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11章
夏休み番外編『SUMMER VACATION 2nd』5
しおりを挟む「いいか。翠がここにいることがバレたら、ややっこっしいから……絶対に出てくるなよ。静かに待っていろ」
兄さんの整った唇は、しっとりと夜露を纏ったように濡れていて、情事の名残りがありありと見える有様だった。
兄さんの唇を拭いながら囁くと、コクンと静かに頷いてくれた。
急いで翠のはだけた浴衣をざっと整え、俺もズボンを穿いて、しぶしぶ玄関に向かった。
股間の高まりは長年の精進の賜物か……瞬時に萎えていたので、苦笑してしまった。
おいおい……大丈夫か。俺の……
ドアを開けると想像通り丈が立っていた。しかもその後ろには、洋くんの姿もあった。おいおい、二人揃って何の用だよ?
「はぁ、やっぱりお前か」
「お邪魔でしたか」
ん? コイツ……こんな表情も出来るんだな。
今まで俺たちには見せなかった砕けた笑顔を浮かべている。
俺は末の弟の何を今まで見て来たのか。たまに昔のことを思い出しては後悔してしまう。
中学入学と同時に家を出ていった丈の気持ちを考えた事があったか。きっと……少なからず寂しい思いをしたに違いない。
「流兄さん? どうしたんです。私の顔に何か」
「あぁ……いや……なんでも」
「ほらっだから言ったじゃないか! す、すみません、流さん……こんな夜分に」
後ろで洋くんが申し訳なさそうに頭を下げた。
その様子が可愛くて、つい頬が緩む。
遠い昔、流水と湖翠も夕凪にこんな風に笑いかけたのではないかと、ふと思った。
「丈、一体どうした?」
背後から翠の声がしたので驚いた。
「あ、馬鹿! 出てくるなって言ったのに!」
振り返ると、いつもの澄ました兄の顔になっていた。
乱したはずの浴衣もきちんと整い、唇はもう渇いてた。
まったくこの人はすごいよな、瞬時に切り替えることが出来て。
「……翠兄さんもこちらにいたんですか」
「あぁ流と酒を飲んでいたんだ。そうだ、丈もどうだい?」
「いや、浴衣を出してもらいに来たので、そんな時間は」
「ほら見てくれよ。京都で手に入れた僕の名前の酒なんだ。一杯飲んでいくといい」
「はぁ……」
丈と洋くんが顔を見合わせて、困っていた。
そりゃそうだろう? かなりのお邪魔だぞ!
「流、夕凪の浴衣を出してあげてくれ」
「分かりましたよ」
こういう兄モードの時は逆らわないようにしている。
まぁ……兄らしく凛とした佇まいの翠も好きだからな。
「さぁあがって、洋くんもどうぞ」
翠の涼やかな声を聴きながら、衣裳部屋へ向かった。
****
翠さんに促され、流さんの部屋に入った。
お邪魔だったのではと思ったが、興味があったので、つい。
確かにさっきまで冷酒を飲んでいたようだ。
無垢のテーブルの上には、硝子の杯が置いたままになっていた。
「どうぞ。あ、洋くんも飲めるよね」
「あっはい」
「じゃあこの杯でいいかな。これは流が焼いたものだよ」
流さんらしい大らかな色合いの片口セットを出された。
灰色の土色に、緑青色のグラデーションの釉薬が彩りを添えていた。
「素敵ですね」
「うん、流が言っていたよ。焼き物は面白いと。土をいじれば自由自在に形を変化させられるし、窯・釉薬・焼き方が変ることで、さらに無限大に変化していくそうだよ。まるで、どんどん変化していく洋くんみたいだね」
「ここが俺の基盤なんです。もしも俺がいい方向に変わっているのなら、それは全部この寺のお陰です!」
そう告げると翠さんは……
蓮の花が咲くような、美しい笑顔を浮かべてくれた。
男の俺でも惚れてしまいそうになる程、魅力的な人だ。
しかも今日の翠さんって……綺麗に隠してはいるが、漏れ出す程の色気を感じる。
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