重なる月

志生帆 海

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11章

夏休み番外編『SUMMER VACATION 2nd』7

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 浴衣を着つけてもらった洋の佇まいに、つい見惚れてしまった。

 美しく気高い洋の美貌は年月を経ても衰えるどころか、増しているような気がする。年相応の男らしさも加わったというのに妙な色気が増して、匂い立つ白百合のようだ。

「では兄さん達、これで失礼します」
「あぁもう邪魔すんなよ」
「やっぱりお邪魔でしたか」
「当たり前だ!くくっ、お前言うようになったな」

 流兄さんの豪快な笑いと、横で神妙な表情を浮かべる翠兄さん。

 そんな二人と和やかな時間を過ごせたことに感謝した。

 まぁ多少強引ではあったが。

 今日は昼間に羽目をはずしたせいか、大胆なことが出来る。

 兄たちが愛し合っているという事実。

 頭では理解してはいるが、どこかでまだ戸惑っている自分もいて……つい押しかけてしまったが、二人の落ち着いた幸せな空気に入り込むと、これでいいのだと安心できた。

 兄さんたちの家を出て、中庭をゆったりとした気分で洋と手を絡めて歩いた。

 見上げれば夏の月。

 少しだけ涼しくて心地良い風が、竹林をザァッと吹き抜けてくる。

「なぁ……丈、その袋に何が入っているんだ」
「あぁ、さっき流兄さんがもたせてくれた。帰りにやってみろって」

 渡された紙袋の中には、長方形の白い箱が入っていた。

 あとは蝋燭とマッチだ。

「なんだろう?」

 箱のふたを開けると、十本ほどの線香花火が綺麗に並んでいた。おそらく国産の高級なものだろう。

「わぁ、高そうな線香花火だ」
「今、やってみるか」
「ああ!」

 洋が無邪気にはしゃぐので、砂利道のところで立ち止まり花火をすることにした。

 二人で一本ずつ持り、蝋燭に近づけた。

 線香花火の美しい線の花が咲いていく。

「綺麗だな」
「そういえば、線香花火の燃え方には段階ごとに名前がついているのを知っているか」
「何? 俺は花火をした記憶がないから……分からないよ」
「人生だそうだ」
「へぇ……」

 洋の顔が花火に照らされて、美しく色めいた。

「最初は『蕾』だ。点火すると火の玉がどんどん大きくなっていくだろう。まるでその様子が命が宿ったかのように見えるよな。そして今にも弾けそうな様子が、まるで花を咲かせる前の『蕾』のようだと」

「あぁまさに今だな。そうか……蕾か……」

「そして次は『牡丹』だ。ほら、パチッと音がするほどの力強い火花が生まれるだっろう。力強く歩みだしたんだ…」

 火花の間隔は、徐々に短くなっていく。

「次は?」

「次は『松葉』だ。勢いを増した火花が松葉のように次々と美しい線を描き飛び出してくるだろう」

「あぁきれいだな。なんだか丈と出会ってからの幸せな日々が重なるよ」

「私もそう思っていた。最後は『散り菊』というそうだ」

「これは……まるで静かな余生のようだ……これは人の一生で言うと晩年になるのか」

 やがて火の玉は赤から黄色に変わり色を失う。

 線香花火の一生は、これで幕を閉じた。

「なんというか、すごいな」

「まぁぜんぶ翠兄さんから教えてもらったことだが」

「俺たちは今は松葉だ。蕾だった俺が丈に出会って牡丹となり、やがてこうやって落ち着いた日々を送っているから……きっと。本当に綺麗だったな」

「私も花火なんて久しぶりだったが、こんなにも綺麗な人と出来て私も幸せだ」

 洋が恥ずかしそうに目元を染め、微笑んだ。

「俺さ……ずっと、自分の顔が嫌いだったよ。この女顔のせいでって、恨んだことも何度もあった。でも今はよかったと思えるようになった。だから丈がそんな風にいってくれるのも嬉しいよ」

「洋の美しさには心があるからな。心から咲いた美しさだから好きなんだ」

「……ありがとう」

 浴衣姿の洋を立たせ、顎を掴んでそっと……月明かりに顔を向けさせる。

 じっと私を見つめる黒目がちな潤んだ瞳に映る月。

 指先で滑らかな曲線を描く頬を撫で、柔らかい唇に触れると、洋はそっと目を閉じた。

 すぐに唇をいただく。

 そして浴衣姿の洋を、月下で抱きしめる。

 『ムーンライト・セレナーデ』

 そんな音楽が聞こえてくるようだ。

「丈? こんな場所はいやだからな」

 洋が先回りして、注文を出す。

「分かっている。我慢できなくなる前に離れに戻ろう」
「あぁ、そうしよう」

 今日二人で灯したような、線香花火のような時を送ろう。

 いつまでも……

 永遠ではないのはわかっているが、今日をまず幸せに送ろう。

 その繰り返しがいいと思った。

「丈……今日は俺がぜんぶやるから」

 帰り道に洋が少し躊躇いがちに、でも決心した声で告げてくれた。

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