重なる月

志生帆 海

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11章

夏休み番外編『SUMMER VACATION 2nd』15

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 低血圧の恋人は昨夜の情事を肌に色濃く残したまま、ベッドに深く沈み込んでいた。

 再び着せた浴衣は意外と悪い寝相によって再び乱れ……ちらちらと白い肌に散る花弁が見えるのが艶めかしい。

 いつまでもこの離れに閉じ込め寝かしておいてやりたいが、今日はそういう訳にはいかない。

 思い切ってブラインドを一気に上げると、飛び込んできた日差しが眩しかったらしく、手の甲を目に当てて布団の中に顔を埋めていった。

「おはよう。洋」
「んっ……眩しい」
「起きられるか。ほら水を……」
「う……ん」

 洋が寝起きのぼんやりとした表情のまま私のことを見つめ、徐々に覚醒していく様子を眺めるのがいつも好きだ。

 生まれたてのヒナが初めて見るものを親と思うが如く……。

 いや違う。私は洋の親ではないのだが、洋の目に映る男性は、私だけであればいいのにという変な独占欲なのか。これは。

「ふぅ」

 小さなため息と共に、洋が大きく伸びをする。

「あぁ、痛っ」
「どうした? どこか痛いのか。診せてみろ」
「いっいいよ。また変な所、触る気だろう? 」
「おいおい酷いな。私は医師だよ」
「全く、都合のいいときだけ医師になるんだから」

 洋が苦笑するので、そのままベッドに押し倒した。

「わっ馬鹿! よせ! 」

 ジタバタと暴れる洋を押さえつけて浴衣の裾を割り、むき出しの股間を全開にして確認した。

「なっ! なんでそんなところ、っていうか俺の下着はどこ? 」
「あぁ汚れていたからな。昨日ここを縛っただろう? 傷つけていないか心配になってな。うん……大丈夫そうだ」
「じょっ、丈っ!! 」

 洋が羞恥でプルプルと震えているので、背中に手を差し込んで起こしてやった。

「怒っているのか」
「いや……丈は……優しく……縛ってくれた」

 明後日の方向を見ながら、洋が口を尖らせた。

「やれやれ不機嫌だな。物足りなかったか」
「ちっ違うって! 」

 可愛い洋をからかうのも、このあたりにしておこう。しつこいと怒られそうだからな。私は近頃……流兄さんに似てきた気がする……。

「さぁ、朝食に行こう。今日は安志くんと涼くんが泊っているから、中庭で食べることになっているそうだ」
「外で? ピクニックみたいで楽しそうだ」

 ピクニックという言葉に途端に機嫌を治したらしく、洋がパタパタと軽い足音を立てて、洗面所へ走っていった。

 その背中には、やはり今も羽がついているような気がする。

 ずっと昔、まだ私たちが出会って間もない頃、春の海で同じようなシーンがあった。

 もう何も起こらない幸せを噛みしめる。

 平凡な愛おしい日々を、こうやって繰り返したい。

 これから先もずっと、こんな風に明るい朝を迎えよう。

****

「安志さん、起きて」

 眩しい朝日と共に涼の可愛い声で、ゆさゆさと起こされた。

 普段なら至福の時のはずなのに、まだ眠くてしょうがない。

「ん──まだ眠いってか……疲労感が半端ない」
「もう朝食の時間だよ。僕、皆にお土産渡したいから早く行かないと」

 可愛い涼は朝から元気一杯だ。すでに顔も洗い着替えも済ましたようで、キラキラの爽やかさを振りまいていた。

 あー若さっていいよな。

 それに比べて、昨日涼があまりに可愛いもんだから頑張りすぎたみたいで腰が痛いわ、気怠いわで、コンディション最悪。

「涼は朝から元気いっぱいだな」
「そうかな? さっき流さんが来てくれて、朝食はあのプールをした中庭でって言われて、なんか楽しくて張り切ってしまうよ」
「へぇ洒落ているな」
「さぁ起きてよ」
「分かったよ」

 促されるように洗面所で顔を洗い戻ってくると、涼はせっせと布団を畳んで押し入れに入れようと奮闘していた。

 そのキュッと小振りな尻が細身のジーンズに収まっている様子が、なんともいえない甘酸っぱさを呼び起こす。重そうに格闘しているので、横に立って片方をひょいと持ち上げてやった。

「あ……安志さん」
「なぁ目覚めのキスが欲しい」

 なんだか今日の涼は俺より年上みたいだと思ったら、急に甘えたくなった。

「え……」

 途端に頬を染める様子が、初々しい。

「たまには涼からしてくれよ」
「安志さんは意外と……」

 子供っぽいと言われると思ったら

「意地悪だなぁ」

 でもそんな風に言いながら俺の方を向いて背伸びしながら、可愛いキスをしてくれた。もちろん俺はそれじゃ足りないから涼の後頭部に手を回して、濃厚なのを強請った。

「安志さんっ……ちょっと……」

 ジタバタともがく涼の腰に手を回し、もう一度ぎゅうっと抱いてやる。

 細い腰だな、相変わらず。それに美尻だよな。本当に後ろ姿もかなりの美人さんだよ。涼は。

 可愛いコンパクトな尻をジーンズの上から執拗に撫でまわした。ステッチにそって指を運び、生地を揺らすように弄んでやる。

「あっ……んっ! 」

 ジーンズとの摩擦が刺激的なのか、涼の声も艶めいていた。

「静かに。朝を一緒に迎えるのは久しぶりだ」
「あっ……うん」

 その通りだ。あの春の事件以来、涼はますます世間から注目されるようになってしまい、朝帰りするわけにはいかなくなってしまったのだ。

 舌を絡めて濃厚なキスになっていく。

 涼のキスも、本当に上手くなった。

 何もかも初めてだった涼を、ここまでにしたのは俺だ。

 そんなことが嬉しいと思う朝だった。

****

「翠はいいからそこに座っていろ」
「だが」

 昨日は翠と深く交わり、穏やかな眠りについた。

 翠のお陰でエネルギーに満ちた朝だ。

 朝食のあとは翠は檀家周りに出るので、俺は引率の運転手をしてやる。

 ここ何年か恒例になっているお盆の大仕事が待っている。

 手早く寝起きの翠を洗面所へ連れて行き顔を拭いてやり、歯を磨かせた。

「小さい子供じゃあるまいし……」

 翠はそう言って小さく笑うが、俺は本当に手取り足取り翠のために動きたい。

 遠い昔に志半ばで消えた命が、それを望んでいる。いや俺があの日……翠を突き放した罪悪感がそうさせているのか。

 最初はそういう気持ちが強かったが、今となっては単純に少しでも多く翠に触れていたい。そんな簡単な理由になっていた。

「こんな風に扱われるの嫌か」

 そう問うと、翠はキョトンとした表情を浮かべた。

「いやじゃない。僕は長男だったし……あまり人に甘えることなく来ただろう。だから……こういうの慣れてないが、すごく嬉しい。僕の休まるところは流だ。流がこうやって触れてくれるのが嬉しい」

「嬉しいことを、さぁ着替えよう」

 朝日を浴びた翠の裸体には、俺が刻んだ印があちこちに散っていた。

 袈裟で隠れる部分に執拗につけた、全部意図的に散らしたものだ。

「ん? どうした」

 あまり自分の躰に関心のない翠が、不思議そうに俺のことを見つめる。

 ただ俺だけを、曇りない目で見つめてくれる優しい翠の眼差しが好きだ。

「それにしても昨日は楽しかったな。今日も良い一日にしよう」

 翠がそんなことを言うから、ついあのプールでの騒動を思い出し笑ってしまった。

 本当にさ、まるで少年時代を彷彿させるような明るい夏休みだよ。

 こんな夏は、俺にも兄さんにも丈にとっても……初めてだった。


 さぁ、行こう!

 皆が集う場所へ。

 皆が幸せな笑顔を浮かべる朝を迎えよう。


夏休み番外編『SUMMER VACATION 2nd』了











あとがき (不要な方はスルーで)





****

志生帆 海です。こんにちは!

「重なる月」の方も、長い長い番外編にお付き合いいただけまして、ありがとうございます。エロくてコメディ調の番外編のつもりが、結局最後には、ほぼ本編といっても過言でない濃い内容になってしまいました。

少し時系列がおかしくなりますが、明日から新しい章に入りますので、一旦夕凪の軌跡を辿る旅の帰路へ話は戻ります。

どうぞよろしくお願いいたします。

ここまで読んで下さり、一緒に楽しんで下さってありがとうございました♡



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