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12章
愛しい人 2
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法要のための翠の着替えを手伝った。
僧侶としての濃い色目の衣を重ねる毎に、翠は研ぎ澄まされた表情へ変わって行く。周りの空気までも、張りつめていく。
そんな翠の表情と覚悟を読み取り、閨で見せてくれたあの妖艶な姿を、俺も記憶から封じていく。
寺の住職として、凛とした覚悟で臨む翠の邪魔はしたくない。
ずっしりと重たい法衣は翠の薄い肩に気の毒と思うが、真夏でも一言も弱音は吐かず、汗も流さずに最後までやり通す。
それが翠だ。
だからこそ、翠は痛々しいほど追いつめられていく。もう二度とあんなことがないように、俺という翼で包んで守ってやりたいんだ。
それにしても京都から帰るなり交わされた息子とのやりとりは、親子間が全く上手くいっていないことがダイレクトに伝わってきて、胸が痛かった。
薙の不安と危うい立場も分かるが……どうかもう……これ以上翠を責めないで欲しい。まだ十四歳の子供には理解出来ない、酷なことだろうが。
「流、大丈夫だ」
まるで俺の心の内を読んだように、翠は静かに首を縦に振った。
「薙のこと……本当に大丈夫なのか」
「お前がいてくれるから大丈夫だ。もちろんそれに甘えることなく、あの子との冷えた関係を改善させていきたいが」
「あんまり無理すんなよ」
「そうだね。焦らず行くよ」
俺を安心させるように、翠は力強く静かな声でそう告げた。
****
開眼納骨供養は、裏庭の墓地で厳かに行われた。
もちろん丈と洋くんも参列してくれた。ただ薙は関係ないと拒否した。薙にはまだ理解できない世界だろう。でも彼も僕の血を、湖翠さんの血を引いている。いつか彼にもきっと分かる日がやって来る、そう信じている。
「今から、流水さんに新しい場所で安らかに過ごしていただくために『魂入れ』の儀式をする」
厳かな読経の後、空っぽだった墓に流水さんの骨壺を収めると、吸い込まれるようにぴったりと収まった。これでようやく月影寺に眠る湖翠さんのすぐ隣に、彼は戻ってこられた。
流水、探していたよ。ずっと待っていたよ……お帰り。
湖翠、ただいま。俺はやっと生まれ育った場所に戻ってこられたのか。
そんな声が僕には聞こえたので、読経にも力が入る。
仏教でのお経は故人を偲び、かつ、その冥福を祈ること。そして冥福とは、冥途の幸福のことだ。今やっと一つに寄り添えた彼らが、あの世で良き報いを受けられるように心を込めた。
「兄さん、夕凪と信二郎の墓はどうする?」
「そうだね。夕顔さんの横に……建立してあげよう」
夕凪と信二郎の墓を宇治の廃屋からこちらへ移すのは迷ったが、大鷹屋の当主に一緒に連れて帰ってくれと頼まれた。夕凪の母が月影寺に眠っていることを何故か当主は知っていた。もしかしてこの流水さんの墓を事前にここに建立したのは彼の先祖なのかもしれない。
夕凪……君も数奇な運命だったのだろう。
もう少し待ってくれ。
「翠さん……あの、ありがとうございます」
感極まった表情で洋くんが見つめていた。その手をしっかりと丈が握っていた。
そうだね、君たちと縁がある人達だ。
大正時代を生きた先祖たち。
それぞれの想いは今ここに一つに集まった。
月影寺に集まったのだ。
それが嬉しくて、こんな開眼供養は初めてだと思えるほど、僕の気持ちは高揚していった。
湖翠さんと流水さんが再会を喜ぶ気持ちが届く。
我が身の血潮から波打つような不思議な感覚だった。
ありがとう……本当にありがとう。
降り注ぐ声を確かに受け止めていた。
同時に……数珠を握る僕の手に、誰かが触れたような感覚を受けた。
僧侶としての濃い色目の衣を重ねる毎に、翠は研ぎ澄まされた表情へ変わって行く。周りの空気までも、張りつめていく。
そんな翠の表情と覚悟を読み取り、閨で見せてくれたあの妖艶な姿を、俺も記憶から封じていく。
寺の住職として、凛とした覚悟で臨む翠の邪魔はしたくない。
ずっしりと重たい法衣は翠の薄い肩に気の毒と思うが、真夏でも一言も弱音は吐かず、汗も流さずに最後までやり通す。
それが翠だ。
だからこそ、翠は痛々しいほど追いつめられていく。もう二度とあんなことがないように、俺という翼で包んで守ってやりたいんだ。
それにしても京都から帰るなり交わされた息子とのやりとりは、親子間が全く上手くいっていないことがダイレクトに伝わってきて、胸が痛かった。
薙の不安と危うい立場も分かるが……どうかもう……これ以上翠を責めないで欲しい。まだ十四歳の子供には理解出来ない、酷なことだろうが。
「流、大丈夫だ」
まるで俺の心の内を読んだように、翠は静かに首を縦に振った。
「薙のこと……本当に大丈夫なのか」
「お前がいてくれるから大丈夫だ。もちろんそれに甘えることなく、あの子との冷えた関係を改善させていきたいが」
「あんまり無理すんなよ」
「そうだね。焦らず行くよ」
俺を安心させるように、翠は力強く静かな声でそう告げた。
****
開眼納骨供養は、裏庭の墓地で厳かに行われた。
もちろん丈と洋くんも参列してくれた。ただ薙は関係ないと拒否した。薙にはまだ理解できない世界だろう。でも彼も僕の血を、湖翠さんの血を引いている。いつか彼にもきっと分かる日がやって来る、そう信じている。
「今から、流水さんに新しい場所で安らかに過ごしていただくために『魂入れ』の儀式をする」
厳かな読経の後、空っぽだった墓に流水さんの骨壺を収めると、吸い込まれるようにぴったりと収まった。これでようやく月影寺に眠る湖翠さんのすぐ隣に、彼は戻ってこられた。
流水、探していたよ。ずっと待っていたよ……お帰り。
湖翠、ただいま。俺はやっと生まれ育った場所に戻ってこられたのか。
そんな声が僕には聞こえたので、読経にも力が入る。
仏教でのお経は故人を偲び、かつ、その冥福を祈ること。そして冥福とは、冥途の幸福のことだ。今やっと一つに寄り添えた彼らが、あの世で良き報いを受けられるように心を込めた。
「兄さん、夕凪と信二郎の墓はどうする?」
「そうだね。夕顔さんの横に……建立してあげよう」
夕凪と信二郎の墓を宇治の廃屋からこちらへ移すのは迷ったが、大鷹屋の当主に一緒に連れて帰ってくれと頼まれた。夕凪の母が月影寺に眠っていることを何故か当主は知っていた。もしかしてこの流水さんの墓を事前にここに建立したのは彼の先祖なのかもしれない。
夕凪……君も数奇な運命だったのだろう。
もう少し待ってくれ。
「翠さん……あの、ありがとうございます」
感極まった表情で洋くんが見つめていた。その手をしっかりと丈が握っていた。
そうだね、君たちと縁がある人達だ。
大正時代を生きた先祖たち。
それぞれの想いは今ここに一つに集まった。
月影寺に集まったのだ。
それが嬉しくて、こんな開眼供養は初めてだと思えるほど、僕の気持ちは高揚していった。
湖翠さんと流水さんが再会を喜ぶ気持ちが届く。
我が身の血潮から波打つような不思議な感覚だった。
ありがとう……本当にありがとう。
降り注ぐ声を確かに受け止めていた。
同時に……数珠を握る僕の手に、誰かが触れたような感覚を受けた。
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