重なる月

志生帆 海

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12章

愛しい人 1

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 あの人が、もうすぐ帰ってくる。

 寂しさなんて……感じない。そんな感情はオレには無縁だと思っていたのに、どうしてあの人の姿がこの寺で見えないと、こんな気持ちになるのか。

 オレ……どっかおかしいよな。

 そんなことを手持無沙汰で考えていると、珍しくスマホが鳴った。

 期待に高まって応答すると母親からだった。途端に気持ちがすぅっと冷めていく。

「な・に?」

 自分でも驚くほどの冷たい声。

「まぁ薙ってば冷たいわね。久しぶりなのに。元気にしている? あの人はいないの? 電話に出ないけど」

「……父さん? 父さんなら京都に行っているよ。今日帰って来るけど」
「えっ……あなた一人置いて? ひどいわ」

 ひどい? 

 ひどいのはお互い様だろう。母さんだってそうだろう。俺と一緒に住んでいる時、出張だ、旅行だと……オレを置いて何度も出かけていたのを、覚えていないのか。

 そう言いたい気分だった。

「とにかく帰ったらちょっと連絡するように伝えて。あっごめんね。仕事の打ち合わせが入ったわ。またね」

 数ヶ月ぶりの電話でもこの有様。

 本当に信用出来ない母親だ。

 オレの心は、とうに離れている。

 もっとオレの近くにいて、オレを包み込んでくれる人を見つけたから。

 それは流さん……あなたのことだ。


****

 数日ぶりの我が家だ。

 またこの月影寺で、皆で過ごす愛おしい日々が戻ってくる。

 一刻も早く……裏庭の墓に行き、流水さんを湖翠さんの隣に眠らせてやりたい。

 もう二度と離れないで済むように、僕が守る。

 僕と流とで守っていく、あなたたちを。

 強い気持ちが広がっていく。

「兄さん、すぐに墓に行くだろう」

 隣を歩く流は何も言わなくても、僕の気持ちを汲んでくれる。

「あぁ……もちろん」

 山門を足早に潜り流と話しながら階段をあがると、母屋から人影が近づいてきた。逆光になっているが……どこか懐かしい。まるで幼い頃の僕のようなシルエットだった。

 そうか……あれは薙だ。

「薙、ただいま」

 そう言うと、あからさまに無視された。

「お帰りなさい。流さん」

 胸が軋む。薙のこの態度……

 一度失った信頼はもう戻ってこないのか。

「おいっ薙、ちゃんとお父さんに挨拶しろよ」

 流は慣れ親しんだ口調でそんなことを言ってくれるが、僕の心は一気に沈んだ。京都にいる時は忘れていた、あの痛みがぶり返してくる。

 流に促された薙と一瞬目が合うが、また反らされる。

 本当にいつか……このわだかまりが解ける日が来るのか。

 僕は過去からの思いを無事に解くことは出来たが、まだ抱えているものがあると痛感してしまった。

 頑張らないといけないのはここからだ。

「流、いいよ。薙、留守番ありがとう」
「何しに行ったわけ? 観光? 遊び? 流さんまで呼び出して、いい気なもんだな」
「おい? 薙、その言い方はないだろう。お父さんは行方不明になりかけたんだぞ!」
「そんなの知るかよ。いい年して!」

 あぁまただ。

 僕の血を受け継いだの薙の言葉が、剣のように僕の心を抉る。

 しっかりしろ……翠。

 お前はこの寺を受け継いだ住職だ。

 心を切り替えろ! 住職としてのものへと。

 とにかく、すぐにでもこの骨壺を墓地へ届けてやりたくて、一旦自室に戻って着替えることにした。

「流、すぐに法要に取りかかる。着替えを手伝ってくれ」
「……わかりました」

 威圧的な僕の声。

 もの言いたげな流の表情は、苦渋に滲むものだった。

 だが仕方ないんだよ。

 薙と僕の関係は一筋縄では修復できないところ迄、来てしまった。

 まして僕は父親として……薙を二重に裏切ってしまったのだから。


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