い顔を覗き込むと、照れくさそうな表情を浮かべてくれていた。だがまたすっと今度は兄の顔になっていくのが恨めしい。
「……お前が京都であんなに触れるから敏感になってしまった。だが今日からは気を付けてくれ」
「翠……」
薙が近くにいるという事実が、翠が心を閉ざしていく原因だ。
これは仕方がないことだ。だから俺は欲しがりすぎては駄目だ。だがもう京都でのことも解決し、祖先の願いも叶えた。もっと堂々と暮らしてはいけないのか。丈や洋くんを見ていると時折羨ましくなるんだ。そんな気持ちがふつふつと湧いてきて、思わず翠の躰を背後からガシッとホールドしてしまった。
「あっ駄目だ。薙がいるのに……や、やめてくれ」
「少しでいい。一分だけ……」
嫌がる翠の肩口に顔を埋めて、翠の匂いをスンと嗅ぐ。俺のあげた香と翠の体臭が調和して、官能的な香りとなり刺激してくる。このまま誰の目も気にせず、思うがままに抱けたらどんなに良いのか。
肩に口づけを落とす、舌先でなめらかな首筋を舐めあげると、翠がブルっと震えた。
「流……も、もう離れろ」
「駄目だ。まだあと三十秒ある」
翠を羽交い絞めのようにして焦らしていると、机に置いてあった翠のスマホがブルルと鳴った。
ふたりで表示を見て、ギクリとした。
着信は彩乃さん……つまり翠の前妻からだった。
****
「丈、今日は絶対俺に話かけるなよ。触れるのも駄目だ」
離れに入るなり洋が警戒したように、私から離れたので苦笑してしまった。
「成程……仕事が終わらないのか」
「そんな風に笑うなよ。京都で終わらせておくべき分が滞っているの、お前のせいなのに!」
「私が何をした?」
「とぼけたこと言うなよ。毎晩邪魔をした癖に」
「ははっ、悪かったよ。今日は私も仕事があるから丁度いい。お互い今宵はやるべきことに集中しよう」
「ふぅ……よかった」
心底安心した笑みを見せる洋のことが、少し憎たらしくなった。欲しがるのは洋の方も同じ熱量だったのに。
それにしても気がかりなことがある。翠兄さんの息子のことだ。先ほど私と洋の前で繰り広げられた親子の会話があまりに冷めていて、心配になる。
あの位の年頃の時、私は何をしていたか。あんなものだったか。一人この家を出て淡々と暮らしていたことを思い出す。学生寮でも学校でも浮いた存在で友達もおらず、話せる相手もろくにいなかった。下手したら授業がなければ、一日一言も話さない日があったのではと苦笑した。
しかしそんな堅物だった私が、今はこんな風に冗談を言い合える相手と和やかに実家で暮らしているのだから……先のことは分からないものだ。
「丈、そういえばさ……」
本棚を挟んだ向こう側で仕事をしている洋から声がかかる。
本棚は机の幅分だけ空いているので、洋の美しい横顔と手元が見えるのだ。
「どうした?」
「こんなこと俺が言うのもなんだけど、薙くん……少し心配だね。彼の居場所をちゃんとここに作ってあげたいな」
洋も……居場所がない人生を送ってきたのだ。
十四歳の頃の洋は、母親が亡くなり義父と二人きりになった頃だ。
私も洋も時代はずれているが、共に寂しい十代を過ごしたもの同士なのだ。
「そうだな。私たちには少し分かるからな。あの居場所がない寂しい気持ちが」
「うん、そうなんだ。俺さ……自分が十四歳の頃と重ねてしまって」
「分かるよ。私たちで出来ることがあったらサポートしてやりたいな」
「丈っありがとう。俺の意を汲んでくれて……流石俺の丈だな。うれしいよ」
洋がそのほっそりとたおやかな手を差し出してくるので、しっかりと握ってやった。
「ふっ……今日は触れないんじゃなかったのか」
「それ言うなっ」
途端に手を引っ込めてふくれっ面になるところも、安定の可愛さだ。
今頃……顔は真っ赤だろう。可愛い恋人の横顔を盗み見た。
「流、悪いが早急に石材工業所に連絡してくれ」
「いつもの所でいいか」
「あぁ」
夕凪と信二郎さんという人の墓石を頼むことは承知していた。一刻も早く建立してあげたい翠の気持ちも理解していた。電話の後に、翠の重たい袈裟を脱がしてやると、ほっと安堵のため息を漏らした。
「疲れただろう」
「あぁ……肩の荷が下りた気分だよ」
「そうだな。俺も墓石に遺骨を入れる時は、ぐっと来たよ」
「あの瞬間、二人の気配を確かに感じたよ。今頃ふたりで手を取り合って旅立ったはずだ」
「そうか、良かったな」
労うように翠の剥き出しの肩に手を置くと、ビクンと震えた。不思議に思い顔を覗き込むと、照れくさそうな表情を浮かべてくれていた。だがまたすっと今度は兄の顔になっていくのが恨めしい。
「……お前が京都であんなに触れるから敏感になってしまった。だが今日からは気を付けてくれ」
「翠……」
薙が近くにいるという事実が、翠が心を閉ざしていく原因だ。
これは仕方がないことだ。だから俺は欲しがりすぎては駄目だ。だがもう京都でのことも解決し、祖先の願いも叶えた。もっと堂々と暮らしてはいけないのか。丈や洋くんを見ていると時折羨ましくなるんだ。そんな気持ちがふつふつと湧いてきて、思わず翠の躰を背後からガシッとホールドしてしまった。
「あっ駄目だ。薙がいるのに……や、やめてくれ」
「少しでいい。一分だけ……」
嫌がる翠の肩口に顔を埋めて、翠の匂いをスンと嗅ぐ。俺のあげた香と翠の体臭が調和して、官能的な香りとなり刺激してくる。このまま誰の目も気にせず、思うがままに抱けたらどんなに良いのか。
肩に口づけを落とす、舌先でなめらかな首筋を舐めあげると、翠がブルっと震えた。
「流……も、もう離れろ」
「駄目だ。まだあと三十秒ある」
翠を羽交い絞めのようにして焦らしていると、机に置いてあった翠のスマホがブルルと鳴った。
ふたりで表示を見て、ギクリとした。
着信は彩乃さん……つまり翠の前妻からだった。
****
「丈、今日は絶対俺に話かけるなよ。触れるのも駄目だ」
離れに入るなり洋が警戒したように、私から離れたので苦笑してしまった。
「成程……仕事が終わらないのか」
「そんな風に笑うなよ。京都で終わらせておくべき分が滞っているの、お前のせいなのに!」
「私が何をした?」
「とぼけたこと言うなよ。毎晩邪魔をした癖に」
「ははっ、悪かったよ。今日は私も仕事があるから丁度いい。お互い今宵はやるべきことに集中しよう」
「ふぅ……よかった」
心底安心した笑みを見せる洋のことが、少し憎たらしくなった。欲しがるのは洋の方も同じ熱量だったのに。
それにしても気がかりなことがある。翠兄さんの息子のことだ。先ほど私と洋の前で繰り広げられた親子の会話があまりに冷めていて、心配になる。
あの位の年頃の時、私は何をしていたか。あんなものだったか。一人この家を出て淡々と暮らしていたことを思い出す。学生寮でも学校でも浮いた存在で友達もおらず、話せる相手もろくにいなかった。下手したら授業がなければ、一日一言も話さない日があったのではと苦笑した。
しかしそんな堅物だった私が、今はこんな風に冗談を言い合える相手と和やかに実家で暮らしているのだから……先のことは分からないものだ。
「丈、そういえばさ……」
本棚を挟んだ向こう側で仕事をしている洋から声がかかる。
本棚は机の幅分だけ空いているので、洋の美しい横顔と手元が見えるのだ。
「どうした?」
「こんなこと俺が言うのもなんだけど、薙くん……少し心配だね。彼の居場所をちゃんとここに作ってあげたいな」
洋も……居場所がない人生を送ってきたのだ。
十四歳の頃の洋は、母親が亡くなり義父と二人きりになった頃だ。
私も洋も時代はずれているが、共に寂しい十代を過ごしたもの同士なのだ。
「そうだな。私たちには少し分かるからな。あの居場所がない寂しい気持ちが」
「うん、そうなんだ。俺さ……自分が十四歳の頃と重ねてしまって」
「分かるよ。私たちで出来ることがあったらサポートしてやりたいな」
「丈っありがとう。俺の意を汲んでくれて……流石俺の丈だな。うれしいよ」
洋がそのほっそりとたおやかな手を差し出してくるので、しっかりと握ってやった。
「ふっ……今日は触れないんじゃなかったのか」
「それ言うなっ」
途端に手を引っ込めてふくれっ面になるところも、安定の可愛さだ。
今頃……顔は真っ赤だろう。可愛い恋人の横顔を盗み見た。
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